第16話 黄泉という少女
「少し俺の仕事を手伝ってくれるだけでいい。その代わり仕事が終わったら下の町まで連れて行こう」
「優しいのですね。私では足手纏にしかならないのにそんなふうに言ってくださって」
「買いかぶり過ぎだぜ。俺は君を利用しようとしている悪い大人さ」
聡い子だ。俺の浅はかな気遣いなどお見通しのようだ。
子供では生きづらさを感じることもあるだろうな。
「少し考えさせてください」
黄泉は目を瞑った。
まるで精巧な人形のように外界に反応しなくなった。己の内面深く思考を巡らせているのだろう。
レディーを急かすものじゃない、焦らされてこそナイスガイ。
俺は遠くからの鳥の囀りと頬を愛撫する風を堪能していると、悠久の時なのか僅かの時が過ぎたのか黄泉は目を開き口を開いた。
「私に情けを掛けるというなら教えなさい。我らの神聖な行いに乱入してきた者達は何者です」
纏った空気が変わった。まるで上の者と話しているかのように肌がひりつく。
何処か達観していた少女の目に暗い情念が滾っているのを感じた。
復讐か。
ここで俺が教えることで復讐に手を貸すことになるが俺が教えなくても、この少女ならいずれ奴らに辿り着くだろうと自然に思わせる。
先程までの庇護欲を掻き立てる少女はもういない。
俺は眼の前の十歳前後の少女を対等の相手だと認識を改めた。
認識を改め色眼鏡を取れば、内から溢れる陰の気が少女を美しく照らしているようであり、妖しい魅力を感じる。
「教えてもいいが、代わりと言っては何だが君のことも教えてくれ。
ギブアンドテイクだ」
根の国なんぞどうでもいいほど俺はこの少女自体に興味を抱いた。
「我等のこと?
葦原の姫の従者ならとっくに知っているでしょう」
黄泉は俺を睥睨しそれが様になっている。
言葉こそ丁寧だが圧を感じる。この歳の少女が出せる貫禄じゃない。上位の者と離していかのよう。巫女の名と通り神が降りてきたとでも言うのか? いや、あの瞑想。トランス状態に入って内に眠る自分を呼び起こしたと思ったほうが理に適っている。
「君はなぜ根の国にいる。血筋なのか?」
「私のことですか」
「その年で人生に絶望するには早いだろ」
根の国において高位の者のようだがこの子もあおいのように生まれながらに運命を背負わされた者なのだろうか?
「絶望に年は関係ないですよ。
私はそんな高貴な血筋では無いです」
「それこそ筋が通らない。普通の子供が根の国と接点なんて無いだろ」
美術品の保険調査員をやったり美術品の奪還をしたり自分で言うのは何だが裏に関わり結構冒険している俺でさえ今日初めて葦原の国と根の国の実在を知った。
「父の経営している会社が母の裏切りにあって倒産し、父は莫大な借金を背負わされた。父は保険金を掛けられ海の底、私は東南アジアの富豪におもちゃとして売られる寸前のところを助けてくれたのが根の国の者でした。
何でも私には黄泉の巫女に成れる才能があるからとか。それ以来父は黄泉の救済を夢見て根の国の為に働き、幼い私はそんな父の力に成りたかった」
ならこの神のような別人格は根の国のものが洗脳か何かで植え付けたものだと言うのか。この少女にはそれを受け付ける素地があった。
そう考えると一つの疑問が浮かぶ。
「マッチポンプの可能性は?」
「汚濁に生きる人の発想ですね。運命に人為的な手は加えません。それは神聖なる根の国を穢すことになります」
「侮辱するようなことを言って済まなかった」
俺は直ぐさま素直に頭を下げて謝った、黄泉の逆鱗に触れたと直感したからだ。事実はどうなのかわからないが、ここで謝らなければこの少女と分かり合えることは二度と出来ないことは確かだった。
「次はないですよ。
ですが分からなくもないです。根の国なんてお前達から見れば悍ましいもの映るのでしょう。ですが救われる者も居るということを知ってください。
死とは誰もが逃れられない運命で、誰もが最後は死に包まれるのです」
死という悍ましいことを語っている筈なのに、微笑し語る黄泉には甘美な匂いが漂っていた。
死にはたしかに人を惹きつけるある種の美があることは認める。古来より多くの者が死の美学に惹かれ殉じていった。
だが俺はその美だけは認めない。死が救済であるなら現世に生きる俺達が悲しすぎる。
必ずある。生まれてきた意味を知る神へと至る美。
俺はそれを見付けてみせる。
「君ともっと語り合いたいが、日が暮れてしまいそうだ。続きは道すがら話そう」
この少女への興味は高まるばかりだが、今優先すべきはあおいの救出である。
「分かりました。あなたを信じて協力します」
「ありがとう」
俺と黄泉はエアバイクに乗り込むのであった。
御簾神を開ける 御簾神 ガクル @kotonagare
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