第6話 ある風景 ~7人の怒れる魔女~

 ────10年前 ゼンリョー王国 アルトコロニー図書館にて────


 ──今日はみなさま、遠くから足を運んでいただき、まことに恐縮でございます。とくに聖女シエルさまは御老体でいらっしゃるのに、わざわざゼンリョー王国までおいでいただけたこと、このチックタック、心より感謝をいたします。

「ん。すまんったい、シエル。なにせうちは樹木精霊ドライアドやけん、どがんしてん依代ん木から遠くへ移動できんでな」

「謝ることはありませんよ、イルドさん。ときどき、こうしてたくさん足を動かさないと、どんどん身体が弱ってしまう気がしてねぇ。それにあなたが作る美味しいお料理も久々に食べたかったし」

「たくさん足を……って。まさか、チューリツ共和国から徒歩でここまできたのか? おまえさん、もう85歳だろ? 相変わらず、すげえ行動力だな。頭が下がるぜ」

「驚くことでもないでしょう、ファリスさん。あなたなんて、ここまで走ってきたのでしょうに」

「肉体年齢を考慮してないでしょ、それ。前からいってるじゃない、若返りの薬ならあたしがいつでも作ってあげるってさ」

「歳を取るのも楽しいものですよ? それに、あなたからそんな貴重な薬をもらったらどんな対価を要求されるか、考えただけで恐ろしいもの。またひとり、女の子を泣かせたそうじゃないですか。色欲どスケベの魔女ハニィさん?」

「あ、バレてた? だってさぁ、あなたからはいっつも処女の芳しい匂いがプンプン漂ってきて、すっごくそそられるんだもん♥」

「そういう下世話な話は本題のあとにしてくださるかしら? わらわは馴れあいのためにこんな辺鄙な土地にまできたのではありませんのよ」

 ──そうですね傲慢メスガキの魔女ステラリス・ブラッディローズさま。ではお茶会の前に、点呼を取らせていただきます。慣例により、年齢順をお呼びすることをお許しください。まずは暴食はらぺこの魔女イルド・ハーヴェスターさま。

「ん」

 ──色欲どスケベの魔女ハニィ・スカイハイツさま。

「はぁい♥」

 ──嫉妬ヤンデレの魔女ファリスさま。

「おう」

 ──憤怒ぷんすかの魔女シエル・クローバーハートさま。

「はい」

 ──怠惰ぐうたらの魔女ノア・シルバーアークさま。

「すやぴぃ……んえ? 呼んだ?」

 ──傲慢メスガキの魔女ステラリス・ブラッディローズさま。

「ふんっ」

 ──あいにく、我が主である強欲がっぽがぽの魔女メルフェン・ブラッディローズさまは行方不明につき、この会合に欠席させていただきますことをご了承ください。そして最後に、先ほど申しましたとおり当会合の司会進行は、わたくしチックタックが担当をさせていただきます。それでは魔女のお茶会を始める前に、このお茶会の趣旨について説明を……。

「おいおい、待てよチックタック。メルフェンが行方不明って、なにか問題でもあったのか。必要ならワシの部下たちに命じて捜索隊を派遣するが」

 ──申し上げにくいのですが、どうも遺跡の発掘に夢中になりすぎて、エラットロプダンジョンの最奥部にまで潜ってしまったようでして。そこは帰還の魔術が無効化されてしまう上に、侵入者を閉じ込める性質がありますので、期日内での帰還は不可能かと思われます。が、我が主のことですので、いずれ宝物とともに無事に戻ってくるでしょう、どうぞご心配なく。それでは改めまして、お茶会の趣旨を説明させていただきます。この大陸の市民では対応しきれないレベルの脅威を排除し、災害や災厄の類を未然に防ぐこと、並びに問題を起こした悪しき人物を裁いてその力を封じるなどを目的として、不定期にこのお茶会が開催されます。過去にこのお茶会が催された事由として、チューリツ共和国でのデッドドラゴン撃退や、ディープオネ港での集団ヒステリー事件、海底火山の沈静化などがあります。

「ん。そんで、今回はどがん理由でうちらが集められたんね。主催者ホストはだれね」

 ──ステラリス・ブラッディローズさまです。先日、ワルダー帝国のステラリスさまの領地であるクゴズミ街にて死傷者が1000名を超える大量殺人事件が発生しました。まずはこちらの資料を御覧くださいませ。差し支えなければ事件の詳細を読み上げさせていただきます。

「うわ~、すっごい分厚さの資料」

「これに目を通すのか? ワシは御免だぞ」

「申し訳ありません、老眼にはちょっと厳しいかもしれません。おとなしくチックタックさんの説明をうかがいますね」

 ──時刻10:30ごろ。クゴズミ街の全域にて複数人の市民や衛兵たちによる暴動が発生し、多数の死傷者が出る惨事となりました。被害を免れた市民たちの証言によれば、衛兵たちや市民らがいきなり手当たり次第にほかの住民を襲い始めたとのことです。その結果、時刻16:00までに街の人口の半分にあたる1053人、あるいは1054人が犠牲となりました。暴動に参加した衛兵や市民はワルダー帝国が差し向けた鎮圧部隊によって無力化されました。

「……大事件ではありませんか」

 ──使用された凶器ですが、衛兵たちは主に手持ちの槍、市民たちは包丁やシャベル、ロールピン、人によっては履いていた靴やベルトなどです。

「とりあえず手元にあったから使った、という感じの武器ばっかだな。計画的な犯行じゃねえのか?」

 ──鎮圧された衛兵や市民を尋問したところ「自分でもどうしてこんなことをしたのかわからない」と口を揃えて答えました。催眠術や薬物による集団洗脳が疑われたためわたしとメルフェンさまで実行犯たちの精神に残された痕跡を共同調査しましたところ、みな中級呪術に分類される強制行動きょうせいこうどう記憶改竄きおくかいざんがかけられていることを特定いたしました。すなわち暴動を起こした衛兵や市民たちは、ひとりの呪術師から他者を殺害するように命令され、それに従わされていたことになります。端的に申しますと、この事件はいまのところ、ひとりの呪術師によるテロ行為だと推察されております。

