第14話 ゲッタール

 俺は嫌な予感に駆られ山の稜線沿いの道を急いでいた。この俺が山間の美しい風景を愛でる余裕も無い。余裕も無いが代わりに神経は刃の如く研ぎ澄ましていた。その耳がローター音を捕らえ、さっと姿を晒す稜線の道から岩陰に身を隠す。隠してからそっと音を捉えた方を見る。

「あれは」

 エアバイクから吊り下げられ連行されるあおいが見えた。そして視線を上げればエアバイクにはビセンがいた。

 嫌な予感が当たった。ビセンは国際シンジゲート「ゲッタール」の幹部の一人だ。まさか彼奴がここに来ているとは。最悪の休暇になった。


 社会的に成功をし金はあっても合法的には手に入れられないものがこの世にはある。普通の人間なら其処で諦めるが諦めない人間もいる。そういった者達が資金を出して結成したのが「ゲッタール」である。ゲッタールは遙か昔の美しき神代の時代のように欲望に忠実に生きることこそ人間本来の生き方であると標榜し実践している碌でも無い犯罪組織だ。

 平たく言うと欲しいものは手に入れろだ。

 彼等は道徳や法に縛られて躊躇はしない。どんな手段を使っても欲しいものを手に入れる。奴らとは美術品を巡って幾度となく対決してきた。

 クソ野郎共のゲッタールにおいても際だってやばいのがビセン。彼は美術品で無くその美術品を生み出す人間こそ神が生み出した至高の芸術だと信じている。故に彼は芸術品で無く人間そのものを欲しがる。普通なら許されないことだが奴は躊躇わない。借金漬けにするのは可愛い方で、家族を人質にしたり直接誘拐をするなど一切の手段を選ばない。そして手に入れた人間の美しさを永遠にすることにも一切の手段を選ばない。その手段は口にするのも憚れる。

 あおいはそのビセンが狙うほどの獲物だというのか。確かに彼女の舞には俺も心を奪われた。そして古来の一族の姫。なるほどビセンが好みそうだ。

 俺にとっては最悪の休暇になったが、あおいにとっては最悪の日にはさせない。俺に出会ったことを心から感謝する最高の日にしてやる。


 エアバイクはあおいを山の向こうに連行していく。流石の俺も山の中を走って空を飛ぶエアバイクには追いつけない。直ぐに殺されることは無いだろうが、早く助けないと殺される以上の恥辱を味わうことになる。

 一か八かだ。

 俺はエアバイクが向かった先で無く来た方へ向かうのであった。


 ゲッタールの残った者達は山伏達の死体を片付けようとしていた。

「どうする穴でも掘って埋めるか」

「そんなかったるいことしてられるか。この崖下に放り捨てようぜ」

「雑すぎないか。あまり雑だとビセン様に叱られるぞ」

「こんな誰も来ないような山なら大丈夫だろ。見付かった頃には動物に食われて白骨体になってる。万が一にも俺達に辿られることは無い」

「それも、そうだな」

 二人は意見が一致したところで死体の片付けを始めた。二人で山伏の両手と両足を持って持ち上げる。

「ん?」

 持ち上げた山伏の下に黄泉がいた。

「まさか」

 二人して死体を放り投げると黄泉に近付く。

「おい。この女生きているぜ」

「なんだって」

 咄嗟に山伏の一人が被さって黄泉は銃弾から護られていたようだ。

「どうする?」

「どうするって決まってるだろ」

 下脾た笑顔で見つめ合った二人は答えは決まっているとばかりだ。

「だが待てよ。可愛い顔しているな。手を出したらビセン様に叱られないか?」

 彼等が気にするのはそのくらい。黄泉がまだ幼い少女だということは一切気にしない。彼等もまたゲッタールなのである。

「ここに放って置いたということは大丈夫だろ。それより欲しいものは手に入れろだろ」

「そうだな。

 じゃんけんぽい」

「やったーー。役得」

 勝った男は早速ズボンを脱ぐと黄泉の股を開いて間に割り込んでいく。

 俺はそれを待って岩陰から飛び出した。

 気配を殺し矢の影の如く一直線に迫っていく。だが流石に昼間の開けた場所では限界がある。

「なんだテメエ」

 ズボンを下ろしてない方がアサルトライフルの銃口を向けた瞬間先程手に入れたハンドガンで先に撃つ。

 無手無限流は変幻自在水の如く囚われない。銃のような近代兵器だろうが使いこなす。

「ぐはっ」

 防弾チョッキを着ているようだが衝撃は如何ともし難い。撃たれた衝撃で仰け反る。その隙に更に迫り間合いに入り込むと同時にズボンを上げるのに手間取っていた方の股ぐらを容赦なく蹴り上げる。

「ぐあっ」

 嫌な感触と思いつつも、まずは一人。

「この野郎」

 撃たれた衝撃から立ち直った一人が再度銃口を此方に向けようとするが、この間合いでは銃より徒手空拳の方が早い。引き金を引くより早く喉元に手刀を剔り込む。

「ぐほっ」

 吐血して倒れ込む。

 これで二人倒した。

 賭に勝ったようだな。あおいがただでやれるような可愛い少女の訳が無い。女豹のような少女だからな散々暴れただろう。それの事後処理をしている部隊がいると読んで来たんだが、まさか山伏達まで絡んでいたとは予想外だった。

 まあいい。ここまでは予想外でもそれほどでもない。

「うっうううううう」

 問題は、予想外すぎるこの娘をどうするか?

 状況的に山伏達の仲間だろうがこんな幼い子を死体の中に置いていくのもな~。

 俺は頭を搔きながら考える。

 悪党共は俺が退治したが、人間がいなくとも動物に襲われる可能性がある。特にこの山は野犬や熊も出る。

「仕方ないか」

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