第15話 簡単な答え
俺が双眼鏡で見る先には山陰に隠れるように漆黒の巨大飛行船が停留していた。
ステルス飛行船だ。静かに進むステルス飛行船は目視以外でその姿を捕らえることは出来ない。だが逆に言えば目には見える。こんな巨大な漆黒の飛行船が飛んでいれば嫌でも目に付く。幾ら過疎化地域とはいえ目撃者が居ないと言うことは有り得ない。仮に夜間を選んで進んで来たとしても限界がある。こんな山間部までどうやって侵入してきた。警察や自衛隊の中に目撃情報を握り潰せる協力者がいなければ不可能だ。この件が終わったら徹底的に調査してやる。
「うっうっ」
木の寄り掛かからせて寝かしておいたおかっぱの少女がうっすらと瞼を開け出す。俺は双眼鏡を一旦置いて少女にスマイルで話し掛ける。
「気が付いたかい?」
「嫌っ、私をどうするつもり」
少女は身を守るように掛けられていた毛布を引き寄せながら俺に問い掛けてくる。
その反応にナイスガイはちょっとショック。結構ハンサムでフレンドリーな顔で話し掛けたつもりだったんだが、努力が足りなかったか。いや、あんな死体に埋もれていた状況から考えて、目覚めて見知らぬ男がいたら警戒されても仕方ないか。うんしょうがない。
「何もする気はない。あそこに放っておく訳にもいかなかったら連れて来ただけだ」
俺は少女の警戒心を解く為に両手を上げながらしゃべる。
「パパ達は?」
少女は捨てられた子犬のような顔で俺に聞く。
パパ達ってあの死体になって転がっていた山伏達のことなんだろうな。
どうする?
ここで誤魔化すことは出来る。少女が受けるショックを考えればもっと安全な町に戻ってから伝えるべきだな。そして残念だがこんな男振りがいいナイスガイより、女性から伝えた方がショックも少ないだろう。
「助かったのは私だけなんですね」
「!」
少女は俺の一瞬の逡巡を見抜いたかのように言う。
ただの大人しい少女かと思っていたが、今の一瞬だけはなにか神秘的なカリスマのようなものを感じた。
根の国の者達、あの山伏達は姫さんを襲った根の国の仲間だよな、がこんな山まで連れて来た意味はありそうだな。
この娘は根の国の連中にとってなんなんだ?
だが今はその疑問は脇に置こう。目の前の彼女は父親を失った少女でもある。
「正直に言おう。君以外助かった者はいない。それと悪いが弔っている暇はなかった。それに関しては済まなかった」
俺は死者を放り出してきたことを頭を下げて謝る。生者優先とはいえ身内にとっては野晒しにされるのは耐えられないだろう。
「気にしないで下さい。
野晒しで自然に返るのは本望です。根の国の者として父も火葬されるより喜ぶでしょう」
少女は気が付いて真っ先に父親のことを尋ねてきたんだ。悲しいに決まっている。辛いに決まっている。俺に八つ当たりしたって罰は当たらない。なのに少女は取り乱すことが許されないとばかりに努めて平静に言う。
これが彼女に期待された役割なのか?
亡き父の期待に応えようとする健気な姿にナイスガイは心打たれた。姫さんも大事だがこの娘にも出来るだけしてやろう。
「俺は保険の調査員をしている、御簾神 カイ。
良ければ君の名前を教えて貰えないか?」
俺の本当の天命とも言える職業は美の探求者、保険の調査員は仮の仕事で糊口を凌ぎ旅をする資金集めにしている仕事に過ぎない。
だがまあ今そんなことをこの少女に言っても胡散臭がられるだけだからな。こう見えて俺だって馬鹿じゃない。ナイスガイは空気を読むしTPOも弁える。
「黄泉」
本名か? 気にはなるが信頼関係が構築されてない状況では聞いても教えてくれないだろう。
「それじゃあ黄泉さん。
おほほしという奴は同じ根の国の仲間なんだろ。何とか連絡を取ることは出来ない?」
この娘を死を崇拝する連中に返していいのかという疑問はあるが、それでも無碍にはしないだろう。俺はこれから姫さんを奪還するためゲッタールと戦う。あの連中は人の命なんて何とも思っていない。この場は保護者がいるのなら保護者に引き渡すのが一番だ。
「無理です」
「仲間じゃないのか?」
「彼は根の国の中の急進派で父達穏健派と対立していました。私達は彼等を止めるためにここに来ました。今の私の状況を知れば助けてくれるでしょうが連絡する手段はありません」
根の国も死者の国という割には生者の国と変わらないな。
「そうか。他に君の知り合いはいないのか?」
「貴方の話からこの山に私と一緒に来た者達は皆黄泉の救済を得たようです」
この少女はこの山に孤立無援と来たか。俺以外助ける者は居ない。だがこの少女を麓の町に送り届けている間あの飛行船があそこを動かない保証は無い。もし見失ったら、ステルス飛行船だけに見付けるのは困難でありイコールあおいを見捨てることになる。
ゲッタールのビセンがどんな男か俺はよく知っている。地上最低のクソ野郎だ。あんな奴が美について語るなど美が穢れる。
だがこんな幼い少女を熊や山犬が徘徊してそうな山奥に一人残していくわけにもいかない。
どうする? ナイスガイなら少女を二人とも助けるアイデアくらい思い付け。
「何を迷っているのですか?
あなたは葦原の姫の従者なのですから、私に構わず葦原の姫を助けに行って下さい」
「君は言っている意味が分かっているのか?」
さも当然のように自分を切り捨てる黄泉に俺は驚く。この年でここまで達観しているというのか、それとも亡き父の後を追いたいのか。
「あなたは私を一度助けてくれているではないですか。私はそれで十分です」
黄泉は子供を送り出す母親のように優しく微笑みながら言う。
この娘は諦めているわけじゃない純粋に恩人で有る俺のことを思っている。
健気だ。
そんな顔を見せられてナイスガイが置いていけるわけがない。
俺は誰だ。美を守り悪を打つナイスガイ。
そのナイスガイが何をヘタレた事を考えていたんだ。
年端も行かぬ黄泉の方がよっぽど覚悟を決めている。
バチッ
急に気合いれで頬を叩く俺に黄泉はちょっと驚く。
もうナイスガイは日和らないぜ。
俺は黄泉に提案する。
「黄泉、俺を信じて付いてきてくれないか」
簡単なこと悪党共から俺が二人を守ればいいだけの事よ。
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