アーテル色の霞草

ツバキ丸

アーテル色の霞草 本文


今日も、隊長補佐の私の一日は早い。

太陽が昇る前に起床し、書類仕事……。


「アイリス、この書類計算間違ってるぞ。」


このサラサラの白髪と鋭い赤い眼を持つこの男は、レンゲと言う私の同期だ。私より軍での階級は低いが、頭も顔も良いし、あろう事か家柄まで良い。しかも、何より銃の腕がすごい。敵陣では白髪の悪魔なんて言われているらしい。でも、そんな『スゴイと言われる』彼には、致命的な欠陥があった。


「え、本当に……? え、でもこの書類は流石に間違えないでしょ。」

「間違えてる。ココとか……。」

そう言って、軍の予算の合計の欄を指差す。


「―――あ、ホントに間違えてる……。レンゲありがと。」

「はぁ……こんな事も出来ないのか……。やっぱ女だからか…。」


無表情で、ぶっきらぼうなのだ。

それどころか、人の心の地雷を平気で踏み抜いてくる。敵だけではなく仲間のことも……だ。


「うるさいレンゲ!それは私の前では禁句よ!」

「はぁ……わかったよ。」


軍に入団した時よりはマシになったが、やっぱり無表情でため息を吐かれると余計にムカつく。


私がどんな思いでここに入隊したかも知らないで……。


私の住んでいるこの国は、先代の王の時に男子だけでなく女子も軍に入隊出来る様になったのだ。だけど、ずっと男だけだった軍でいきなり女性が受け入れられる訳もなく、こうやって女子を虐める奴もいる。


この、調子に乗っているレンゲのように。


まぁ私はそんな虐めに屈したりはしないけどね!

軍を出てスラムに戻るくらいだったら死んだほうがマシ。


私はスラムの中でも特に治安が悪い所の出身だけど、あのゴミ溜めのような状況のスラムと比べたら、軍はもう天国だ。

毎日ご飯も食べられるし、怖い大人から逃げなくても生きていける!


………まぁだからって性別で差別されるのはちょっと嫌だけど。


「と、とりあえず仕事進めよう……。」

私は書類仕事を始めた。





「アイリスー昼だし飯食べに行かないかー。みんな食堂に居るぞ―――、ってまだ仕事やってんのかよ⁉」


しばらく仕事をしていると、兵隊長のオーガスタさんがやってきた。

私が補佐するべき相手で、言ってしまえば私の上司だ。


「お前何時からやってんだよ……。ホントにちゃんと休めよ…?」


「休んでますよ……? ご飯も食べてますし……。」

そう言って私は飲みかけのブラックコーヒーと、そばに置いていた缶詰を見せた。


「お前、それを一週間くらい飯にしてるよな⁇ 普通はそれを休憩とは言わないぞ?」

「え~っ…。だって仕事楽しいですし、出世したいですし……。何より仕事しないでスラムで逃げ回ってた頃に戻りたく無いですから―――――。って痛あぁぁあっ」


頭の上からガツンと、オーガスタさんのゲンコツが降ってきた。


手の骨が岩のように硬いオーガスタさんは、いつもは仏のように優しいが、ゲンコツをされると地獄の様に痛い。

いつも理不尽だ!と思う。


「お前は馬鹿か!それで身体壊して仕事できなかったらやってる意味ないだろ‼」


………でもこの人、いつも正当なことでしか怒らないから、結局かなりの割合でゲンコツされる側が悪いんだけどね。


「えーっ。もうちょっとやってても良いじゃないですか……。」

「お前は目を離すと倒れるまでやりそうだからダメだ。」


私は「ひどい!」と思ったがその通りだから反論できない。


でも、私は抗おうとした。

「えー、でも―――。」


『はぁ……、これは食堂まで強制連行の刑だな………。』


「――――分かりました。食堂行きますよ……。」

オーガスタさんは力が強いのに加えて加減がわからないため、誰かが悪いことをした時に平気で服の首元を掴んで引きずって行くのだ。


それもゲンコツ、いやそれ以上に、服で首が首が絞まって痛い。

その事を考えると、流石に怖くて抵抗できなかった。


オーガスタさんに半ば強制的に連こ…いや美味しい昼食を食べるために食堂へ行くと、もう既に第三部隊のみんなが集まっていた。


因みに第三部隊というのは、この国の特別部隊のうちの一つだ。それぞれ所属している人や軍での役割が違い、それぞれ任務を渡される。因みに、私達の第三部隊は庶民ばかりの、所謂『特攻部隊』というやつだ。だから、家柄が良いのに第三部隊に入隊したレンゲは、不本意だがとてつもなくレアな存在だ。