「んん……ひどかね。ばってん、それだけ大勢んひとば同時に操るとは、ばり難しかとやなかと? ノア、あんたならできっと?」

「ううーん。できなく、は、ない、と思う。けど、それってとんでもない呪力が必要になるから、相手をメチャクチャに憎んでいることが前提になるよ。この場合、どのくらいの憎悪かなぁ。“殺したくらいじゃ断じて許せない”とか……ごめん、あたしには想像つかないや」

「なんとまあ、わらわのテリトリーでふざけた真似をしてくれましたこと。で? 下手人はんにんの特定はもう済んでいるのかしら?」

 ──はい。犯人は年齢25歳の女性で、名前は奴隷ナンバー023、あるいはトゥースと呼ばれています。色欲どスケベの魔女ハニィ・スカイハイツさまの弟子ですね。

 (沈黙)

「……どういうことか、説明していただけるわよね? ハニィ・スカイハイツ」

 (沈黙)

「ハニィ・スカイハイツッ!!」

「……わかってる。これは、あたしの責任よ」

「わらわはッ説明をしろといっているの! あなたの弟子が、わらわの領域で、大量殺人テロを起こしたのよッ! あなた、このことを知っていたのッ!?」

「ちょっと待って……気持ちの整理が追いつかないの。まさか、こんなことをするなんて……」

「どう責任を取ってくださるのかしら!? 奴隷ナンバー023と一緒に毒薬でも飲んで死ぬとか? それともまさか、このテロを画策したのがあなたなんてことは」

「ステラリスさん」

「う……な、なにかしら、聖女シエル」

「あなたはいつもクールで、淑女レディの規範たる人物のはずです。ね? もう少しゆっくり、冷静にお話をしましょ? ハニィさんは逃げも隠れもできませんから、落ち着いて、お茶でも飲みながら、ね?」

「……。あ、あなたが、そうおっしゃるなら……」

 (沈黙。紅茶をすする音)

「と、ともかく! 事件の首謀者が割れているのなら、ここにいる魔女全員で協力して奴隷ナンバー023の居場所を特定し、粛清すればいいだけの話ですわ。なぜこんな真似をしたのか自白させてから、生まれてきたことを悔いるくらいに締め上げて……」

 ──それがステラリスさま。そう簡単にはいかない事情がふたつございます。まずひとつ目ですが、奴隷ナンバー023、トゥースはSランクの呪術師なのです。彼女の声の届く範囲にいるだけで、たとえあなたがたであっても即死する可能性がございます。粛清をなさる場合、事前に綿密な作戦を練ることをオススメいたします。

「ええ~、なにそれぇ」

「歩く殺戮兵器じゃねえか。ンなやつがのうのうと表を歩いてんのかよ」

「ハニィ・スカイハイツ! あなた、なんて怪物を育ててくれちゃったのよッ」

「ん。聖女やったら呪術ば相殺しながら近づけんかな。そがん法術がなかったやろか? えっと」

対抗呪術レジストカースですか? たしかにそれが効けば安全に対象へ近づけると思いますが、ただ、おなじSランクの呪術と法術が真正面からぶつかるわけですから、勝敗は五分五分といったところでしょうか。体調やそのときの感情によって呪力の重さも、練れるバリアの厚みも左右されますので“必ず勝てる”と断言はできかねます」

「ましてや、その老体じゃなぁ……となると、ワシが声の届かない遠距離から弓で射抜くか」

「それも難しいと思うわ。あの、やたらと耳がいいの。気配を察するのにも長けているし、警戒心もかなり強い。五感だけじゃなく身体のほうもあたしの息子に鍛えさせたから、筋力も反射神経も持久力も常人の何倍はあるし。さすがに軍神ファリスと真正面からやりあったらトゥースが圧倒されるでしょうけど、その距離まで近づいたら呪術が飛んでくるから危ないでしょ」

「エロ魔女、あなたねぇぇ……!」

「ああ、えっとね。殺すだけなら手段がないわけじゃないかも。ひとつは広範囲から毒ガスを散布する方法。これは近隣の市民にも被害をもたらす可能性があるから、場所を選ぶことになるかなぁ。あるいはメルフェンちゃんおかかえの人造人間ゴーレムで襲撃する方法とか。生物相手でなければ力を発揮できないのが呪術の弱みだもんね。これはトゥースが呪術で洗脳した部下を従えていなければ成功すると思うよぉ。あとは毒ガス攻撃と似てるけど、中型の鳥に炎術爆弾を抱えさせて直上から特攻させる方法とか」

「ほう。ノア・シルバーアーク、おまえさんかわいい顔してなかなかえげつないこと考えるじゃねえか」

「手段や可能性について講じるのは楽しいもん。でも、本当はハニィちゃんのお弟子さんをどうこうするっていう話はしたくないかな。ハニィちゃん、さっきからつらそうにしてるし」

 (沈黙)

 ──みなさま、議論が加熱してきたところではありますが、少しだけ話を巻き戻させていただきます。簡単にはいかない事情のふたつめ、についてでございます。それは、奴隷ナンバー023がこのようなテロを起こしたことの正当性についての是非でございます。

「このへっぽこロボット! 無差別大量虐殺に正当性もクソもあるはずないでしょうがッ!」

 ──そうも申し上げられない事例が過去にございました。ドゲドー・ワルダー皇帝の暗殺事件です。

「……あ」

 ──いまから5年前、ワルダー帝国の皇帝であるドゲドー・ワルダーが城の窓から突き落とされて転落死する事件が発生しました。犯人と目された男性を縛り首にしようとしたところ、絞首刑現場にいたすべてのひとを惨殺したうえで男は自分の娘とともに国を逐電し、ゼンリョー王国へと亡命しました。ファリスさまとイルドさまとノアさまはワルダー帝国からその男性を生け捕りにするよう正式に依頼を受けて彼を追跡したわけですが……。

「めっっっっちゃくちゃに強かったんだよねぇ、そのひと。あたしの霊網ウェブを気合だけで溶かすひとなんて、初めて見たもん」

「んん。うちン根っこ攻撃ば片手で受け止めるとか、どがん腕力ばしとったんじゃろうね、あん男は」

「あの野郎、本来はまっさきに仕留めるべき後方支援のイルドやノアを狙わずに、槍持ちのワシとただの木刀で真っ向から張り合ったもんな。おまけに全部寸止めだぜ? しまいにゃ、もう稽古をつけられてるみたいな感じだったよ。いやぁ、楽しかったなぁ。悔しかったなぁ。勝ちたかったなぁ。殺したかったなぁ」

