(40)

 千世が寝室へと姿を消したあと、四郎は今日――既にレイ時を回っていたので、より正確に言えば昨日――出くわした従姉の顛末について朔良に語った。


 「こういうのは身内の恥というのか」と前置きしつつ、しかしあっけらかんとした顔で、四郎は従姉が本家――四郎の実家――で窃盗を働いていたことを告げる。


 四郎の語ったところによれば、今後は従姉が四郎や千世と鉢合わせる確率はほとんど無きに等しいとのことである。


 どういう「処置」がなされたのかまでについて、四郎はしゃべりはしなかったものの、朔良には概ね見当がついたので黙った。


 恐らく、四郎の実家の家格を鑑みれば、四郎の従姉は捨て置かれはしないだろう。夫たちに見放されても、飢え死にはしない「処置」なのだと想像がついた。……それが、その従姉にとって幸か不幸かまでは、流石に朔良もわかりはしなかったが。


 いずれにせよ四郎の従姉の件は、これで片がついたらしい。なんとも素早い解決だった。


「それにしても、嫉妬とは」


 四郎は千世の私室の、閉じられた扉へ視線をやってから言う。


「……どう思った?」

「『どう』とは?」

「『嫉妬するまでもない』と千世には言っていたが、本心はどうかと思って」


 朔良の勧めに従い、千世は己の本心をやってきた四郎に吐露した。


 四郎は少しだけ目をぱちくりとさせたあと、それを細めて微笑わらった。


 そして「嫉妬するまでもない」と言い切って、もう従姉と会うことはないと千世に告げたのだ。


 千世は、四郎からネガティブな反応が返ってこなかったことと、四郎の従姉と顔を会わせることがないことにホッと安堵した様子だった。


 しかし、千世に嫉妬心を吐露すればいいと勧めた朔良本人は、四郎のことを深いところまで知っているわけではない。


 ただ四郎が、千世が四郎の従姉に嫉妬心を抱いたとてそのことに拘泥したり、鬱陶しいと感じたりしないだろうという確信はあった。


 それでも、他でもない四郎の口から聞いておきたかった。


 朔良はまだ、四郎について知らないことが多すぎる。


「『可愛い嫉妬』とはああいうものを言うのだな」


 朔良は、自分の内に渦巻く複雑な感情を、ときどき四郎に丸っと見透かされているような気になる。


「『いじらしい』と言うべきか」

「……そういうところを好きになったのか?」


 四郎は、朔良の問いにまた目をしばたたかせた。


「……どうして、あなたが千世を好きになったのか、まだよくわかっていないから、聞きたい」


 四郎は朔良の問いを吟味でもするように目を細めた。


「――この世に存在する女性というものには、大体三種類くらいしかいないと思っていた」

「……ん?」

「まあ最後まで聞け。自分の意思はあるが高慢で傲慢なやつ、自分の意思がなく人形みたいなやつ。最後は俺の母みたいな自分の意思があってどこまでも破天荒なやつ。……この三種類くらいしか女性がいないなら、『女はいい』と思っていた」

「……千世は?」


 とうとうと話す四郎に、朔良がまた問いかける。


「どれにも当てはまらないと感じた。そしてちゃんと周りを見ればそういう女性は他にもいるんじゃないかと思った」

「その答えだと、千世に惚れているようには聞こえない」

「手厳しいな。娘の結婚相手を認められない父親のようだ」


 四郎は好青年のごとき微笑みをもって、朔良の言葉に対しからかいまじりに返す。


「――千世は、守ってやりたくもあり、守られたくもある」


 今度はひとの好さそうな微笑みを引っ込めた代わりに、不敵に笑って四郎は言った。


「守ってやりたい、はわかるが」

「『守られたい』と、か弱い姫君のように願ってしまうのは――きっと、千世だけだ」

「四郎はまったく、か弱くないけどな」

「知っている」

「それが、惚れた理由?」

「だいたい」


 朔良はかねてより疑問に思っていたことを四郎にぶつけたものの、結局は謎が深まる結末となった。


「はあ……四郎のこと、ますますわからなくなった気がする」

「面白いじゃないか」

「そうか?」

「そのうちわかるかもしれないし、わからないかもしれない」

「私は博打は好きじゃない」

「今後の楽しみに取っておけ」


 朔良はまたため息をついた。


 四郎の気持ちなんてさっぱりわからなかったが――しかしこうやって話をすること自体は、まんざらでもない。


「……千世の『忠犬』でいるなら、今はそれでいいか」

「……まあ、たまには『狼』にもなるが」


 「それは、お前もそうだろう?」。不敵に笑って言う四郎に、朔良は「まあ」と返すだけにとどめた。

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この三人交際にマニュアルは存在しない。 やなぎ怜 @8nagi_0

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