第2話 真相

取調室にて、警官は男に言った。


「お兄ちゃん、神経質な店員さんに当たって、災難だったな」


「ホント、最悪ですよ! なんで俺が訴えられるんですか! 悪いのはお釣りを間違えた店員ですよね? 俺は悪くないですよね?」


「実はね、そうもいかないんだよ……」


「え?」


「キミの行動はね、んだ」


「は? 店員がお釣りを間違えて、俺はそれを受け取っただけですよ? それで犯罪になるんですか?」


「キミがしたことはになる」


「これが詐欺罪になるんですか? 俺は騙していません! 店員が一方的に間違えただけです!」


「ああ、防犯カメラを見る限り、キミは普通に買い物をして、お釣りを受け取っただけだ」


「そうですよね! 俺は何もしてません。出されたお釣りをそのまま受け取っただけです」


「だがな、詐欺罪というのは、不作為ふさくいでも成り立つんだ」


不作為ふさくいって何ですか?」


「キミはお釣りを受け取っただけ。つまり、相手を積極的に騙そうとしたわけではない。これが不作為だ。そして、んだよ」


「納得できません……」


「お釣りが多かったことを分かっていたにも関わらず。これが不作為だ。結果として、人を欺いて財物を交付させたことになってしまえば、それが不作為であっても詐欺罪は成立する。まぁ、多かった釣り銭は返していることだし、キミの場合は微罪処分になるだろうね。とりあえず、身分証明書出してもらおうか」


男は、がっくりとうなだれた……


* * *


一方、女性店員の方は、言っていた通り、本当に被害届を提出した。


警察というのは暇ではない。

小さな犯罪をすべて刑事告訴していては、検察も裁判所も回らなくなってしまう。

被害届を受理したからと言って、警察は必ずしも捜査するとは限らない。


この件でも窓口で、


「これ、被害届を出しても微罪処分になると思われますよ。微罪処分っていうのは、逮捕したり裁判したりしないで終わるってことですよ」


と、何度も説得を受けたが、店員は


「それでもいいです!」


と言い張り、被害届を出すことにこだわった。


担当した警察官は、世の中には融通が利かない女性もいるものだと、半ば呆れていた。



しかし、事件は意外な展開を迎える。


* * *


男はつぶやく。


「そうか、あいつだったのか……眼鏡とメイクで騙された……」


そのつぶやきを聞き取った警官は、男に言う。


「騙された、はキミのセリフではないだろ。まぁ、そう言いたくなるキミの気持ちは分からんでもないが」


「ところで、俺は微罪処分で帰してもらえるんですよね?」


「そうはいかない。キミをの容疑で、調べさせてもらうよ」


「え? お釣りの件で、ですか?」


「そんなわけないだろ。で、だよ! まぁ、ひょっとしたら、のかもな」


* * *


女性店員は、お釣りの件で被害届を出しただけではなかった。

もう一件、別件でも被害届を出したのだった。


コンビニ店員が出した、もう一つの被害届、それは「結婚詐欺」の被害届だった。

コンビニ店員は以前、結婚を前提にある男と交際を始めたが、男に急に大金がいると言われ、それを信じてお金を貸してしまった。

男はお金を受け取ると、女の前に姿を現さなくなった。


調べてみると、なんと、男は偽名であったことが判明。

携帯も解約され連絡がつかない。

教えてもらっていた勤務先も、すべて架空のものだった。


騙されたことを知った女性店員は、そもそも相手をうかつに信用して、交際歴も浅いのに大金を貸した自分が悪いと思い、被害届を出さないでいたのだった。


騙されたと自分で認めるのは、悔しいものなのだ。

他人を信用して大金を騙し取られた馬鹿な女……


周りからそのように思われるのが嫌で、泣き寝入りをしていたのだった。


高い勉強料だと思って忘れようと思っていた矢先、自分がバイトしているコンビニに、客としてその男がよく来ていることに気がついた。


女性店員は、かつての失敗に懲りて、人生をやり直そうとイメチェンを図っていたため、男はそのコンビニ店員が自分が騙した相手だとは気づかなかったようだ。

そもそも、コンビニで買い物する際に、店員の顔をいちいち覚える人はあまりいないだろう。


女性店員は、店長や他のバイト仲間に、自分が結婚詐欺にあったことを打ち明けた。

その詐欺師が、客としてよく来ていることも話した。

コンビニの店長や店員は、結婚詐欺師の逮捕にみんなで協力することにし、ある作戦を練った。

あの詐欺師を取り押さえ、本当の名前や住所などを聞き出して、警察に突き出すのだ。


あの結婚詐欺師が、客としてくる時間帯はいつも決まっていた。

そして、買い物の履歴が残るのを恐れているのか、男はクレカや電子マネーを使わず、いつも現金で買い物をしていた。

それを逆手に取るのだ。


その時間帯、レジの五千円札のトレイに、ひそかに一万円札を入れておく。

その詐欺師が買い物をしたら、わざと多くお釣りを渡す。

そして、店を出た瞬間にみんなで取り押さえる。

お釣りの詐欺罪で警察に通報し、被害届を出すと言い張り、相手の本名を警察に調べさせる。

その後、本件である結婚詐欺の方の被害届も出す、というわけだ。



警察は、結婚詐欺の方で捜査を開始し、被害女性たちから証言や証拠を収集。

男は、詐欺罪で逮捕され、送検された。



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刑法第246条【詐欺罪】

人を欺いて財物を交付させた者は、10年以下の懲役に処する。

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< 了 >


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