薬の魔女とあかい林檎

楠 結衣

第1話

 

 桜色に染まる小さな山のてっぺんには薬の魔女と黒猫が住んでいます。

 魔女は、山のてっぺんから湧き出るきれいな水で薬草を育てています。春先のやわらかな薬草は苦味も少なくて飲み薬を作るのにぴったりです。

 いくつもの薬草の若芽の穂先を丁寧に摘みとり大鍋でやさしくかきまぜて作る魔女の薬は、お鼻のむずむずにとてもよく効くと評判です。


 今日は山のふもとの村から薬屋さんがくる日です。

 黒猫がにゃあにゃあとそわそわしている魔女を呼びました。


「こんにちは、魔女さん。すっかり春だね」

「いらっしゃい。ええ、桜がとってもきれいよね。今日の薬はこれでいいかしら?」


 村の薬屋さんは魔女のお得意さまです。

 黒猫も薬屋さんによっていって喉をごろごろ鳴らします。

 魔女は飲み薬の入ったたくさんの瓶を並べて渡します。

 紅梅や菜の花色や空色、それに若葉色にきらきら光る飲み薬の液体は、とてもきれいな宝石のようです。


「うん、ありがとう」

「どういたしまして――今日のおやつは苺たっぷりのゼリーを作っていますよ」

「それは僕の大好物だなあ」

「うふふ、一緒に食べましょう」


 魔女はつやつやな赤色に染まったいちごをたっぷり使った苺ゼリーを用意して薬屋さんを待っていました。

 ふたりはにこにこ苺ゼリーを掬いながら春にあった出来事を口にするのです。

 おやつをゆっくり食べた薬屋さんは小さな山のてっぺんをおりて村へ戻って行きました。



 若草色に染まる小さな山のてっぺんには薬の魔女と黒猫がのんびりと過ごしています。

 魔女は、山のてっぺんの涼しい場所にしか生えない薬草を育てています。初夏の生命力溢れる薬草は香りがすっきりしていて塗り薬を作るのにぴったりです。

 いくつもの薬草を根本からしっかり摘むとひんやりする湧き水に浸して練りあわせて作る魔女の薬は、かゆみにとてもよく効くと評判です。


 今日は山のふもとの村から薬を取りにくる日です。

 黒猫がにゃあにゃあとわくわくしている魔女を呼びました。


「こんにちは、魔女さん。すっかり夏だね」

「いらっしゃい。ええ、草花がとっても元気なのよ。今日の薬はこれでいいかしら?」


 村の薬屋さんは魔女のお得意さまです。

 黒猫も薬屋さんにおでこをこすりつけて甘えます。

 魔女は塗り薬の入った小さな容器を積み上げて渡します。

 薔薇色や向日葵色や瑠璃色、それに若緑色の鮮やかな色の塗り薬は、見つけたばかりの鉱物のようです。


「うん、ありがとう」

「どういたしまして――今日のおやつは山桃シロップ作っていますよ」

「それは僕の大好物だなあ」

「うふふ、それなら一緒に飲みましょう」


 魔女は誘うような赤色に色づいた山桃をシロップ漬けにしたものを用意して薬屋さんを待っていました。

 ふたりはほほえみあって山桃シロップと天然の炭酸水で作った山桃サイダーがぱちぱち口の中で次々とはじけるのを楽しみながら夏にあったことを次々と話すのです。

 魔女の家で三日間ゆっくり過ごした薬屋さんは小さな山のてっぺんをくだって村へ戻って行きました。



 茜色に染まる小さな山のてっぺんには薬の魔女と黒猫が落ち葉をながめて過ごしています。

 魔女は、山のてっぺんに流れるきれいな空気で薬草を育てています。秋に咲いた薬草の花は乾燥しやすいので粉薬を作るのにぴったりです。

 いくつもの薬草の花を籠いっぱいになるまで集めて秋風とお月さまの光で作る魔女の薬は、こほんこほん止まらない咳にとてもよく効くと評判です。


 今日は山のふもとの村から薬を取りにくる日です。

 黒猫がにゃあにゃあとうきうきしている魔女を呼びました。


「こんにちは、魔女さん。すっかり秋だね」

「いらっしゃい。ええ、山のてっぺんから見るお月さまがとてもすてきなのよ。今日の薬はこれでいいかしら?」


 村の薬屋さんは魔女のお得意さまです。

 黒猫も薬屋さんの足をふみふみして撫でてもらうのをせがみます。

 魔女は粉薬のたっぷり詰まった大きな瓶を重たそうに渡します。

 橙や蜜柑色や山吹色、それに黄金色にきらめく粉薬は、とても魅力的な砂金のようです。


「うん、ありがとう」

「どういたしまして――今日のおやつは林檎パイを作っていますよ」

「それは僕の大好物だなあ」

「うふふ、それなら一緒に食べましょう」


 魔女はあかく実った林檎をたっぷり使って果汁がじゅわりと溢れる林檎パイを用意して薬屋さんを待っていました。

 ふたりは見つめあって林檎パイに添えたつめたいバニラアイスが溶けだすのも構わずに秋にあったことをささやきあうのです。

 魔女の住まいで一週間まったりすごした薬屋さんは、小さな山のてっぺんをおりて村へ戻って行きました。



 枯草色に染まる小さな山のてっぺんには薬の魔女と黒猫が寄り添うように暮らしています。

 魔女は、山のてっぺんを照らすお日さまで薬草を育てています。木枯らしの寒さに負けない薬草はシロップ薬を作るのにぴったりです。

 大切に育てていた薬草をすべて刈り取りシロップでとろりと煮詰めて作る魔女の薬は、冬の流行り風邪にとてもよく効くと評判です。


 今日は山のふもとの村から薬を取りにくる日です。

 黒猫がにゃあにゃあとどきどきしている魔女を呼びました。


「こんにちは、魔女さん。すっかり冬だね」

「いらっしゃい。ええ、とうとう初雪が降ったわね。今日の薬はこれでいいかしら?」


 村の薬屋さんは魔女のお得意さまです。

 黒猫も薬屋さんに抱っこしてもらって満足そうにしています。

 魔女はシロップ薬がゆらりと揺れる瓶を箱にいっぱい詰めて渡します。

 赤や橙や黄色や緑色、それに青や藍や紫色にゆらめくシロップは雨上がりにかがやく虹のようです。


「うん、ありがとう」

「どういたしまして――今日のおやつはなにも用意してないの」

「それなら僕の奥さん、すぐに家に帰ろう」

「うふふ、もちろんよろこんで」


 魔女はなんにも用意しないで薬屋さんを待っていました。

 魔女のお店に来たばかりの薬屋さんは魔女の家に鍵をかけると、奥さんの魔女、それに黒猫といっしょに、雪のちらつく小さな山のてっぺんをくだって村にある夫婦の家へ帰っていきました。


 これから雪解けの春まで、二人と一匹は、赤い炎がやさしくはぜる暖炉の前であたたかな冬を過ごすのです。



 薬の魔女は、春までお休みです。




 おしまい

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薬の魔女とあかい林檎 楠 結衣 @Kusunoki0621

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