第3話 見た目って大事、だけど僕は乙女じゃない。

『私、死んじゃったの?』


 雪月のアバターがそう語り掛けてきたのは、彼女が死んだ後のことだった。

 突然の死を受け入れる事が出来ずにいた、僕が作り出した幻だったのかもしれない。


『そうなんだ……でも、こうして渉と会話できるから、良かった』


 何も良くなんかない、行きたくもない君の葬式に僕は行ってきたんだ。

 受け入れたくない、雪月がこの世にいないことを、僕は認めたくない。


『私は、渉に生きて欲しいって、思うよ』


 僕は君に生きて欲しいって、誰よりも願っているよ。

 でも君は死んでしまった、理不尽に、一瞬で、何の言葉も残せずに。


『……渉』


 ゆめまぼろしでもいい、こうして雪月と会話が出来る。

 ということは、人間は死ねばそっちの世界に行けるという事だ。

 死んだ雪月がそこにいるのなら、僕だってそこに行く。


 条件が死ぬことならば、喜んで死のう。

 ただし、生きている事を許せない、アイツを殺してからだ。


『本当は……とても悲しい、やりたい事だって沢山あった。叶えたい夢だって沢山あったのに。今の私は、桜我の姿をしていて毎日戦っている。渉、こっちの世界は、そんなにいい世界じゃないよ? 死が常に隣にある、コンテニューの出来ないゲーム世界なんだよ?』


 雪月がいるのに、行かない理由なんて無いだろう。 

 

『渉……』


 いま、会いに行くよ。


§


「ちょっと待った、そこの女の子」


 港に到着して船に乗ろうとしたら、船員に止められてしまった。

 ヤバイ、ゾンビである事がバレてしまったのだろうか。 

 だとしたら、もうコイツ等全員ゾンビパウダーでゾンビ化するしかない。


「顔色が悪いようだが、病気じゃないだろうな?」

「……生まれつきです」

「本当か? 海上で病気をばら撒かれたら大変なんだが……本当に違うんだな?」

「神に誓って、ね、ユナクさん」


 ぎゅって、ヘタクソなウインクを送る。

 死体だからかな、身体の細かい動きが出来ない。


「あ、うん、そうなの、この子生まれつきこんな感じなんですよ」

「そうですか……何かあったりしたら海に放り投げますからね」

「それで大丈夫です。ありがとうございます」


 病人が海に放り投げられる世界か、野蛮だね。

 何はともあれ船に乗る事は出来た。

 たったの三百コインで船に乗れる、いい世界だ。


「次のステム港まで三日くらいあるから、船室で休みましょうよ」

「……え、三日もかかるの?」


 暗転して一瞬じゃないのか。ゲームとリアルは違うね。

 

「しばらく、僕はここから海を眺める事にするよ」


 あっちの世界にいた時も、海ってあまり見て来なかった。 

 青い海がどこまでも続いていて、水平線がきっちりある。

 雪月が隣にいたら喜びそうな景色に、思わず表情が緩んだ。

 

「貴女、自分のこと僕って言うのね」

「……あ、うん、そうだね」

「ふぅん……まぁ、命助けられた身だから、何も言わないけど」


 いきなり女の子になったからって、私とは言えないよ。

 僕っ子ってことで通せばいい、何も問題はないさ。

 

「助けられなかった命の方が、多かったけどね」

「あー……うん、でも、あの人達とはたまたま一緒になっただけだから」

「そうなんだ」

「だから気にしないでね、見捨てた私も何とも思ってないから」


 ワーウルフを倒した後、遺体となった戦士たちの亡骸を街道で見かけた。

 ユナクさんは遺体を街道から外れた場所に寝かせて、眠るように両手を重ねる。

 僧侶の亡骸がないねって聞くと、巣に持ち帰って食べられたんだろうって教えてくれた。


 あくまで弱肉強食、魔物が人を襲うのも食欲のため。

 女の子の肉の方が美味しいらしい。

 無駄な知識を得た。


「そろそろ船室に行くね、隣で寝れるようにしておくから」

「うん」


 果たして僕の肉は美味しいのだろうか。

 ゾンビだし、腐肉になってると思うけど。


「……キャラクリ、やり直すか」


 次誰かに見られた時に病人扱いされないように、顔色にもう少し血色を持たせよう。

 目にハイライトも必要だ、ダウナー系が趣味だけど、海に放り込まれたら面倒だし。

 

「あれ、なんか元気になったね」


 気付くと夜になり、船室から出てきたユナクさんは僕を見るなりこう言ってくれた。

 見た目って大事だ、船員さんも元気になって良かったって言ってくれたし。

 雪月も、今の僕を見てどう思ってくれるのかな。

 可愛いって言ってくれたら、ちょっと嬉しいかも。


「ステム港が見えてきたね」

「うん。あそこからは歩きかな」

「そういえば、貴女ってどこまで行く予定なの?」


 海風が髪を遊ばせる。

 腰くらいまである白い髪がまるでマントみたいに風に靡くんだ。

 それを見かねたユナクが僕の髪を手に取ると、編み込みを始める。

 自然と止まる足。目的地を伝える事くらい、問題は何もない。


「白壁の街、ホワイトロック」

「そうなんだ、結構遠いね」

「うん、でも、行かないといけないから」

「好きな人でもいるの?」


 好きな人、愛している人、将来を約束した人。


「……うん」

「ジュディスってば、結構乙女だね」

「……僕は、乙女ではないよ」

「はいはい。うん、出来上がり、それじゃあ行こうか」

「ユナク、訂正して、僕は乙女ではないからね」

「分かりましたよ、乙女ちゃん」

「もうー」


 雪月に会いに行く僕は、どちらかと言うと勇者のはずだから。

 乙女なはずがない。


 あれ、でも、雪月っていま桜我なんだよな。そして僕はモブの少女。

 性別が逆転してるのか……でも、雪月になら襲われてもいいよね。

 殺されちゃっても、雪月に殺されるのなら大歓迎だ。

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