「……で、疲れ果ててへたり込んでるあなたたちに、あの男──ヘリオス・ユニヴェールは頭を下げながら“どうかオレたちをそっとしておいてください”ってお願いしながら、事件の真相を話始めたのよね」

 ──おっしゃるとおりです。彼が語った全貌は、以下のとおりでした。前皇帝ドゲドーの非人道的で自己中心的な悪政についてはこの一件に関係がないため置いておくとしまして……事件があった夜、彼は孫娘であり姫君でもあるソアラ嬢の部屋に忍び込み、彼女を手籠めにしようとしました。悲鳴をあげて抵抗したソアラ嬢はどうやら生来の呪術の使い手だったらしく、ドゲドー皇帝に《おじいさまなんて死んじゃえ》と命じたそうです。ドゲドー皇帝はその命令に従って自ら窓から飛び降りました。そこへ娘婿のヘリオスが娘の悲鳴をきいてかけつけた、というのがその夜の真相でした。しかし、いかに婦女暴行を加えようとしたといえど相手は皇帝。それを殺害したとなれば、ソアラ嬢の縛り首は免れないでしょう。そのため、ヘリオスは娘の生命を救うべく、自分が犯人であると彼女の罪を被ったのです。ところが縛り首当日、本来であればヘリオスひとりが罪の贖いをするはずだったのですが、観衆たちから「ヘリオスの血を引くソアラ嬢も吊るすべきだ」という声があがりました。その場にいた執政官がソアラ処刑の許可を出したのは、ヘリオスやソアラの存在を快く思わない政敵が裏で手を引いていたから、ともいわれています。父娘が絞首台に乗せられたところで、ヘリオスがソアラを救うべく縄を引きちぎって彼女をかばった。剣を振り上げて殺到する衛兵たちに、ソアラは笑顔でこういったそうです。《わたくしとお父さま以外、みんな死んじゃえ》と。処刑場は地獄絵図と化しました。死屍累々の広場に立ち尽くしながらどうしようもなくなったヘリオスへ、ソアラ嬢は「わたくしを連れて逃げて、お父さま」と手を差し伸べたそうです。

「……。そしてふたりは逐電した、と。話をきいた限りだとヘリオスはむしろ被害者だったもんな」

「そもそもふたりへの処刑自体、正当性が疑われるものでしたしねぇ」

「ん。やったら大量殺人の実行犯んソアラだけでも捕まえるんはどうか、となると、また問題があったっさな」

「ああ……ええ」

「まさか、なぁ……」

「ソアラが妊娠してたのはびっくりしたよね。それもヘリオスの子を、さ。父娘でしょ、あのふたり。近親そ……」

「ストップです、ノア。それ以上いけません。どんなひとにも事情はあります。あまり詮索しないほうがいいこともあるのですよ」

 ──ともかく義に沿わない、および妊婦に万一のことがあってはならない、という理由で魔女さまたちはその一件から手を引いたわけですね。

「そうねぇ……失態を晒しただけだったものね。大国からの直接の依頼が、まさか嘘八百にまみれたものだったなんて。それ以来、あたしたちは大口の依頼はことさら入念に真偽を精査するようになったのよね」

「……それで? まさか今回のテロが“奴隷ナンバー023側に正義がある”なんて結論に至るとでもおっしゃるのかしら?」

「うーん。可能性は、ゼロじゃない……というか、あたし的には、その線も薄くないかなーって思うかも」

「へえ、どんな正義だ?」

「復讐」

 (沈黙)

「……“殺したくらいじゃ断じて許せない”だっけか?」

「そう、それ。そもそもこのテロを成し遂げられたのも、ものすごい怨嗟に呪力が支えられていないとできないことだもん」

「逆恨みではありませんの?」

「それを、これから精査することになるでしょうね。そもそもハニィさん。トゥースとはどういうお弟子さんだったのですか?」

「地味で根暗でクソ真面目な元奴隷。10年前、馬車転落の事故で瀕死の重傷を負っていた当時15歳の彼女をあたしの娘が連れてきたの。その際に身体のあちこちを調べたんだけど、もう古傷まみれでね。明らかに人為的につけられたあざやら切り傷やら、ひどいもんだったわ。治療してあげたら“なんでもしますからわたくしを弟子にしてください”ってさ。毎日死んだ目をして魔術に関する本を読み漁って、寝る間も惜しんで動物相手に、もっとも適正のあった呪術の訓練をしてたわ。で、わずか10年ほどで蔵書の呪術をマスターして、あたしが教えられることもなくなっちゃったから免許皆伝ってことで暖簾分けしてあげるつもりだったんだけど、あの子、まず“故郷の街でしたいことがある”っていうのよ。あたしは反対した。ろくでもない結果になるだろうなって直感したから。でも“あいつらに謝らせないと、おまえたちが踏みにじってきたのがひとりの人間なんだと認めさせないと、わたくしは人間になれないんです”って泣きながら訴えてくるのよ。もうしょうがないから“多少いたぶるのはしょうがないけど、殺したら後戻りできなくなっちゃうからね。あたしはそんなことのために魔術を教えたんじゃない”って忠告……したんだけどなぁ」

「虐待……ば受けとった、ちゅうことと?」

「だからといって、なんの関係もない街の罪なきひとたちを巻き込んでいいはずがありませんでしょっ」

「あの子ね、12歳くらいのころ、奴隷主人から裸で街中を歩かされたあと、公衆の面前で馬糞を食わされて、小便をかけられたことがあったんだって。街のひとたちみんな、それを見て助け舟を出したり哀れんだりするどころか、嘲笑したり面白がって石を投げたりしたらしいのよ。ほかにもうんざりするくらいそんな類のエピソードがあるみたい。その街じゃ、奴隷より下の生物なんて存在しないんだってさ……まあ、そういうことよ」

 (沈黙。ガタガタと足を揺さぶる音)

