第11話


「おー…。なんか異世界やな」


小並感。


とりあえず俺は、トイレットペーパーのことを考えるのをやめて異世界の街並みを見て回ることにした。

気分転換が必要だ。





先ほどいた場所から少し歩いてでた表通りには、日本では見たことのない生物や店、建物が多くあった。


町並みは昔のヨーロッパというかナーロッパと聞いてイメージするような光景。


火を口から漏らしながら歩く赤い鱗を持つ巨大なトカゲ。

ファンタジーの定番通りならサラマンダーだな。


その赤いトカゲに騎乗する騎士。トカゲの鐙には長い槍が備えてあり、後ろには今日しとめたであろう獲物が乗っていた。


別の所に目を向ければ、獣人らしき人達が見える。

毛が全身を覆い、鋭い目つきを持つ狼や虎の獣人が武器を担ぎながら歩いている。今から狩りだろうか。


店も古めかしい雰囲気のものや、奇抜なものがある。

通りがかったとある店は古きよき書店の雰囲気を持っていて、中ではおそらく魔導書を売っているんじゃないだろうか?

ほかにはものを浮かして販売している店などだ。


一方で幽霊が移動販売をしている店などもあった。

ただ、人はあまり寄りついていない。


そして遠くに見える巨大な塔。

空中から落下しているときにも見えた塔だ。


成層圏まで伸びているんじゃないだろうか。

あんなの、絶対に地球じゃ立てられない。


「普通の店もあるけれど、異世界ならではの店も多いな」

「そうじゃのう!そうじゃのう! 久しく見る下界は楽しいのう!」


ハクの楽しい感情を表すかのように尻尾が揺れている。

キツネ畜生め。感情がわかりやすいな。


「あ、あの店で今度酒を買わぬか!?」


ハクが指をさしながら俺の腕を揺らした。

指をさした先には酒類が大量に売られている店だ。

だが、多分あれ卸売だぞ。まぁ小売りもやってるかもしれんけど。


「早速酒かよ…。このアル中狐め」

「餌の提供は主人の務めなのじゃ」

「畜生根性歪みねぇな。まぁ金ができたらな」


とはいうものの、今のところ文無しなのだ。最悪なしでいいだろう。

神なんだから霞でも食べて生きてもらおう。




さて、これからどうするか。

いや、どうするもこうするもない。


今の俺たちは今晩の飯さえおぼつかないのだ。

つまりは今日中にこの白い物体を売って金を稼ぐ、もしくは仕事を見つけるかしないといけない。

事態は一刻を争う。迷っている場合ではないのだ。


せっかく転生した異世界だ。

流石にいきなり餓死ルートはまっぴらだ。覚悟を決めろ。


「それで、これからどうするのじゃ」

「ひとまずこれを売る」


そういって憎きログボを取り出す。


「むー。まぁ仕方ないのじゃ」

「ひとまず、あの冒険者達に売りに行くか…」

「え」


街の大通りをひときわ騒がしく歩いている一行がいた。


冒険者の一行だろう。皆で和気藹々と談笑しながら歩いていた。

後ろには今日狩った獣を乗せた荷台をファンタジーな動物が牽引していた。

彼らは今日の酒はうまいぞとかあいつの踏み込みよかったなとか語っている。


いい雰囲気の集団だ。俺は意を決して話しかける。


「こんにちは」

「お? 何だ?」


冒険者一行は話していたのをやめてこちらを見た。


「いやぁ、兄さん方、景気がよさそうですねぇ」

「おうよ。さっきこいつを狩ってきたところだからな」

「すごいでかいですねぇ。なんて名前なんです?」


俺は後ろに乗っていた獣を見ていった。車くらいの大きさを持つ狼だ。

その毛並みは半分凍っており、その冷気が少し離れた場所まで届いている。

死にたてなのか、口からも白い息が漏れている。



「ああ、こいつは氷狼将。ダンジョンの22層にいたやつだ」

「へー。こんなの倒せるなんて兄さん方すごいですね。この巨大な牙と顎、一噛みで体ごと持っていかれそうじゃないか。よく倒せましたね」

「なっはっは。まぁ、俺たちもそれなりに頑張ってきたからなぁ。これぐらい倒せないとな」


そういいつつ、ちょっと嬉しそうな顔を見せる冒険者たち。


「そういえば、ダンジョンってどちらにあるんです?」

「?? あの塔が見えないか? あれがダンジョンだ」

「あ、あれなんですね」


情報ゲット。

街の中央に見える巨大な塔、あれがダンジョンだったらしい。


「俺も将来ダンジョンに入って、こんなモンスターを倒したいですね」

「あんた、冒険者志望なのかい?」


別の女性が話しかけてきた。


「ええ、そうです。私も冒険者になってみたくて田舎から出てきたんですよ」

「へー。見たところ前衛職には見えないが。魔法使いか、何かスキルがあるのかい?」

「ええ、それがですね」


俺はトイレットペーパーを取り出した。


「こいつが出せるスキルなんですよ」

「なんだこりゃ?」


冒険者たちは初めて見たような顔をした。

