最終話 永遠の別れに、永遠の愛を。
「ネクロマンス、ドレインバグズ」
サンドワームの表面に無数の黒い吸血蜂が張り付く。
凄まじい勢いでHPを吸収すると、それを僕へと与えてくれる。
うん、やめて。
これ、僕ゾンビだからダメージになる。
あいたたた。
「相変わらず凄いね。ジュディスって闇魔術師だっけ? 私もなれば良かったなぁ」
「ユナクは適正値ないからなれないよ」
「手厳しいなぁ、もしかしたらって可能性、あるじゃん?」
ないよ。ユナクのステータスじゃ地図職人で手一杯だよ。
手先の器用さを頑張れば盗賊か狩人、だけど俊敏さがないから伸びがない。
ステータスで自分の職業が決まる世界って、夢がないね。
無駄な夢を追いかけない分、こっちの方が生きやすいかもだけど。
「クエストクリア、これでアロバマに入ることが出来るね」
「サンドワーム襲撃発生時は関所を開けることが出来ないとか、本当迷惑」
「はいこれ、砂虫の赤水晶。色違いサンドワームだったから、高値で売れるかも」
「え、貰っていいの? 私、遠慮しないよ?」
ユナクに手渡す時に、ポトリと赤水晶を落としてしまった。
自分の手が段々と動かなくなってきてる、力が入ってない。
死体だからかな、限界が近いのかも。
「ホワイトロックまで結構あるけど……ジュディスなら大丈夫か」
「うん、心配されるほど僕、弱くないから」
「口だけは達者なんだから。いつでもアタシを頼ってもいいからね」
アロバマのスナク村、そこがユナクの故郷らしい。
ゲームの世界なのに人の人生がちゃんとある。
なんだかそれが少しだけおかしかった。
『村に戻ったら結婚して子を産み畑と共に生きるの。今回の冒険が最後の悪あがきだったんだ』
ユナクたちは、多分自分のステータスを見ることが出来ないんだ。
これが見れてたら、最初から冒険に行こうなんて考えもしない。
神によって敷かれたレールの上を歩くだけの人生。
それはやっぱり、つまらない事なのかな。
§
白壁の街、ホワイトロック。
雪みたいな白い岩壁で囲まれた城塞、星屑聖護団が護っている街。
街道から白い石畳で整えられ、途中途中には魔よけの聖火が灯されている。
夜でも歩ける程に明るいけど、ゾンビである僕には少々手厳しい。
何もしなくてもダメージが入っちゃう、だから街道は歩かずに脇道を進む。
「脇道は危険だから、街道を歩きなさい」
警ら中の団員に見つかってしまった。
拒否する事も出来ないし、怪しまれたら襲われる。
どうせ町の中は聖火だらけなんだ、覚悟を決めて歩くしかない。
「……っ」
みるみるHPが減っていくのが分かる。
体中が痛い、変な汗が出てくる、回復したいけど人が多い、闇魔術も使えない。
「君、大丈夫か?」
そんな言葉を耳にしながら、僕はぱたりと倒れてしまった。
このまま回復魔術を使われたら即死だね、そんな事を考えながら、石畳を眺める。
……死ぬわけにはいかない。
船に乗る時に、もう覚悟はしてた。
この世界の人全員を殺してでも、雪月に会いに行く。
「どうしたんだ、君」
「ごめんなさい……ネクロマンス、ゾンビパウダー、発動」
粉塵が周囲を包み込む。
皮膚が紫色に変色し、ばたばたと人が倒れていく。
聖火も侵食し邪火へと変わると、辺りは闇へと包まれた。
とても居心地が良かった、自分がゾンビなんだなって改めて認識できる。
タイムリミットかな。
もう歩くことも出来ないや。
なら、ここで彼女を待とう。
きっと、僕を討伐しに来るから。
§
「お前が、街道を魔に染めた少女か」
やっぱり、来てくれた。
青髪和服姿に長剣を携える剣士。
邪火によるスリップダメージ。
歩くだけで全身が焼かれるように痛み、意識が
さすがは三番隊の隊長さんだ。
「ようやく、会いに来てくれたね、桜我」
「兵の何人かが報告してくれた、ずっと俺の名を呼んでいたとな」
「だって、僕は君に会いに来たのだから。……雪月」
この名を出せば、すぐに分かるはずだ。
ゲームの世界でキャラを演じ切る。
この世界で生きるには、きっとそれが必要だったに違いない。
「雪月? なんだその言葉は」
「ゲームキャラを演じる必要なんてない。こんな姿をしているけど、僕だよ、渉だよ」
「だから、一体なんの話だと聞いている」
桜我がすらりと剣を抜いた、星屑が散りばめられたような長剣。
切っ先を僕へと向けると、眉間にしわを寄せながら、恫喝するように語る。
「わざわざ出向いてやったんだが、いまいち目的が分からねぇ」
「……まさか、本当に雪月じゃないの?」
「だから、一体なんの話だって聞いてるんだ!」
振り降ろされた刃が、僕の胸で止まる。
「俺の名前は桜我だ、星屑聖護団三番隊隊長、桜我。それ以外での何者でもねぇ。今すぐこの闇魔術を止めろ、そしてゾンビにした人間を元に戻せ、そうすれば楽に殺してやる」
『渉……この世界は、そんなにいい世界じゃないよ』
語ってくれたのに、僕に対して画面越しに語ってくれたのに。
雪月はもういないってことなの?