「……シエルさま?」

「ええ……ああ、ごめんなさい。ちょっとね、ちょっと……気持ちが乱れてしまいまして」

「ん。なんやかんやいってん、あんたは他ンだれより感情的ばいね、シエル」

憤怒ぷんすかの魔女と呼ばれるだけのことはあるよな。おまえさんがそんな場面に出くわしたら、聴衆みんなのあごが砕かれるのは間違いねえだろ」

 ──失礼いたします。情報を共有したところで、そろそろ本格的な魔女裁判に入れればと思います。議題は『奴隷番号023は有罪か、または無罪か』となります。有罪という判決がくだされれば、ここにいらっしゃるみなさまのうち傲慢メスガキの魔女ステラリスさまを筆頭とする有志のかたにより、奴隷番号023を粛清していただくことになります。無罪の判決であれば、奴隷番号023は今回のテロについては不問に付されることとなります。奴隷番号023は有罪か、無罪か。みなさま、どちらかに投票していただくことになります。ひとり1票ずつ投票する権利がございますので、お好きなほうをお選びくださいませ。

「んん~。そういわれてん、まだ判断材料が少なかけん、なんともいえんよね。メルフェンとチックタックは現場ば調査してきたんやろ? もっと詳しゅう様子ば教えてくれんかな」

 ──かしこまりました。では……。

 (鐘の鳴音、そしてイルドの腹の虫が鳴る音)

 ──ああ、失礼いたしました。そろそろ昼食の時間ですので、いったんお昼休憩にいたしませんか?

「んっ! 待ってたばい! いまから作ると時間ばくうけん、お弁当ば準備しといたんよ。ほら、ベジタブルパイとマトンサンドイッチとドライスターリンゴと、それからビーフジャーキー。みんなうちが作ったもんばい。ノアは幽霊やに食えんけん、代わりに桃ガムば持ってきたばい。飲み物が欲しかれば、いうてくれればそこん庭で水気ん多か果物ば生やすけん、遠慮のういうて」

「わーい! あ、でもここは図書館だから、食べるならお外で食べなくちゃダメだよぉ」

「そんなにたくさん、おなかに入るわけないでしょッ! ……まあ、ありがたく頂戴するけれど」

「なあ、ステラ。ときどきおまえさんに謙虚な姿勢が見え隠れするんだが、本当に傲慢なのか?」

「……気を落とさないでくださいね、ハニィさん」

「…………。だから、故郷には帰るなっていったのよ、トゥース」



──────


 

 ──みなさま、おかえりなさいませ。昼食は楽しんでいらっしゃいましたか?

「美味しかったぁ!」

「イルドのおかげさんで腹いっぱいだ」

 ──それはなによりでございます。では改めまして、これより陪審裁判を開始させていただきます。奴隷番……。

「あー、いきなり話の腰を折ってごめん。あのさ、その奴隷番号023っていうの、遠慮してもらっていいかしら。あの子にはトゥースっていう、あたしがつけてあげた名前があるの」

 ──かしこまりました。トゥースは有罪か、それとも無罪か。これよりみなさまに討論していただきたいと思います。過半数が有罪に投票なさった場合、有罪に投票したかたを中心にしてトゥースの粛清をしていただくことになります。無罪が過半数だった場合は、今回のトゥースによる1053人、あるいは1054人殺害テロは不問に付すということになります。なお、トゥースが有罪とみなされた場合、彼女の師匠である色欲どスケベの魔女ハニィ・スカイハイツさまもそれなりのペナルティを負っていただくことになりますので、ご了承くださいませ。

「……ええ、わかってる」

「おい、過半数っつっても、メルフェンがいねえだろ。票が真っ二つに割れたらどうすんだよ。つーか、さっきからなんだよ、その“1053人あるいは1054人”ってのは。犠牲者の人数ははっきりしてんだろ?」

 ──胎児を被害者に含めるべきか否か、わたしの一存では決めかねますゆえ。なお、メルフェンさまはすでに『有罪』に投票なさっていますね。“赤ちゃんは世界でもっとも美しい宝物のひとつだ。妊婦の生命を奪うことは、どんな理由があっても許されることではない”とおっしゃっていました。

 (沈黙)

「ああ……なるほどな、そういう」

「あっちゃー」

「んん……ハニィ。あんた、お弟子さんにやってよかことと悪かこと、教えんかったと?」

「返す言葉もないわ……」

「はんっ。子宝成就の恩恵を民草に授けている色欲どスケベの魔女の弟子が妊婦殺しをねぇ……」

「やめなよぉ、ステラちゃん。ハニィちゃんってば、さっきから全然セクハラしてこないじゃん。マジ凹みしてるんだよ。可哀想だよぉ」

「やめられるもんですかッ! このエロ助の弟子にわらわの領域でこんな狼藉を働かれたのよ!? どれだけわらわのメンツが潰されたと思っているのッ。だいたい、わらわは以前からこの女のことが気に食わなかったのよ。Sランクの錬金術師でありながら、その力を世のため人のために無償で提供せず、自分のお下劣な興味を満たすための対価を要求するなんてっ」

「そのお下劣な錬金術師の薬に、さんざんワシらは救われているわけだが」

「軍神ファリス、あなたこんな女の肩を持つのッ!?」

「別にそんなつもりはねえよ。ワシは『有罪』に投票するつもりだしな」

 (沈黙)

 ──ではここで一度、票を取らせていただきたいと思います。すでにみなさまのご意見が統一されていらっしゃるのでしたら、これ以上の議論は不要とみなされます。7人が『有罪』であればトゥースはあなたがたの手で粛清されます。全会一致で『無罪』はメルフェンさまの『有罪』票がございますので、可能性はゼロでございます。票が割れた際には、ふたたび議論をしていただくことになりますね。ではみなさま、こちらの紙に『有罪』か『無罪』かを記入してください…………はい、では回収させていただき、統計を取らせていただきます。

 

 『有罪』──6票

 『無罪』──1票


「割れたな。延長戦か」

「『無罪』が1票!? エロ魔女、あなた自分が責任を取りたくないからって!」

「……あたしは『有罪』に入れたわ」

「……くっ。じゃあ、だれが……」

「わたしです」

 (沈黙)

