おつりを多くもらってしまった……
神楽堂
第1話 おつり
「お客様、お待ち下さい!」
買い物を終えてコンビニを出ようとする男を、女性店員が呼び止める。
男は、何事だろうか? といった表情で振り向いた。
「お客様、お釣りを多くもらっていますよね?」
「え? 何ですか、急に」
「ですから、お客様、お釣りを多くもらっていますよね? 確かめていただけますか?」
「もう財布に入れちゃったし、多かったかどうか、分からんよ」
「では、返していただけないのですね?」
「いや、本当に多くもらったのかどうか分からんから……」
「店長! 警察に電話してください!」
「は? 警察?」
店長は警察に通報。
他のバイトスタッフも集まってきて、男を取り囲んだ。
店内にいた客たちは、ひそひそとささやき合う。
「なにあれ? 万引きでもしたんじゃない?」
男は動揺して言った。
「ちょ、ちょっと、なんで警察呼ぶんだよ。お釣りを間違えたのはあんたの方じゃないか」
「では、お釣りを多く受け取ったことを、お認めになるのですね?」
男は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
* * *
警察への通報を終えた店長がやってきて、男に告げた。
「お釣りの受け渡しは防犯カメラに写っています。確認したところ、五千円札を渡すところを、うちの店員、一万円札を渡していました」
「じゃあ、おたくのミスってことだな。あのさ、普通、一万円札はお釣りとしては使わないから、レジの奥の方に入れるだろ? 間違って渡すなんてこと、あるのかよ? おたくの店員教育、なってないんじゃないの?」
「ご指摘は甘んじて受けます。恐れ入りますが、お客様、お財布の中を見せていただけますか?」
店長に要求され、男は渋々、財布を開いて見せた。
1万円札の隣に、千円札が4枚入っている。
女性店員は言った。
「私はお釣りとして五千円札1枚と千円札4枚、そして小銭をお渡ししました。どうして、財布に五千円札がないのですか?」
男は観念したようだった。
「ああ、そうだよ。確かに五千円多くもらっていたよ。返せばいいんだろ?」
男は、一万円札を差し出し、五千円札と取り替えた。
「じゃあ、次から気をつけろよ!」
そう言って男は帰ろうとするが、店員たちは男を取り囲む。
「そうはいきません」
「は?」
* * *
パトカーが到着し、2名の制服警察官が降りてきた。
「どうされましたか?」
「はい。このお客さん、お釣りを多く受け取ったのに、知らんぷりしてそのまま持ち帰ろうとしたんです」
警官は、男の方からも事情を聞く。
「店員さんはこう言っているけど、どうなの?」
「いや、知らなかったんです。多かった分はもう返しました」
すると、女性店員は声を荒らげて言った。
「知らなかったはずありません! お釣りを受け取った時、明らかに表情が変わりました。知ってて黙ってたんです!」
「だから、返しただろ!」
「許しません! あなたを訴えます!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ……間違えたお釣りは返した。それにだ、お釣りを間違えたのはどっちだ? 店員であるお前の方だろ! なんで俺が訴えられるんだよ?」
警官たちは顔を見合わせ、困惑の表情を浮かべていた。
コンビニからの通報といえば、万引きや強盗などがありがちだが、まさか、お釣りのトラブルで警察が呼ばれるとは……
しかも、お客さんは多すぎたお釣りを、すでに返したというのに……
警官は本署に無線で連絡する。
「機捜13現着。○○コンビニ△△店、店員と客とのお釣りのトラブル……」
女性店員の方は、被害届を出します! と息巻いている。
男もムキになって言い返す。
「いいか、お釣りを間違えたのはお前の方だ! 俺は受け取っただけだ! 間違えて多く渡すお前の方が悪いだろ!」
警官は男に尋ねる。
「お釣りを多く受け取った自覚はありましたか?」
「え、いや、その……」
自覚はあった、とは答えにくいのだろう。
お釣りのネコババを認めることになるからだ。
店長は言った。
「防犯カメラを見てもらえますか?」
「じゃあ、奥に行きますか。ここでは他のお客さんの迷惑にもなりますし」
一同はバックヤードに入り、映像を確認した。
* * *
店員は、釣り銭を確かに五千円札のトレイから出していたのだが……
よくよく見ると、それは一万円札だった。
つまり、一万円札が間違って、五千円札のトレイに入っていたのだろう。
次に、釣り銭を受け取る男の表情に注目した。
確かに、動揺が見られた。
多く釣り銭をもらえてラッキー!
そんな表情であることは、誰の目にも明らかであった。
「なるほど……」
釣り銭を多く受け取ったことを自覚していながら、黙って受け取っていたことが、これで明らかとなった。
男は言った。
「お釣りは返したから、それでいいだろ。警察呼ぶ話じゃないだろ!」
「いいえ! 私は被害届を出します! 刑事告訴します!」
警察としては、店員が被害届を出すと言い張っている以上、手続きをしないといけない。
被害届を出すのは、国民の権利だからだ。
警官は無線でもう一台、パトカーを呼んだ。
そして、男と女性店員とを、それぞれ別のパトカーに乗せて、本署へと向かった。
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