やっぱり全ては僕の願いが見せた幻想なの?
いいや違う、僕はこうして神剣魂魂の世界で生きている。
現実を捨て、この世界にやってきたというのに。
「君は、いないのか……雪月」
「ちっ……狂人か、女子供を殺すのは気が引けるが、恨むなよ」
振り上げた刃が、再度振り下ろされる。
一回死んで、また殺されるんだ。
二度目の転生は、多分ないだろうな。
終わり……でも、雪月がいないのなら、もう、終わりでいいや。
「……雪月」
両の手を広げて、彼の刃を受け入れる。
痛みがないのは、きっともう僕の肉体が死んでいるからなのだろうね。
眠るように死んでしまいたい、雪月がいないのなら、生きていても意味がないから。
§
……あれ? 生きてる? 身体も動く、どこだここは。
「あ、起きたんだ?」
「……ユナク?」
くたびれたシャツに袖を通したユナクが、金に輝く髪を揺らしながら、僕がいるベッドへと座り込む。見覚えのない風景、多分ここは、普通なら入ることの出来ないモブの家か。そしてユナクの家であり、彼女の住まう村……だと、思う。
「ジュディスに貰った宝石が急に輝いてね、気付いたら貴女が床で倒れてたの」
「……そうなんだ」
「良かった売らないで。鑑定士さんに調べて貰ったらね、砂虫の赤宝石は、別名願いが叶う宝石って呼ばれてるんだって。だから私、ジュディスにもう一度会いたいって、毎日お願いしてたんだ。……ジュディス」
僕の左手を、優しく包み込むようにして握る。
「会えて嬉しい。それと、身体が良くなったら……私を、貴女の冒険に連れて行って欲しい」
「……いや、僕の冒険は」
雪月はいなかった、僕の冒険は終わってしまったんだ。
これ以上、この世界にいる意味なんて、何もない。
「……他にも、理由があるの」
「他の、理由?」
「すっごい我がままだし、自分勝手なお願いなんだけど。私ね、男の人って、苦手なんだ」
握られていた手に、力がこもる。
「このままだと結婚させられちゃうの。だから冒険者になって、私のパートナーを一生懸命探してたんだけどさ。地図職人の私なんか連れて歩いてくれる人なんか全然いなくて……才能無いのなんか分かってる、でも、それでも、嫌なものは、嫌じゃん?」
瞳に涙をいっぱいにしたユナクは、僕に抱き着いてきた。
強気に振舞っていたはずなのに、今はとても可憐な少女に見える。
「ちょっとの間だったけど、一緒に冒険して凄い楽しかった。安心した、ずっと一緒にいたいって思ってた。願いの宝石から貴女が出てきた時には、思わず泣いちゃったんだからね?」
「……うん」
「ジュディス……私、貴女と一緒にいたい」
「うん」
「でも、貴女には好きな人がいる、想い人がいる。だから、一回は諦めたんだけどさ」
くっついていた体をふわり離したあと、ユナクは涙にぬれる自分の唇を僕へと重ねてきた。
ユナクとのキスは、涙の味がして、とても熱くて。
「でも……私、貴女を見たら、諦められなくなっちゃって」
「ユナク」
涙に濡れる彼女の唇に、僕からもう一度キスをする。
頬赤らめながら、二人のおでこをこつんと合わせた。
「実はね、僕、フラれちゃったんだ」
「……そんな」
「想い人は、もう、この世界にはいなかったんだ」
桜我は雪月ではなかった。
演技じゃない、斬られたんだから分かる。
「ジュディス……」
「だから、冒険って言っても、本当に世界をぶらつくだけの、何の目的もない冒険になっちゃうかもしれないよ?」
「それでもいい、ううん、それがいいよ」
「本当に? ……ユナクは意外に乙女なんだね」
「ジュディスの前でだけだよ……ねぇ、どうしよう、ジュディス」
「うん?」
貴女のことが、心から好きになっちゃった。
その言葉と共に、ユナクは僕のことを強く抱きしめる。
雪月への想いが消えてしまった訳じゃないし、そもそも僕は男だしゾンビなんだ。
いつかはユナクを傷つけてしまうのかもしれないし、受け入れてくれるのかもしれない。
でも、いつの日か、それらの問題も、片付いてしまう日が来るのだろうね。
「それじゃあ、行こうか」
「うん。ねぇねぇジュディス、どこに行くの?」
「とりあえず……僕の肉体を治す方法を探しに行こうかな」
「肉体を治す? ジュディスどこか悪いの?」
「僕、実はゾンビなんだ」
「え? ゾンビ? またまた」
だって、この世界は神剣魂魂、ゲームの世界なのだから。
プレイヤーのご都合主義に物語が展開していくものでしょ?
だから、今はこの状況を受け入れるとしよう。
「ユナク、行くよー」
「うん、待って、いま地図用意するから」
可愛らしいパートナーと共に世界を歩き回るのも、そうそう悪いものじゃないからね。
死んだ恋人のアバターが動くネトゲに転生すべく死んでみる事にした。 書峰颯@『幼馴染』コミカライズ進行中! @sokin
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