第19話


 「自分」が誰かは知っている。


 そんなこと、いちいち考えるまでもないことだった。


 自分の顔も、体も。


 どれだけ近づこうが、離れようが、私は「私」を知っている。


 変なことは言ってない。


 …多分、そう、きっと。


 ある日突然自分が“自分じゃない誰か”になるなんて、おとぎ話でもあるまいし…



 …え


 …嘘だよね?


 …何かの間違いだよね…?



 …こんなの、あり得ないでしょ…?



 …誰、これ



 …ガラスの向こうにいるのは誰?




 思わず顔を触ってみる。



 ワックスでカチカチの毛先に、薄い唇。


 二重のわりに人相が悪い尖った目つきと、シャープな顎のライン。



 見れば見るほど“異常”だった。


 異常なくらいハッキリしていた。


 何度も瞬きをする。


 何度も息を整える。


 ガラスは曇ってない。


 綺麗に掃除が行き届いてて、ピカピカだ。


 向こうには美味しそうなパンが並んでた。


 ベーカリーのお店の前だったからだ。


 店内の店員やお客さんが、目をまん丸にして私のことを見ていた。


 ヒソヒソと話し合っている人もいれば、変な目で見てくる人もいる。


 口をあんぐりさせている人まで。



 …えっと


 …なん…でしょうか…?



 なにか、変なことでも…?

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