どうやらこちらにはトイレットペーパーはないようだった。


「へぇ…。それは、なんだい? 何か包帯か何かかい?」

「いえ、こいつはケツを拭くものですよ」

「…ケツを拭くだけ?」

「ええ、そうです。それだけに特化したものなんですよ」

「「「「へー…」」」」


冒険者たちの空気が変わった。

和気あいあいとした雰囲気から可哀そうな奴を見るような雰囲気になった。


うん。よくわかった。

俺は自分のスキルの立ち位置を確認できた。

ひょっとしたらこれがこの世界で超重要アイテムだという可能性があったのだが、それすらなくなったのが理解できた。


「どうです? こいつを一つ買いませんか?」

「い、いらねぇ」

「いやいやいや、そんなことを言わずに。これがあれば奥さんも大喜びですよ」

「妻はいないからいらねぇ」

「これ実は縁結びにもいいんですよ。上手く切れ目で切れると」

「いらねぇ」


そういうと冒険者一行は足早に去っていった。


彼らの一人が最後にいった「強く生きるんだよ。他にも道はあるんだからね」という言葉が耳に残った。

根はやさしいのかもしれない。


「くそっ。自然な流れでうまく売るという計画が」

「いや今のは違和感しかなかったのじゃ」

「え? そう?」


ハクの顔は断られて当然だというような顔だった。

完璧な計画だったのに…。



「こうなればプランKだ」

「K?」

「数うちゃ当たる作戦だ」

「シレンはネーミングセンス皆無なのじゃ」

「まぁ秘策もあるからな。安心しろ」

「?」




俺たちは、待ちゆく人に話しかけまくった。


「トイレットペーパーいりませんか?」

「トイレットペーパー、いらんかやー?」


待ちゆく人々に話しかけまくる。

次から次へと話しかけまくり、そして断られ続けた。


「売れないのぉ…」

「売れないな…」


売るときに雑談をしていたのだが、この世界の通貨はゼニーであり、大体物価も日本と大して変わらない感じだ。

もちろん、異世界であるためにところどころ値段が高いものや低いものもある。


一度興味があるって人もちらほらいたのだが、値段の高さで断られた。

一つ一万ゼニーなんて安いと思うのだが…。


うん。冗談だ。さすがに俺でも買わないわ。

高々トイレットペーパーに最低日給クラスの値段言われて買うわけがない。


けど、今現在俺の武器はこの白い筒しかないんだ。

だからこの値段で売るしかない。買ってくれる人が見つかるまで粘るしかない。


「売るしかない。これしかないんだから…」

「そうじゃのう…」







それからも売り続けた。


一つ断れるたびに憐憫の視線が刺さる。

売れない時間が続き、そして太陽も空を通り過ぎていった。


一日が過ぎ、二日が過ぎ、そして一月が過ぎた。


今だ一個も売れていない。トイレットペーパーを買うものはいなかった。

そして季節が変わり、周辺にはいつしか雪が降っていた。


寒い。


この世界にも雪が降るんだな。ああ、寒い。体が冷える。

再び売ろうと声をかけても買う人は出てこなかった。


俺は雪の積もる裏通りで座り込んだ。


体が冷えてかじかんできた。

何か暖を取るものは…。

そうだ。俺の手にはトイレットペーパーがあった。


俺はトイレットペーパーをひと切れ、二切れと取っていく。

そしてそれを体に巻き付けた。


「あったかい…」


紙は優しく俺の体を包み、確かな温かさをもたらした。

だが、その薄い紙は雪と合わさってすぐに溶けてなくなっていった。


「あ…」


そして消えるたびに、もう一枚、二枚とトイレットペーパーをちぎり、体に巻き付けていく。

トイレットペーパーの量がどんどんと減っていっていた。


だが温かさを求めるあまりやめられなかった。


いつしか、目の前には女性が多くいた。

人間、エルフ、ドワーフ、スライム娘、獣人、竜人、ダークエルフ。

ファンタジー世界定番の女性達。

笑顔でこちらを見て微笑んでいる。


「ああ、ここが異世界か」


皆、トイレットペーパーを持ちながら、温かい料理を運んでくれている。


「いい異世界だ」





「いい異世界だ、ではない! 元に戻るのじゃ! 異世界転移初日でさらに異世界転移する奴なんて聞いたことないのじゃ! 早く正気に戻るのじゃ!」


何かが世界が揺らしている。

この声はハクか?


「ああ、ハクも来たのか? いい世界だろう? いいお姉ちゃんたちだ…。みんなトイレットペーパーを買ってくれるんだ…」


「戻ってくるのじゃ! シレーーーーーン!!!!!!」


ハクがビンタしてくる。

異世界チーレムの夢は冷めない。



「おや、なかなか珍しそうなものを持ってるな。兄ちゃん」

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