第53話

 自分の人生どうやって生きるのか、どの道を進むのがいいのか。まったく分からなくなってしまった。

 社長に言われるがまま仕事をしているのが、どんなに楽だったか思い知る。

 何度も転職しようとする佐々里をちょっと軽蔑していたが、今はそんなことを言えない。彼がいかに真剣に悩んでいたか理解してあげられず、申し訳なかった。

 睡眠時間は減るばかり。文見は一人で悩むのに限界を感じて、木津に相談した。木津ならズバッと切り込んでくれるに違いない。

 木津は快く受け入れてくれ、自宅に招待してくれた。

 最近引っ越したという部屋は非常に綺麗で広かった。


「いいんじゃない、八幡さんのお世話になれば? 独身だし」

「ちょっと! そういう話じゃないから!」


 いきなり変なところから切り込まれる。


「好きじゃないと誘わないと思うよ」

「やめて。そういうこと言われると逆に行きづらくなる!」

「まあ、冗談なんだけど」

「観月が言うと冗談に聞こえないって!」


 木津たちが会社を移ってからしばらく経つが、木津は相変わらずだったので安心する。

 会社は違ってしまったが、木津とは生涯の親友としてこの関係を維持したいと思う。


「好きに決めればいいと思うけど? 私はあの件で、一回限りの人生、好きに生きないとダメだと思ったし」

「観月はヘキサにいったからそんなこと言えるんだよお!」

「あれ、言ってなかったっけ? 私、ヘキサやめたから」

「へっ!? 聞いてない!」


 どうして自分の周りはこんなに報告が遅いのだろうか。それとも文見の情報キャッチ能力が低いのか。


「結婚して独立することした」

「結婚!? 独立!?」


 人生二大ワードが飛び出した。


「もしかして子供も!?」

「子供はまだ。一緒に暮らしてるからそのうちかもしれないけど」

「もしかしてここ? 旦那さんは?」

「今日は出かけてるから大丈夫」


 木津の家は2LDKで、一人暮らしにしてはやけに広いマンションだと思っていた。


「そっか、結婚したんだ……」

「式はまだだから、日程決まったら呼ぶよ」

「うん、絶対だよ! あとでの報告はなしだからね!」

「はいはい、忘れなければね」

「だから忘れないでって……。そういえば、独立して何をするの? キャラデザ?」

「うん。フリーのイラストレーター。腐っても『エンゲジ』と『ヒロクリ』のキャラデザ担当だからね」


 木津はにやっと悪そうな笑顔を見せる。

 ノベルティアイテムのブランドを経歴として使う気まんまんのようである。


「打倒、中村一心!」

「はぁー、絵描ける人はいいよね……」

「文見もシナリオ書けるじゃん」

「いや、シナリオは書けても仕事になんないから。どこも雇ってくれないよ。求人も調べてみたけど、全然ライター募集なかった。どこもベテランが書いてるんだね。外の人間に譲るわけない。募集あるのは下働きのスクリプターだけ……」

「じゃあ贅沢な悩みをしてるじゃない。もう八幡さんのところに行きな」

「え?」

「シナリオライターとして生きる覚悟はしていて、ノベにはいたくない。でもライター募集がない。なら、ライターとして雇ってくれる八幡さんところしかないじゃん」

「あ、うん……」


 木津に言われて気付く。確かに答えは自明だったのかもしれない。


「でなければ、コスプレ好きの同級生のところへ永久就職したら?」

「やめて! それだけは言っちゃいけない!」


 実は、高校の同級生である道成から同様のことを言われていた。

 仕事ないなら俺と結婚すればいいじゃん。

 そんなことを言われ、「上から目線がむかつく」と断った。


「十分、人生の選択してるじゃん。結婚断ったなら、転職なんて大したことないよ」

「ああ……そうなのか、な……」


 別に道成のことが嫌いなわけではない。

 再会してから、道成と結婚して一緒に歩むのも悪くないと思ったことがある。

 でも今は違う。道成に保護されるような人生はダメだと思ったのだ。

 結婚するならやはり対等でなければいけない。どちらかが頼りっきりというのは何か違う。自分がもっと安定してからじゃないと、誰ともできないと文見は考えた。


「ノベは会社としてはかなり解体状態だけど、お金はいっぱいある。『ヒロリク』も売れてないわけじゃないし、まだ巻き返せるチャンスはあるかもしれない。でも頼れる人材は誰もいないから、何もしてないとそのまま終わる未来も当然ある。そこであんたがキーになるのは間違いない」

「うん……」


 ノベルティアイテムに残れば、これまでの実績と社長からの信頼で、ガンガン仕事ができるはずだ。だがこれまでのように安定は望めない。ゲームが売れず、社長がまたゲームを売り払ったり、会社を畳むと言ったりしたら、そこで終了なのだ。


「八幡さんのところはまだ形すらないから、安定は求めちゃいけない。大きくなるかもしれないし、始まる前に空中分解するかもしれない。でも、確実にあんたの働きが、そのまま会社の成立や成功に影響する。やりたいと言ったことは新たな仕事になるかもね」


 やはり木津の言うことは的確だった。

 現状をよく把握しているし、文見の個性も加味してくれている。


「うん……。どちらにもリスクはあって、あとは別の会社に転職するかなんだよね……」

「それと独立してみるとか」

「無理無理! あたし一人じゃお金も技術もない!」

「知ってる。一応、選択肢としてある、って思っておくと、気持ちが楽ってこと」

「もう……」


 木津はいつも人を気遣わないセリフを言うが、ちゃんと文見のことを思ってくれている。


「人生、ガチャみたいなもんだけど、それを受け入れるか拒否するかはあんた次第。使えるものは使って、ダメなものは捨てるしかない。大いに悩むといいよ」

「そうだね。ゲームキャラなら信念に従って生きるから、何事にも動じないんだろうけど、あたしは信念なんかない。自分の人生でこれをやり遂げようなんてもの、考えたことなんてないや」

「みんなそんなもんよ。行き当たりばったり。いいことあれば喜ぶし、悪いことあれば悲しむ。その時々で考えなんて変わるわ」

「うん。でも、前向きに生きたいってのは変わらないな」

「じゃあ飛び込みなさい。『暗雲を切り払う剣はお前の心の中にある』!」

「『やまない雨はないから』!」


 文見は腕時計を撫でた。


「あたしは恐れず前に進む!」





「そういえば知ってた? いつも久世に情報漏らしてたのって生駒なんだって」

「えっ、生駒さん? 新会社の社長だよね?」

「そう。社長と仲良かったからいろいろ聞いてたみたいなんだけど、つい久世にポロってたみたい」

「なにそれ……今もずぶずぶってこと?」

「久世の出世は確定演出が出たね。そういうのが気に食わないから、私は独立したのよ」

「なんだか納得いかないなあ……」


 ガチャ上の楼閣は崩壊するが、人の営みは止まらない。

 新たな楼閣は作っては人が集まり、楼閣を見上げる。


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ガチャ上の楼閣~ゲーム女子は今日も寝る~ とき @tokito

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