第12話

「みんないらないって言ってたが、意外とほしいって人もいるもんだなぁ」


あのあと、偶然通りがかった商人が買ってくれた。


長年この街で商売をしてそうな風体を持つ商人で気さくに話せる人だった。


俺の商品にも興味津々という様子で話を聞いてくれて、そのまま買い取ってくれた。


街で意識が朦朧とするほど商売をかけても売れなかった品をまさか本当に買ってくれるとは。


正直ダメもとの作戦だったんだよな。


しかも買取金額、なんと三万ゼニー!


あの商人は太っ腹だったのか、三日は過ごせるお金をもらえた。


日本だったら千円もいかないものが三万! 大儲けだな。


「売れてよかったのう」


「ああ。売れてよかったよかった。あれで売れなかったら今日はそこらへんの道端で腹空かせながら夜を越す所だったな。最初のクエストは無事クリアってところか。クリア判定はAだろうか?」


「いい安宿も紹介してもらえたからのう。追加報酬ありじゃからAで決定じゃな」


「ふふん」


素寒貧だった俺の懐が一気に膨れたところで、心にも余裕ができてきた。


一日だけでもあんな思いはもうまっぴらだよ。


「売れなかった時のことを考えるとやばかったな。最終手段を使う可能性も考えていた」


「そういえば秘策があるといっていたの。売れなかったらどうするつもりだったのじゃ?」


「まーその時は別の物を売っていたよ」


「別のもの? 何かあったかの? 衣服はあまりお勧めせんぞ?」


「もちろん衣服じゃない」


秘策。それはこの世界に降りた時から考えていたものだ。


ハクは衣服と思っていたようだが、そんなものではない。


まさに身を切る覚悟だったものだ。


「話は変わるけど、その尻尾、すごいモフモフだよな」


「ん? そうじゃろうそうじゃろう。おぬし、これがわかるか?」


「あぁ、もちろんだ。見た時から素晴らしい尻尾だなと思っていたよ。毛並みは美しく汚れ一つない」


「ほほう。わかっておるのー! 何を隠そう、妾の尻尾の毛並みはの、天界一と評されておるからの。この毛並みに勝るものはこの世におよそないであろう」


「ほー。そりゃ大変貴重なんだな」


「それはもちろんなのじゃ!」


「売ったら高く売れそうだな」


「それももちろん…」


「…」

「…」

「…」




「おぬしひどいのじゃ! まさか妾の尻尾を売ろうとしたのか!」


ハクが白くてモフモフな尻尾を大事そうに抱えながら言った。


ハクの尻尾は見た時からマフラーによさそうだなって思ってたんだよな。


ハイソな人たちが首に巻いてそうなふさふさ度合いだ。


正直、100万ゼニーは堅いと見た。


「いやー。本来は9本あるんだし1本くらいいいかなって」


「いいわけないのじゃ! トカゲじゃあるまいしちぎれたら生えてこぬのじゃ! とんだ主なのじゃ!!」


「まぁまぁまぁ、無事売れたんだからいいじゃないか」


「ふぬー!」


ハクが尻尾を大事なぬいぐるみの様に抱えながら猫のように毛並みを逆撫でた。





ひとまずは今日の最低目標がクリアできてよかった。


数日過ごせるだけのお金、そしてトイレットペーパーの存在を知らせること。


商人があのトイレットペーパーを売りに出し、それによって存在を世に知られれば、ログボとしてほしい人が出てくる可能性が増えるだろう。


それまではしばらく待ちだな。


「さて、今日中に冒険者になるぞ」


「え? もうなのか? だいぶ急ぐのじゃなぁ。妾、酒が欲しいのじゃが…」


こいつ。さては給料日に酒を大量に飲んで金を溶かしているな。


「さっきの取引の時にあの商人の店の場所は聞いたけどな。明日も彼らが3万で買ってくれるとは限らない。あの人は確かにいい人だったが、毎日売りに行ったら足元見られて一万とか数千ゼニーにまで下がる可能性もある。だから、今日中に何かしらの仕事にありついておきたい」


「むむ」


衣食住。そのうちの衣しか俺たちは持っていないのだ。


宿は仮宿、職がなく金も十分といえないために食もない。


急いで稼ぎに行かないと。


「それに酒はしばらくなしだ」


「な!」


「当たり前だ。生活が安定するまで酒は禁止だ」


「ふ、不安定な生活の中を冒険してこその冒険者じゃ!」


「それは冒険者じゃなくて考えなしだろ」


「ふぐぅ…」






冒険者になるには、冒険者ギルドに行けばいいんだよな?