「シエルさま……?」

「……。聖女シエル、相応の理由があってのことでしょうね? おわかりでしょうけど、大量殺人も妊婦殺しも、即処刑モノの大罪ですわよ」

「もちろん存じています。ごめんなさいねぇ。わたし、こういうことは『有罪』『無罪』ではなく許せないか、許せるかで判断することが多いんです」

「ん。つまり、あんたはこんだけンことば仕出かしたトゥースば許せるといいたかと?」

「それは、まだわかりません。けれど、はっきりと『許せない』と頭にくるだけのなにかを、まだ彼女から感じられないといいますか。なんといいますか、むしろ逆……な感じがするんですよ」

「世迷い言を……ええ、ええ。トゥースはたしかに不幸で不遇な出生だったようですわね。でしたら、大量殺人をやらかしても仕方がないと? 聖女ともあろうおひとが『自分がひどいことをされたのだから、おなじことをヒトにしてもいい』とおっしゃるのかしら?」

「時代と地域によってはそうだよぉステラちゃん。正当な復讐であれば殺人が合法とされるところもあるよ」

「ノア・シルバーアーク、わらわはいま現在のワルダー帝国の話をしておりますのッ!」

「ん…………っちゅうか、ちょっと気になっとったことがあるとばってん、シエル。きいてんよかね。もしかしてあんた、怒っちょらんか?」

「ええ。かーなーり、頭にきております」

 (沈黙)

「……えっと、どうしてかしら?」

「自分自身に腹が立つのです。年端もいかない少女がそれだけひどい目に遭わされていながら、わたしはトゥースを救うことができなかった。知りさえしなかった。もし、まだ少女だった彼女にわたしが手を差し伸べられていたら、もっと違う未来があったのではないかと思うと、こう……(こぶしを鳴らす音)……自分はいままでなにをしてきたんだろうと」

「……あー、いや、それは仕方ないんじゃない? あなたひとりじゃどうしても手の届かない範囲ってのがあるし。そもそもあなた、一度マジギレしてワルダー帝国で大暴れしてから入国禁止になってるじゃない? どうやってもトゥースを助けには」

「ワルダー帝国に対しても、ええ、思うところがかーなーりあります。あちこちに戦争をふっかけて、民から富を搾取しては殺しあいや略奪を繰り返す。他国民を拉致して奴隷として従える。そんな帝国が大陸の覇権を握るべく裏で表であらゆる暴挙に出ていることに、わたしはずっと疑問を感じておりました。ええ、わかっております。国政にはなるべく干渉をしないのがわたしたち魔女の掟です。けれどねぇ……(自分の指の骨をへし折って即座に法術で完治させる音)……あ、失礼しました。つい力を込めすぎてしまったわ。うふふ、歳をとると骨が弱くなってしまってねぇ」

「…………。ふ、ふええっ……」

「あ、泣ーかせた。泣ーかせた」

「ん。シエル。子供ば泣かせよっとは聖女としてどうかと思うばい」

「えっ。べ、別に、ステラさんに怒っているわけでは……」

「シエル、あなた自分が怒ってるときの顔、一度鏡で確認したほうがいいわよ。あたし《ハニィ》やノアみたいなロリババアと違って、ステラは天才とはいえモノホンの12歳でルーキーなんだから、まだそんなに肝が据わってないのよ」

「ステラちゃん、大丈夫? ガム食べる?」

「ふええええっ……し、仕方ないでしょおおおっ。わらわだって奴隷制とか侵略戦争とか、どうにかしたいと思ってますわよおっ。でもあの帝国院の老獪どもが、わらわみたいな新米ペーペーに耳を貸すはずがないんですのよおおっ」

「でもステラ、さっき面白いこといったよな。『自分がひどいことをされたのだから、おなじことをヒトにしていいのか』だっけか? いいに決まってるじゃねえか。報復ってのは生きとし生けるものの権利だ。もちろん仇敵限定の話だが、やられたらやり返す。でないと虐げる側がどんどん調子に乗って、ますます弱者を搾取していくんだ。その結果がいまのワルダー帝国じゃねえのか? 過剰防衛でない限りはやり返していいんだよ。トゥースだってやり返した。それだけのことだろ。ま、トゥースの場合、やりすぎちまったわけだけどな。おまけに最初しょっぱなから殺意ありの計画的犯行だったにもかかわらず、恩師であるハニィに“殺すつもりはない”とかデタラメこいてたわけだろ? さすがにかばえねえよ」

「……えーっと。ごめん、その、最初から殺すつもりだった、っていうところなんだけど、本当にそうなのかなって、いま思ったりして(資料のページを猛然とめくりながら)」

「? どういうことですか、ノアさん」

「さっき配られた資料を読んでて、ちょっとおかしいなって思って。計画的な無差別殺人っていったらさ、たいてい街に入ったとたんに暴れたり、ひとが集まっているところを狙ったりするのがセオリーなんだけど。トゥースが最初の犯行に走ったのは郊外にある一軒家なんだよね。ほら、地図でいうとここ。で、そのあとの足取りだけど、なんかチグハグっていうか、“これ絶対行き当たりばったりな犯行でしょ”って感じでふらふらしてるし」

「その一軒家が今回の事件とどう関係するんだ? トゥースの関係者かなんかが暮らしてんのか? えっと、名簿は……」

「……この名前、本人の口からきいたことがあるわ。あの子が奴隷だったころの主人よ」

「ふーん。ということは、パッと考えられるパターンはふたつかなぁ。ひとつ、トゥースはハニィちゃんにウソをついて、最初から奴隷主人を殺害するつもりでクゴズミ街の目的地までまっすぐいき、一番殺したかった相手を手にかけてから、あとは適当に街中に呪術を撒き散らした。もうひとつはトゥースは本当に奴隷主人にこれまでのことを謝らせるだけのつもりだったけど、なんらかのトラブルがあって発作的に奴隷主人を殺害した。で、後戻りできなくなった彼女は積年の恨みとばかりに街中に……ってところかな」

「ぐすっ……それがわかったからといって、なんの意味がありますの。罪の重さは一緒ではなくってッ?」

「全然違うよ。ハニィちゃんを最初から裏切るつもりだったのかどうか。もし裏切るつもりだったなら、トゥースはハニィちゃんの世話になっておきながら、心のなかで恩人に舌を出していたってことでしょ? それはもう情状酌量の余地なしだよ……そう思ったから、ハニィちゃんも『有罪』に投票したんじゃない? だからまあ、真相を知りたいっていうのは、あたしの自己満足っていうのもあるけど、ハニィちゃんのためでもあるの。トゥースと奴隷主人のあいだにどんなやり取りがあったのか……」

