お食事会での困り事
明鏡止水
第1話
明鏡止水には克服せねばならぬ、行動。言動がある。
それは、言葉のかえしっ……!
たとえば集団でお食事会に行く時に誰かがぼそりと駅の階段を登りながら
懐かしいなあ……、
と呟く。
気立てのいい、よく気の利く、最近結婚した仮に「美人さん」が
「通われてたんですか?」とさりげなく聞く。
そこから先は駅に通っていた人の学生時代の話に、どこの学校か、通学はどうだったか? 所属していたのは何部か、おうちはここから近かったのか、遠かったのか。
美人さんは明るくペースを落とさず親身にお話を聞いてくれます。この美人さん、すごいんです。
お食事会の席でも周りに気を配って飲み物がなくなった人のコップをつぶさに観察し、よく通る声で飲み物の集計をとってくれるんです。
ちなみにこのお食事会はとあることの打ち上げ会だったのですがあまり大きい声で◯◯の打ち上げだー!! なんて言っちゃうと指導が入るのであくまで厳かに、おとなしく。
でもみんなすごく立派な経歴を持った人たちなので、明鏡止水は「飲み会・お食事会でのいつもの明鏡止水」になっていました。
すなわち、生産性のない過去しか話せない。
漆黒の季節です。
自分の年齢が結構いってることを再確認する。
みんながやれ自分はどこどこの製薬会社の管理職だったけど人を切り捨てるのが嫌で、体にも支障があったので辞めた、だから今の道にいる。
かたや理学療法士で学会で発表もしたことがある人が、やっていることは同じなので近い職種の別の道へ進もうと考えて今に至る。
他にも噂では元刑務官や。福祉の学校を出た後六年障がい者施設に勤め、福祉に従事した人。
三十年近く医療事務をしてきた方、など。
詳しくは書けないけれど。
皆さんそれぞれ「実績」がある。
だけど、私にも起立性調節障害と高校留年と通信制への転編入、まずはうつ病との付き合い方を考えながらアルバイト・パートから始めた過去。
正社員になれたけど統合失調症になってしまい三年寝太郎をして、作業療法士の方やソーシャルワーカーの方にお世話になりました。
みなさん、声を表情を暗くして聞いてくれます。
家族にも苦しめられましたが、体がおかしくなって病院に連れて行ってくれたのは家族なので、そこら辺が複雑な心境です。
楽しくみんなで自分たちの孫や娘、主人、嫁の写真をスマホで見せまわるお食事会に、私は溶け込めているんだろうか。
孫が出てきたらとりあえず
「かわいいですね!」
お父さんに似てるかとかお母さんに似てるかとかはデリケートな事情があった時のために少しおさえとく。
「旦那さん、ダンディーですね!」
これは本音。素晴らしい夫妻だった。写真がプロ級だ。
子供の七五三の写真、これは困った。
「まあ! いい具合にカッコついてて!」
(男の子だった)
……もっと言い返しは無いのか。
悩みどころである。
初めに私に写真を見せた人も私の反応では満足いかず、すぐ集団に
「ねえ! これうちの主人と息子と孫!!」
と新しい反応、満足する高揚を吸収する。
私の何がいけないの?
興味がないのかもしれない。
みんな興味がないのかもしれない。
あるのかもしれない。
そこかしこから「かわいい!」、だの「利発そうだ」、「衣装もいいね!」などのポジティブで人の承認欲求に近いものを満足させる意見。
他者の喜ぶ受け答えをいちいちしなきゃいけない。
自分の生い立ちを話すとみんな深刻な顔をして聞いてくれる。
「明鏡さんは、なにかの経験者なの?」
製薬会社にいたわけでも、理学療法士だったわけでも、福祉の学校を出て六年働いて現在新婚なわけでも、刑務官だったわけでも、スーパーマーケットの社員だったこともない。
実績を自慢したいわけじゃない。
ただフリーターをやっていたからといって偏見を持って欲しくないだけ。
これからは持病でフリーターをやっていました、って言おうかな。
〈言い訳だ、余計な脚色で許してもらおうと思っている〉
そんなふうに思われるかな。
普通の人と、健康な人と結婚がしたい。
クラスに苦手な人がいる。お食事会では「嫌い」に昇格。というか嫌いだった。
みんなはいいクラスですよね! と研修の訓練生たちを褒める。激励する。
だけど私には誰かの表情を曇らせて、ポジティブな話にも持っていけてなくて、大学や会社に勤めた人たちから下手したら侮蔑を受けるような。
ギリギリのお食事会だと思っているし。
食べ物より人の話を聞いておきたいけれどその人の立派な話を聞いたら次は暗くて同情的な自分の話になる。
べつにいいんだ。いいんだけども、これから先なのか。
私の輝かしい経歴、実績はこれから作らなきゃなのかと思うと、いやでしかたがない。
もう、三十代だ。つかれてきた。クラスの嫌いな人も気持ちが悪い。一回無理に思えると全部無理なのだ。近寄りたくない。顔も背格好も声も笑い声も、その人の夢も嫌い。重症だ。
関わりたくないな、と思う。
嫌いな人より、好きな人のことを考えよう。
でも、一回しか話したことがない気がする。
この想いは秘めておいて、嫌いな人と関わらなければいけない時に思い出して緩衝材、クッションにしようと思う。
どうか、通信制の高校でも、乗り物恐怖症でも、パニック障害でも受け入れてくれて、私が「好きな人」と結ばれますように。
そう思うと嫌いな人の顔が浮かんできてしつこくて嫌いになる。苦手な人ほど嫌になるくらい「強烈」なのだ。
さあ、幸せの人生の舵をきろう。人は忘れる生き物だから。
お食事会での困り事 明鏡止水 @miuraharuma30
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます