第52話

「イベント、大好評だったようだな」


 閑散としたオフィスで残業をしていると、八幡に話しかけられた。


「ははは、お恥ずかしいことに……」


 秋葉原で行われたリアルイベントは大盛況に終わった。

 不祥事や会社再編でユーザーが離れてしまったか不安はあったが、コアなファンはまだついてきてくれたことが確認できて、主催者、参加者ともに嬉しいイベントとなった。

 売り上げもだいぶ立て直し、セールスランキング50位に食い込むようになる。


「写真見たよ、コスプレの」

「見ないでください! 消してください!」

「ネット上でも大好評だね」

「はあ……」


 これは喜ばしいのか恥ずかしいのか、よく分からなかった。

 声優がいるため一般撮影は不可だったが、メディアには許可していたため、多くの写真がネット上にアップされることになる。

 コスプレのクオリティが高かったため、かなり評判がよく、ニュース記事は拡散された。

 恥ずかしい思いをしたが、この日のために体を引き締めた甲斐があったといえる。


「でも、すごく楽しかったです」


 久しぶりにコスプレをして、やっぱり何かを表現したり、キャラへの愛を示したり、みんなに見られたりするのは好きなのかもしれないと、文見は思った。

 そして、大人気声優とやりとりできたのも嬉しかった。自分の脚本を演じてくれて、脚本以上の演技をしてくれたのは感謝しかないし、今回のイベントで恩返しできるよう努めた。観客と一緒に盛り上がれて本当によかったと思う。


「そうか。小椋はここに残るのか?」


 八幡は「ヒロイックリメインズ」のメインプログラマーだったため、ノベルティアイテムに残留であった。生駒と一緒に新会社に誘われたが断った、という噂はあったが、真偽は分からなかった。

 突然の質問に文見は困惑する。


「あたしは……まだ悩んでます……。このままやっていけるのか、というのもありますし、『ヒロクリ』はあたしの生きがいでもあって見捨てることなんてできませんし……」


 文見にとって「ヒロイックリメインズ」は苦労して産んだ我が子のようなものである。愛していることは先のイベントで痛いほどに感じた。

 けれど、空っぽのオフィスを見ると悲しくなる。同期や多く社員がヘキサゲームスに行ってしまい、貧乏くじを引かされたのは悔しく、社長をいまだに恨んでいる。早期退職制度を考えればやめたほうがいいのだが、不安は多かった。

 一方では、生駒と一緒の会社にいたらひどい目に遭いそうで、そういう意味では救われたとも思ってしまう。


「でも転職先も見つからなくて……」


 転職といえば同期の佐々里がいる。

 彼は何度も転職を繰り返した末、奇しくもヘキサゲームス本体に勤めていた。

 久世たちが移籍したとき、四人で飲みに行こうと話があったが、文見は断ってしまった。悔しくて仕方ない。


「人生、ほんとガチャみたいですよね」


 イベントによって、自分が会社やコンテンツを好きだということが分かった。でも、現実はそんなに甘くない。今はなんとか開発を続けられているが、今度どうなるかはまったく分からないからだ。

 ガチャで大金持ちだった会社はたった一つのことで崩壊。くじ引きのような感じでその先の運命も決まる。これがゲームならリセットしてしまいたい。


「そうか……」


 八幡は少し考えてから言う。


「ガチャに賭ける気はあるか?」

「ガチャですか? もう完全に底辺ですから、全財産ガチャにつっこんでもいいって気分ですよー」


 会社公認の社員コスプレイヤーとしてデビューした文見は、だいぶやけになっている。


「そうか……。じゃあ、私の会社に来ないか?」

「へ……? 八幡さんの会社ですか?」

「まだ社長には言ってないが、独立することにしたんだ」

「えっ、独立!? すごいですね!」


 独立という言葉にはなんて魅力的な響きがあるのだろう。


「高校時代の親友が独立を考えていて、私もそれに乗ろうと思っていてな」

「へえ……」


 独立は今勤めている会社との雇用関係から外れて、自給自足で生きていくということだ。

 楽しくて夢のあることなのだろうが、金銭的に苦しくなるのは間違いない。巨大な船を下りて、小舟で荒波にこぎ出すようなものだ。

 文見も独立を誘われてどう反応していいのか分からなかった。


「そんなこと言われても困るよな」

「いえ、そういうわけじゃ……」

「親友は声優やっててけっこう人気らしいんだ。声優に関連するアプリでも作ろうと思ってる。そこにシナリオライターがいればやれることが増えると考えてな。小椋はバイタリティーあるから、来てくれると嬉しいんだが」

「えっ、あたしなんて大したことないですよ! 八幡さんにずっと迷惑かけっぱなしでしたし!」


 「ヒロイックリメインズ」開発で何度八幡に助けられただろう。

 しかし恩人とも言える人物の誘いの乗っていいのか分からない。このままノベルティアイテムにいれば、立場も収入も安定するのは間違いないのだ。

 シナリオの先輩である井出はヘキサゲームスに行ってしまったので、今や文見の独壇場である。


「声優って言うのは……江端孝史だ」

「えっ!? 江端さん!? 知り合いだったんですか!?」

「長い付き合いでな。向こうも事務所との関係で何か不満があるらしい。独立したら自由に動けるし稼げると。金銭面ならあいつけっこう儲かってるから、たぶん大丈夫だ。小規模開発ならまったく問題ない」


 江端の名前が出て、急に心が揺れる。

 江端は誰もが知る人気声優だ。先にイベントでも同じ舞台にも立ち、その人気や実力はこれでもかってぐらいに思い知らされた。

 彼のルックスもいいし、トークもすごかった。彼がいたから場は常に盛り上がっていたし、イベントがうまくいったのも彼のおかげとも言える。

 声優界でのポジションはきっと不動。ベテランであるしエースであるしスターでもある。そのうちレジェンドと言われるに違いない。

 彼と一緒に仕事ができたらどんなに嬉しいことか。


(やばい! 行きたい! ……でもそれでいいのか、自分)


 なんて現金な女なんだろう、と自分のことが恥ずかしくなる。


「す、少し考えさせてください!」

「ああ、ゆっくりでいい。大切な判断だからな」

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