共同生活の始まり

 翌日から幸仁さんとの共同生活が始まりましたが、その初日から驚かされました。狭い一本道を塞ぐように大八車で幸仁さんの荷物が運ばれたのです。

 大八車を引っ張ってきたにじりハチマキを頭に巻いた益荒男な人夫が屋敷の敷居を跨ぐなり、怖じ怖じとそのガタイに見合わない仕草をしていました。


「旦那、大丈夫なんですかい。この屋敷幽霊が出るって噂ですよね。こんな洋物のもの運んで祟りでも起きないですかい」

「問題ない、幽霊はいない。大の男が怖気ずくな」

「へへ、あっしこんなでかい体してるんすが。カミさんと幽霊だけはだめでして」


 ということは、私は表に出ない方がいいですね。大八車の荷物が屋敷の中にどんどん運び込まれていく、タンスなどの大きなものはありませんでしたが、まだ都市にしか普及していない石油ランプなど欧米渡来の家具が多く運び込まれて、興味深々です。さすが草薙家、財力がある。


「旦那、この衣装はどこに入れときます?」

「それは後で入れるから、置いてくれ」


 次々に床に置かれる荷物。そのままタンスに直接入れても構いませんのに、もしかして幸仁さん用に分けておきたいのでしょうか。だとしたら、どこに置いておくか荷物とかの相談をしないといけないと。でも今幸仁さんは、運搬屋さんといるからでていけないし。

 そうだ衣笠さんに聞いた方がいいかもしれない。と、ちょうど衣笠さんが大広間から出てきたので、すぃーっと彼の前に躍り出ます。


「ひえっ、家永さん」

「幸仁さんのお荷物分ける必要とかありますか。荷物が多いのでしたら、大広間の荷物移動させておきますが」

「あ、ああ荷物ですか。そこまで多くないですしそこまで必要はないかと」

「ですが、大八車で運ばれてきたのでしたし」

「あれは見栄で大荷物に見せかけただけで、坊ちゃまが愛用していたものしかございませんから」


 幸仁さんの荷物だけ? 身の回りの物だけ運んできたということでしょうか。そういえば、幸仁さんがなぜこの屋敷にお住まいになるのか聞いておりませんでした。そういえば、男爵の椅子を外されたと仰いっていましたが、それでなぜわざわざこの屋敷をお買いになったのでしょうか。私のせいで二束三文でも売りに出ないと言われておりましたのに。


「では衣笠さんのお荷物はどちらに」

「私はただの下男ですからこの服一丁だけです」


 衣笠さんの服は、あちこち継ぎ接ぎだらけで柿色の木綿で目立たなかったですがシミだらけ。物持ちがよいのはいいことですが、もったいないが過ぎます。


「少々お待ちを」


 天井をすり抜けて、二階に上がりつづらの中にあった藍色の着物を取り出して衣笠さんのもとへ戻る。


「どうぞこれをお使いください」

「これを、滅相も。こんな良い服、普段使いに使えませんよ」

「ですがお外に出るときもそんな汚れた服では、困りますでしょう。お客人の方をお迎えするときもそれだと、お相手に失礼になります」


 どうせつづらの中で埃を被ったままにするよりは、使っておいた方が物も喜ばれることでしょうし。


「屋敷の中にあるものはご自由にお使いください。私では着ることもできませんので」


 着物を衣笠さんに押し付けて、大広間に戻ってみるとすでに人夫さんは引き払っており、衣服や小物などが床に無造作に置かれていた。衣笠さんのおっしゃっていた通り、あの大八車に積まれたにしては量が少なかった。

 置かれたものの中にはあの西洋の渡来品の石油ランプも含まれていた。


「これが石油ランプですね」


 幸仁さんが卓の上に置いていた石油ランプを私に見せつけるように持ち上げた。


「物珍しいか。欧米式の石油ランプなどが」

「ええ、この村では菜種油の火の灯りしかないので」

「明るさで驚くなよ」

 

 幸仁さんが石油ランプのコックを捻りますと、火打石もないのに硝子の中から温かみのある火の灯りがぼわっと燃え上がりました。行燈や菜種油の明かりよりも格段に明るい石油ランプは、私の体が消えてしまうほどの眩しいもので、目を覆ってしまいまし、思わず「ひゃ」と声を上げてしまいました。


「だから言ったのに」

「こんなに明るいとは思いませんでしたから、それにいつも灯りはつけていませんでしたし」

「灯りがないと何も見えないだろ」

「はい、なので夜はいつも寝ているんです」


 この体は眠気とか疲れがないから一日中動けるのですが、夜中に油の灯りを使って火事になった大変なので侵入者が入ってきたとき以外は日が暮れたら寝る生活をしていました。でもこの石油ランプなら事故の心配もないですし、溜まっていた本を早く読み終えそう。


「ところでこの屋敷にはお前以外の奴がいるのか」

「いえ。ケコちゃんしかいないですが」

「庭先の方で人の声が聞こえた」


 耳を澄ませると、悲鳴のような声がか細いながらも聞こえてくる。

 泥棒さん? でもこの村は私がいるから泥棒も忍び込まないはずなのに。もしかして、幸仁さんの荷物を狙ってついてきた泥棒という線も。

 壁に立てかけていた箒を幸仁さんに渡します。


「これをお持ちください。私が後ろから驚かしてお相手しますので、幸仁さんは後ろからバシッて叩きだしてください」

「慣れているみたいだな」


 よく屋敷の中の物を盗みに来る輩が時々おられますので、泥棒さんがどのような経路を通っていくのか直感で分かるようになりました。声のする方へ向かいます。


「縁側のあたりだな」


 縁側といえば、ケコの小屋があるはず。壁をすり抜けてケコの小屋の後ろ側に回り込みます。


「ケコーコッコッコ!!!」

「やだやだやめて助けて」


 ケコの小屋に近づいていくと声の正体は女の子のものでした。ケコの小屋の扉には外からつっかえ棒で押さえつけられて、出られないようにしていました。おそらく村の子供がいたずらでここに閉じ込めたのでしょう。


「こらケコやめなさい。止め! 今出してあげるから」


 つっかえ棒を外して手を伸ばす、が女の子は虫を払うかのようにブンブンと必死に払いのけられます。


「やだ! 座敷わらしになりたくない」

 

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幽霊嬢は堅物男爵様に浄化される チクチクネズミ @tikutikumouse

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