それとも冒険者は名乗れば冒険者というような世界観だろうか?


「この世界には冒険者ギルドがあるのじゃから安心するのじゃ」

「ふーん。ならひとまずギルドを探すか」

「そこら辺の人に聞いてみるのじゃ」

「そうするか」


何回か街ゆく人々に尋ねてたどり着いた先に、その建物はあった。


「あそこかな?」

「そうじゃろうな」


大きな石造りの建物。堅牢な要塞とも見て取れる。


正面入り口に掲げられた看板には剣と槍が交差して、中央に竜が描かれていた。


武器を携えている人たちが何人もその入り口に吸い込まれていった。


裏手には魔獣などを止める場所があるらしく、荷物や獲物をのせたそれらが入り込んでいっていた。


扉の中からは騒がしい声が聞こえており、熱気が通りまで伝わってきた。



いかにもな冒険者ギルドだ。

いざ行かん。


中に入ってみると、外から感じ取れる空気の通りに喧騒と熱気、昔ながらの騒がしさを充満させた空間だった。


流石は異世界の冒険者ギルド。

冒険者の受付と酒場も兼ねているいて、飲んで騒いでのどんちゃん騒ぎだ。


冒険者たちはそこらじゅうのテーブルで肉を喰らって酒を楽しみながら、会議をしたり、雑談を楽しんでいた。


ある席では。


「ほら飲め飲め!」

「あの受付嬢とやりてぇなぁ」

「は! 俺はやったぞ」

「おまえがやったのは裏に止まってる馬だろ!」

「ちげぇねぇ! こいつ前酔いすぎて馬に覆いかぶさっていたからな!」

「それで、短すぎて馬に蹴られてこんな蹄鉄で凹まされた様な顔になっちまったらしい!」

「ふざけるな、てめぇらぶっ殺すぞ!」

「ぶわっはっは!」



またある席では


「はぁ…」

「どうされました、姫様。ため息などついて」

「33層の攻略が進みませんね」

「今は時期が悪いですなぁ。季節は春で階層ポータルの方角は南東。あそこには広大な花畑があり、ちょうど中級大型竜モルラの生息地域です。モルラの討伐には特殊な装備が必要ですが、我らは所持しておりません。製作のための素材集めをしている間にポータルが次の地域に移動するでしょう。しばらく待つしかないのでは?」

「それはそうなのですが…。次期継承権のことを考えると早く次の階層に行きたいのです」

「姫様、焦って怪我でもしてはことですぞ。ここは辛抱です」



別の席では。


「あ、新しく入ったミキティです! よろしくお願いします!」

「私たちのパーティに入ったからには死を覚悟してもらうよ! いいね!」

「は、はい!」

「馬鹿野郎! まずは命を大事にだ! 死ぬ覚悟じゃなくて生きる覚悟をしな!」

「は、はい!」

「まー。ユリユリ、そんな肩ひじ張らずにやろうよ」

「そうそう。ユリユリは言葉は厳しいし理不尽だけれど、なんだかんだ面倒見いいんだから、もうちょっとほんわかにねぇ」

「おめーらが緩すぎるんだ、ぼけ!」

「そんなんだから、ユリユリはあっちもこっちもキツキツなんだよねぇ」

「な! さ、触るな!」

「あ、これ。ただのコミュニケーションだからね。冒険者のコミュニケーション」

「ひゃ、ひゃい!」



楽しそうな雰囲気を浴びるとこちらまでテンションが上がってくる。

これぞ冒険者たちの集まりって感じだ。


そして隣ではジュルリと音がした。

音の方を見ると、ハクが酒が続々と飲まれていく様を見てよだれを垂らしていた。


「酒じゃ、酒があるのじゃ!」


今にも酒に向かって爆走しそうなハクの首根っこをつかむ。


「いくぞ」

「フニャア…」


酒から目を離せないハクの引き釣りながら、受付へと向かった。

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ガチャでスキル転生引いたら、ゴミスキルの塊とペットな女神がついてきた件。 サプライズ @Nyanta0619

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