傍聴者

 怒号が飛び交う部屋の中に耳を傾ける。

「やってんな〜。」

そのまま立ち上がり、ぐしゃりとしている地面を花を踏み潰し歩く。

まだ少し雨の降る中、気にせずふわりとした自分の髪を愛しそうに撫でる。

椿の木のそばに座り込みあの子が出てくるのを待つ。私の鍵。


 暫くすると雨がやみ、光が差す。

障子を開けたあの子が下駄を履く音がした。

「そろそろか〜。」

迎えに行くため、腰を上げてゆっくりとあの子に近付く。こちらに気づいたあの子が駆け寄って来る。いい調子だ。

「そんなに焦らなくても。」

そう言うとにこりと笑う。これぞまさに天真爛漫というやつだ。とても可愛らしい。

そんなことを考えていると手を握られる。

「じゃ、行こ」

ゆっくりと歩き出す二人の影がうつる。


 にこにことしながら空いた方の手で花を摘む椿ちゃんを背に目的地へと向かう。

一刻も速く帰りたくなってしまう気持ちを抑え椿ちゃんの手を引く。


 目的地へつき、飛び込む。

花が椿ちゃんの手から滑り落ちる。そんなことはどうでもいいかと視線を前へ向けた。

 川の境界を掻き分け進む。そのたびに椿ちゃんの手からぽろぽろと花が溢れどうしようもない気持ちになった。

 つかの間の花遊び。そんなこと分かっているどうせ帰ったら忘れる。そう自分に言い聞かせる。と椿ちゃんに呼ばれた。手に乗せた小さな侘助の花弁を見せられ、またもやにこりと可愛らしい顔をした。

少し水流を使って遊んでやると喜びに溢れた声が聞こえるやるせない気持ちになっているとぱっと侘助の花弁を水流にいれてしまったあの子の髪が美しくてどうでも良くなってしまった。


 もう間もなく眠ってしまうだろう椿ちゃんは呑気に話しふわふわとわらっている。

やっぱり辞めよう。私はどうしても椿ちゃんが好きだから。帰れなくても、椿ちゃんのために生きたい。

 うとうとしている、椿ちゃんにぼそりと呟く。

「ありがとね。」

目を細め椿ちゃんが好きだと言ってくれた嘘をつくる。

椿ちゃんはにこりと笑った。


 私はせっかく故郷へ帰れる鍵を家の前まで送り届けた。泥の中に落ちている椿ちゃんのリボンを拾い上げようとしたがやめた。

翌年からあの子の家の業績はうなぎ登りになり、怒号が飛び交うことあの子があの部屋から出てくることも無くなった。

 侘助の花をあの子は見つめていた。



 



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有楽ちゃんの水面下 @kasugaihaku

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