 ──失礼いたします。ノアさまのお言葉にひとつ誤りがございましたので訂正させていただきます。トゥースは奴隷主人である■■■■・■■■■■と接触してはいません。彼女が接触したのは、その妻です。当時、ワルダー帝国軍人である■■■■・■■■■■はチューリツ共和国との戦争のため遠征中でございました。そして、その夫人こそが殺害された妊婦でございます。現場についたトゥースは、自宅の庭で友人たちとお茶を飲んでくつろいでいた夫人を見かけるなり、一言も会話を交わさぬままいきなり彼女の頭部を握り潰しました。トゥースはしばらくその場でへたり込んでいましたが、やがて到着した衛兵や野次馬たちへ呪術をかけて、今回の暴動を起こしたようです。

「うわ、前提が覆されちゃった。ちょっと待って、すぐそこまで目を通すから(ふたたびページをめくる音)」

 ──なお、トゥースはしばらく街をうろつき、市民や衛兵を暴徒化させたのち、14:00ごろふたたび最初の現場に戻っています。

「犯人は現場に戻るってやつか? でもなんのためにだよ」

 ──夫人の死体を解体するためです。

 (沈黙)

「……は?」

 ──トゥースは奴隷主人の家に入って包丁とシャベルを取り出し、最初に殺害した夫人のそばにかがみ込みました。そして彼女の腹部に包丁を突き立てて、おなかから胎児を引きずり出して、そして……。

「ストップ、ストーップッ。加減せんねバカチンロボット、ステラはまだ子供ばい!」

「ちょ、ちょっと気分が……」

「大丈夫、ステラちゃん?(精神安定と体調回復の法術をかける音)」

「ああ……癒やされますわぁ、ほわわ……」

「しかしひっでぇな、狂人の所業じゃねえか。“殺したくらいじゃ断じて許せない”っつったって限度があるぞ。シエル、おまえさん本当にこれでまだトゥースを許せるっていうのかよ」

「……ううーん……」

「…………。ねえ、チックタック。その殺害された妊婦の名前って、もしかして▲▲▲じゃない?」

 ──おっしゃるとおりです、ハニィ・スカイハイツさま。お渡しした資料472ページに書かれてありますように……。

「だから資料なげえよ!」

「はあ……やっぱりねぇ、そういうことか」

「どげんしたと、ハニィ」

「そいつ、奴隷主人と一緒になってゥースを虐待していたの。ある意味で、主人本人よりえげつないマネをしてくれやがったやつ。はっきり確信したわ、これが計画性のない突発的な犯行だって。チックタック、あたしの投票を『有罪』から『無罪』へ変更する」

「は、はあッ? ちょっとエロ魔女、あなたいまの話をきいたあとで吐いた唾を飲むつもりですの!?」

「そういうプレイも知ってるけど、ステラ、お子様のあなたにはまだちょっと早いかもね♥」

「ん、セクハラが復活しとるばい。ハニィ、もう立ち直っとっとね」

「それで、おうかがいしてもよろしいかしら、ハニィさん。どうして突発的な犯行だといいきれるのですか?」

「おなじ女だからわかるの」

「答えになってないでしょうがぁぁッ!」

「……真面目に答えてもいいけど、いまのチックタックの話とおなじくらいキツいわよ」

 (沈黙)

「あの子が半死半生でうちへ運ばれてきたときに治療ついでに身体中をチェックしたんだけど、古傷がやたら多かったっていうのは話したわよね。そのなかに下腹部への重度の打撲、および内臓を棒状のもので内側から、なんでここまでってレベルで掻き回された痕跡があったの。たぶん火かき棒かなにかね。おかげでトゥースの生殖器官は完全に再起不能……あたしでも手の施しようがない有様だった。そんな目に彼女をあわせたのが▲▲▲夫人なんだって。奴隷主人の慰み者にされていたトゥースを妬んでの犯行か、それとも面白半分でやったのかはわからないけど。ろくに睡眠も取らずに呪術の術式を学んでいるトゥースに“ちょっとは休みなさい”っていったら、あの子“あいつらを見返すためならいくらでも頑張れる”って。そんな、死ぬほどの努力と恨みの果てに10年もかけてだれにも負けない力をつけ、自分の身体と尊厳と未来を踏みにじってきた相手とようやく再開したら、そいつは友人に囲まれて大きなおなかを抱えて自分よりよっぽど幸せそうにしていたってわけ。二度とトゥースの手に入らなくなった女の幸せのひとつを、奪った張本人のその女はなにひとつ報いを受けないまま手に入れていた……そんな理不尽な現実を突きつけられて冷静さを保てるひとがいるとしたら、そんなのもう人間じゃないわ。これはあたしの持論だけど、“いじめっ子への最大の復讐は自分が成功して幸せになることだ”っていう言葉……あれって“いじめっ子が不幸になっていること”が前提なのよね。どんなに自分が幸せになったとしても、それ以上にいじめっ子が幸せになっていたら意味がないもの」

「……そ、それと、計画性がどうのとどうつながるんですの? 最初から殺すつもりなんてなかったなんて、なぜいいきれるのよっ」

「即死させたからだろ? トゥースの身の上話をきいててなんとなく察した。ワシがそんな屈辱を味わわされたなら、その怨敵を殺すより前に間違いなく夫人を拷問にかけるなりしていたぶるだろうからな。積年の恨みを晴らすより先に仇の生命を奪うってのは、どうもしっくりこねえ。“殺したくらいじゃ断じて許せない”のに“さっさと殺す”は相性が悪いんだよ。せっかく呪術を使えるんだぜ? いたぶって、いたぶって、数年は計画的にいたぶり尽くして、それから殺すのがスジってもんだろ。“直前まで殺すつもりはなかった”は信じていいと思うぜ」

