オムライスをもう一度

神楽堂

オムライスをもう一度

「卵を買ってくる!」


彼はそう叫んで、私の部屋から出ていった。

今日は私の誕生日。

私のために、彼は得意料理のオムライスを作ってくれるという。


けれど、私の部屋の冷蔵庫には卵が入っていなかった。

それで、彼は買いに行ったというわけ。


いつまでも帰ってこない彼のことを心配していたら、とんでもない連絡が入ってきた。


彼は交通事故に遭っていた。

現場には、割れた卵が散らばっていたらしい。


私は病院に駆けつけた。

彼は意識不明の重体だった。

私の誕生日を祝おうとしたために、彼はこんな目に遭ってしまった……

私は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

彼の家族にも顔向けできない。



それでも、私は毎日、病室に通い続けた。

彼は、いつまで待っても目を覚まさなかった。

頭を強く打っていたのだった。

このままずっと、目を覚まさなかったらどうしよう……

悔やんでも悔やみきれない。

こうして、目を覚まさない彼の病室に通う日々が半年以上も続いた。

もはや、回復は見込めないのかも知れない。


それでも、私は一縷の望みにかけていた。


* * *


ついに、彼は意識を取り戻した。


私も彼の家族も大喜びだ。

しかし、手放しで喜ぶわけにはいかなかった。


彼は記憶があいまいになっていた。

自分がどうして事故に遭ったのか、思い出せないという。

私は、事故のことを教えようとした。


(私の誕生日を祝うために買い物に行って、はねられたのよ)


そう告げようか迷った。

しかし、私は言えなかった。


私は卑怯者だった。


私のせいで、彼はこんな状態になり、そして、記憶もあいまいになってしまった。

主治医も彼の家族も、嫌な記憶は無理に思い出させることもないだろうということで、この話題には触れなくなった。


彼も、事故のことを尋ねてくることはなくなった。


やがて、彼は退院し、少しずつ日常を取り戻していった。

退院後も、私は彼と何度も会った。


彼は、いろいろな記憶が欠落しており、そのことで自信をなくすことが多くなった。

私は申し訳なさで潰れそうだった。

すべて、私が悪い……

しかし、彼は私に優しくしてくれた。

私のことを好きだという記憶は、消えていなかったのだ。


* * *


彼の体調はどんどん回復していった。

彼は、私の部屋にも遊びに来るようになった。


事故から、ちょうど一年が経とうとしていたある日、

彼は突然叫んだ。


「キミの誕生日をお祝いしなくちゃ!」


彼は、私の部屋から飛び出そうとする。


「待って! 行かないで!」



私は慌てて追いかけて、彼の腕をつかんだ。

驚く彼。


「なんで、そんなに強くつかむんだ?」


「……だって、あなたがまた……」


「また?」


「……」


また、交通事故に遭うのではないか。

私はそれが心配だった。

そんな心配をしていることは、当然、彼に通じるはずもない。

彼は、満面の笑みを浮かべてこういった。


「俺はキミの誕生日を覚えていたんだ! いろんな記憶が消えていったけど、これは覚えていたんだ! それがすごく嬉しくてさ!」


彼は、こんな私の誕生日を覚えていてくれた。

私の目頭は熱くなった。


「俺、どうしてもキミに手料理を振る舞いたい! そんな気持ちが、なぜだかあふれ出てくるんだ」


「……私、あなたがこれから作ってくれる料理が何か、知っているよ」


「え? なんで?」


「じゃあ、せーので言おうか」


「うん」


「「せーの!」」


「「オムライス!」」


私たちは顔を見合わせて笑った。


「急に飛び出しちゃダメよ。買い物に行く前には、ちゃんと冷蔵庫の中を確認してね」


「うん」


彼は、私の部屋の冷蔵庫を開け、そして、驚いていた。


「……こんなに……」


「あなたがね、急に買いに行かなくていいように、先に買っておいたの! たまご!」


「俺、意識が戻ってからも、何かをしなくちゃ……って思いにずっととらわれていたんだ。今日、それが分かったよ。俺はキミにオムライスを作る! それを今、はっきりと思い出せた!」


「……ごめんね……」


「すべてを思い出したよ! 俺は卵を買いに行って、それで車にはねられたんだ……」


「そう……私のせいで……」


「そんなことないよ。俺が浮かれていたのが原因さ。今だって、冷蔵庫の中を確かめないで飛び出そうとしたし……」


「今まで黙っていて……ごめんなさい……」


「いや、これでよかったんだよ。こうやって、自分の力で記憶を取り戻せたし……なんだか、自信がついてきた!」


「こんな私のこと、嫌いになったでしょ……」


「そんなことないよ! 俺、今まで記憶があいまいだったけど、やっと俺の生きる目的を思い出せた。俺はキミを幸せにする。それが俺の生きる目的!」


「ありがとう……」


私は泣き崩れた。



「よ~し! じゃあ、俺様特製の、とびきり上等のオムライスを作るぞ~!」



彼が作ってくれたオムライスは、今までの人生で一番おいしいオムライスだった。


彼は言った。


「お誕生日おめでとう! そして、今日は俺にとっても、新しい自分が誕生した日になったよ」


「ありがとう! 来年の誕生日も、オムライスを作ってくれたら嬉しいなぁ。卵は私がちゃんと買っておくからね!」


「ああ、任せろ! 何があっても、俺はきっと忘れない!」




< 了 >



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