「あらあら、嫉妬ヤンデレの魔女さんがいうと、説得力の重みが違いますねぇ」

「よせやい、照れるぜ」

「……ファリスだと最後は殺すのね。そのあたりはあたしと考え方が相容れないわ」

「…………。い、いいですわ。今回のテロが計画的なものでなかったことは認めましょう。けれど、だからといって、女子供老人まで無差別に殺害した罪が軽くなるはずが」

「子供は死んでないっぽいよ。ほら、資料639ページにある被害者の内訳。年齢15歳以下の死亡者、男女ともにゼロ人だって」

「……ゼロ、ですか?」

「っていうかノア、もうそこまで読んだんね。うちなんか、まだ5ページ目ばい」

「す、すごいですわね、さすが賢者ノア・シルバーアークといわせていただきますわ」

「……あたし、その二つ名、好きじゃなーい」

「ねえステラ。あなた、ひとの地雷を踏み抜くのが趣味なの?」

「……っつーか、ゼロってマジか? 死傷者は1053人だろ? そのうち15歳以下のガキがゼロ人って、どんだけジジババばっかの街なんだよ」

「ううん、生存者に子供は600人ほどいるよ。街の人口の30%ほどが15歳以下……なんか、意図的に子供を殺害ターゲットから外したとしか思えない感じだよねぇ。あとさ、これは統計学的な違和感なんだけど、女性の被害者530人のうち妊婦がひとりだけっていうのも、なんかなぁ……」

「どういうことね?」

「これだけ子供が多い街なんだよ? 女のひとがどんどん子供を産んでるはずなのに、死亡した妊婦がひとりっていうのは確率的におかしいんだよ、少なすぎる……えっと、まだ資料が続いてるなぁ。いいや、きいちゃお。チックタックちゃん、もしかしてトゥースは暴徒化させたひとたちにこんな呪術をかけなかった? 『子供と妊婦以外の人間を殺して回れ』」

 ──いいえ、ノアさま。トゥースはそのような呪術をかけてはいません。

「ああ~、違ったかぁ」

 ──正確には『子供と妊婦と奴隷以外の人間を殺して回れ』でございます。それと、子供と妊婦と奴隷に対しては『救助がくるまで安全な場所に避難していろ』という呪術をかけております。どちらもメルフェンさまが現場を入念にサイコメトリーしましたので間違いございません。

 (沈黙)

「おう、チックタック。ワシの票も『無罪』にしておいてもらえるか」

 ──かしこまりました。現在『有罪 4票』『無罪 3票』でございます。

「軍神ファリス、あなたまでッ……」

「そういきり立つなや。ワシがトゥースとおなじ仕打ちをクゴズミ街の連中から受けていたら、おそらくおなじ程度には仕返しをしているってだけの話だ。さっきワシがいっただろ、トゥースはやりすぎたって。あれは無関係の人間を巻き添えにしちまったんじゃ正義が損なわれるって意味だ。しかし、子供と妊婦と奴隷は復讐の対象から外したか……くくく、いいじゃねえか。女と老人はしっかり殺すところが気に入った」

「なにをわけのわからないことをっ……」

「んん。うちは票を変えんよ。シエルもハニィもファリスも『許せるか』『許せないか』で天秤にかけちょるようばってん、うちは『有罪か』『無罪か』で判断するったい。戦争でもなかとに1000人殺しは大罪ばい。そこば曲げよったら、法律が存在する意味ばなくなるけん」

「それは違うよ、イルドちゃん。法律はちゃんと作用してる。トゥースはすでにワルダー帝国の司法機関や軍から追われてるんだよ。この魔女裁判は、あたしたちがそこに加勢するかどうかっていう、ただそれだけの話」

「ばってん、ワルダー軍じゃトゥースを追い詰めきれんやろ。うちらが力を貸さんと、トゥースは野放しのままぞ」

「……まあ、それは真実だね。けど、あたしとしては、もうトゥースを放っておいてもいいかなぁって」

「はああっ!? な、なんで、そんなっ……ノア・シルバーアーク、あなたまでッ、こんな、妊婦の死体の生皮を剥いで損壊するような、腹をかっさばいて胎児をむさぼり食うようなピチガイを野放しにするなんてッ!」

「脚色しすぎぃ」

「……けれど、もし可哀想な赤ちゃんがまだ供養されていないのだとしたら忍びないですね。ちゃんと弔われているといいのですけれど」

「それなら心配いらないよ、シエルさま。本人がやってくれたみたいだから(資料のページを閉じる音)」

「……本人、とは?」

「トゥース本人。トゥースは被害者の自宅から包丁とシャベルを持ってきたってチックタックがいってたでしょ。シャベルなんてなにに使うんだろうと思ってたんだけど、資料の最後のほうに『胎児の遺体を被害者自宅に生えている木の根本に埋葬したもよう』って書いてあった……まったくもう、チックタック、いくらなんでも資料が分厚すぎるよぉ」

 ──わたしも先程、それをいいかけたのですが、イルドさまに「ストップ」と止められましたので……。

「……な、なんで、わざわざ腹から引きずり出して、そんなことを。母体と一緒に埋めてあげればいいでしょうに」

「“殺したくらいじゃ断じて許せない”相手なんぞ弔うわけねえだろ。しかしアレだな。ワシなら仇敵の赤子であれば野ざらしにするだろうが、トゥースは随分と感傷的じゃねえか、カカカ」

「そがん考え方もどうかと思うばってん……そか、赤ちゃんは木ん根元で安らかに眠っちょるとか。ならよかたい」

「ねえ、チックタックちゃん。あたしも『無罪』に変更しようかなって」

「はあッ!? ノア・シルバーアーク、うそでしょうッ、どうしてですの!?」

「ん~、なんていうかなぁ。

 (沈黙)

「あたしはほら、このとおり生まれたときから手足がなくって、おまけに幽霊になる前は知的障害も患っててさ。故郷の人たちはまだ11歳だったそんなあたしを邪神の生贄に捧げようとしたけど、それをすんでのところでシエルさまに救っていただいた。だから、あたしは悪霊にならずにすんだ。もしあたしがあのまま悪霊になっていたら、トゥースと違って手加減なんかしなかっただろうし、死傷者もこんなもんじゃ済まなかったと思う。逆に、もしも子供だったトゥースの元へシエルさまがいらっしゃったのなら、あるいは他のだれかが彼女に手を差し伸べていたのなら、こんな事件は起こさなかったんじゃないかと思うんだ。もしかしたらあたしが悪霊殺人鬼になって、トゥースが人々を救う魔女になっていたかも……そんな逆の未来があったかもしれないんだよね。そう考えちゃうと、さ。どうしてこうなっちゃったかなって思うよね。あ、それとね、この事件の動機が復讐だとしたら、再犯の可能性が薄いかもっていうのが『無罪』を選んだ理由のひとつかな。もうちょっというと、シエルさまが“許せる”っておっしゃっているのなら、たぶん放置しても問題ないかなって」

 ──かしこまりました。では現在の投票結果は『有罪 3票』『無罪 4票』となり、無罪が逆転いたしました。『無罪』が過半数を超えるようでしたら、あなたがたはトゥースに対してノータッチとなり、今後のトゥースの逮捕、および処刑はワルダー帝国の司法機関に一任されることとなります。さらにトゥースの師匠であるハニィ・スカイハイツさまへのペナルティも見送られます。討論はまだ続行されますか?

「……続行、するかですって? しますわよ、するに決まってるでしょうがッ。わらわにはまったく理解できないわ、同情の余地があるとか以前に、トゥースがしたことを思い返しなさいッ。クゴズミ街にどれほどの血が流れたかわかっていらっしゃいますの!? 相手が子供でなければ、妊婦や奴隷でなければ報復で殺されても仕方ないとおっしゃいますの!? 胎児を埋葬するためなら死体損壊をしても許されると!? いつもの日常を送っていた人々が、ある日いきなりひとりの女のテロによって狂わされたのですわよっ。それにトゥースは自らの手を汚したならまだしも、人々を呪術で洗脳して彼ら自身の手を血で染めさせたのですわ。洗脳された市民は、自分でも気づかないまま殺人をおこなわされたのです、こんなおぞましいテロがありますかッ! それに、もしかしたら洗脳されたひとのなかには、自分の家族や友人を手にかけてしまったひとがいるかもしれないでしょうっ。正気に戻ったとき、彼らがどれほどの絶望に襲われたか、想像がつきますかッ! 大事に育ててきた我が子にいきなり包丁で斬りかかられる親の嘆きや、愛する夫に首を絞められる妻の恐怖や、殺しあう両親の姿を目撃した子供の絶望を考えたら、わらわにはとてもトゥースを許せるわけがありませんわッ! そんな地獄を作った罪人を、どうして野放しにしておけるのか……わらわには、まったく……」

 (沈黙)

「なあ、ステラリスお嬢さん。おまえさんはまだわけぇから知らねえだろうが、この世界にはトゥースよりもずっとずっと薄汚え悪辣なやつがわんさといるんだ。実の孫娘を犯そうとしたドゲドー皇帝もそうだし、障害者のノアを面白半分で邪神の生贄に捧げようとした連中もそうだ。“こいつらさえいなくなればもうちょっと世の中快適になるのになぁ”っていう、そんなクソどもを、少し長く生きてきたワシらはそれなりに見てきたんだよ……特にシエルはな。そんなやつらに比べたらトゥースはまだ、ワシらから見ればだいぶマシってだけの話さ。ここで『有罪』を選べるおまえさん姉妹やイルドは、まだワシらみたいにスれてないってことなんだよ。いいことじゃねえか、羨ましいぜ」

「泣かないでぇ、ステラちゃん」

「ステラ。うちは票を変えんよ。あんたに賛同するけん」

「心配しなくても平気よ、ステラ。トゥースには必ず因果応報があるから」

「……そうですね。ハニィさんのいうとおりです」

「呪術には反動がある。使えば使うほど、身体には拭えない穢れが蓄積していくの。トゥースにワルダー帝国からの追手がかかるなら、当然高度な呪術を使用して身を守らなければならなくなる。それを繰り返していけば、穢れは彼女の身体を蝕んでいき、やがて……」

「あああっききたくないッ、ききたくないですわ──ッ!」

「……あ、出てっちゃった。まだお茶会の途中なのに」

「……やがて、あの子は人間の姿を保てなくなるわ。なにもできない無力で醜いイモムシになって、永遠の時を生きるハメになるっていうのは、死ぬよりもずっと辛いことだと思う。だから『有罪』に投票したのは、あの子をあたしの手で楽にしてあげようかなっていう意味もあって……けど、やっぱりあたしにはムリそうだわ」

「……なんね、それ。聖女シエル、もしかしてあんた、そのことを知ってて無罪に投票をしたと? トゥースに死よりも重い罰を与えるため? そいとも……」

「別に深い意味はありませんよ。ただ、もし彼女に償いの意志があるのであれば、そのための時間を与えてあげられれば、と思いまして」

 ──そろそろ結論は出ましたでしょうか? では、改めまして最終投票をさせていただきます。


 『有罪=イルド・メルフェン・ステラリス』──3票

 『無罪=ハニィ・ファリス・シエル・ノア』──4票


 ──有罪3票、無罪4票ですね。無罪が過半数を上回りましたので、『トゥースは放置する』をみなさまの総意とさせていただきます。ワルダー帝国にはどのように報告いたしましょう?

「テメェのケツくらいテメェで拭け、でいいんじゃねえ?」

 ──かしこまりました。おつかれさまでした。以上をもちまして魔女のお茶会を締めくくらせていただきます。なお、このあと二次会を開催なさるかどうかは各々のご判断でご自由に決めていただいて結構です。

「んっ! いよいよここからが本番ったい! まだ陽ば落ちてないけん、できたてのごちそうば振る舞っちゃるばい!」

「まあ、楽しみです。ステラさんは……もう帰ってしまわれたみたいですね、残念です」

「……ノア、ありがとう。いろいろ助かったわ。あたし、もうテンパっちゃってさ」

「あたしはただ“シエルさまが無罪に投票したなら、自分もそうする”っていう口実を探しただけだよ。それに、限られた情報から真相を暴くのってゲームみたいで楽しいし。あとは本人がここにいて正解を教えてくれれば、なおいいんだけどなぁ」

「カカカ。ノア、おまえさんホントにシエルが好きなんだなぁ」

「恩人だもん。ところでハニィちゃん、もし地味で根暗でクソ真面目なお弟子さんがハニィちゃんのところへ顔を見せたらどうするつもり?」

「その可能性はほとんどないと思う。あの子のことだから“顔向けできない”とかいってひとりで抱え込みそうだし。けど、もしもあたしのところへ助力を請いに来たら……」

 (沈黙)

「そのとき考えるわ」

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