「飯食い終わったらお前らにちょっと大事な話をしようと思う。だからいつもの会議室まで来い。重要な内容だから、出来れば全員参加しろ。」


まだ仕事はあるが、今日は特に予定もなかったので、会議に出ることにした。

他のみんなも参加できるようで、食べ終わるとそれぞれ会議室へ行った。


全員揃うのを確認したと同時に、隊長が話し始める。


「今日お前らを集めたのは、今日、隣国のロベリア国から攻撃が確認されたからだ。攻撃された都市の名前はブランポピーと言って、東の国境にある森林が多く、皆森の中に住んでいる地帯だ。そして、今言った通りブランポピーは森林が多い。レンゲ、ロベリア国はどんな手段を使ってブランポピーに攻撃したと思う?」


レンゲは淡々と無表情で答える。


「森林に火をつけて山火事を起こす。そうしたら、住民は勝手に山火事に巻き込まれて死んでくれる。そうじゃ無いですか?」


そんなレンゲのぶっきらぼうな答えに、隊長は語る。


「まぁ言ってしまえばそんな感じだな。今現在、森林を焼いた兵士たちは都市の重要な施設を占領し、住民を人質として連れている様だ。

今回の俺等の仕事は、そいつ等を殲滅し住民たちを解放することだ。

まずは兵士が何人程居るのかだが―――――。」


それから私達は作戦を話し合い、結局二つの班に分かれて行動することになった。

オーガスタ隊長の入る、忍び込んで住民達を解放する人質班と、私やレンゲの入る、敵の注意を逸らすための囮班だ。


そんなこんなで、作戦実行の日が近づいて来た。私たちは、あらかじめブランポピー周辺までやってきて、色々と準備をしていた。


作戦決行日前日、私は武器や装備の確認の仕事をしていた。


「アイリス~ちょっと聞きたいことがあるんだけど良いか~?」


そんな時、レンゲとよく話している馬鹿男子が、なぜか私のもとにやってきたのだ。


「何?何かあった?」


私は尋ねたが、その答えは予想外のものだった.


「ここだけの話、レンゲ、お前のこと好きらしいぞ。」


「はぁ…また妄言……? もう馬鹿やるのも程々にしなさいよ……。」


「今回はちゃんと理由があるんだって! 俺、この前仕事中にアイツの日記を見つけてさ。その日記に、無駄死にしてほしく無いから今すぐ軍から出て欲しいって事が書いてあったんだよ……。――――これってもう好きと同等じゃねぇか⁇」


私はため息をついた。


「ほんとに何言ってるんだか………。そんなこと言ってないで仕事してよ……。隊長に言い付けるわよ……?」


私がわざとトーンを低くした口調で言うと、この馬鹿男はすぐに引き下がる。


「わ、わーったよ。もう行くよ。でも俺がこんなこと言ってたの絶対言うなよ⁈ ホントにアイツに殺されるから!」

そう捨て台詞を吐いて、馬鹿男は去っていった。


「はぁ………。」


でも、何でだろう。

いつもは、こんな事を言われたら嫌悪感が湧いてきていた……。


『はぁ……こんな事も出来ないのか……。やっぱ女だからか…。』

あんな中傷する様な事を言っていたのは、私を危険から遠ざける為だった……?


―――――いや、まさかね。


あの白髪の悪魔なんて呼ばれるレンゲが、そんなことするわけない…。


もし本当に好きだったら、もっと計画を練って本気で私を落としに来るはずだから……。


ずっと見てきた。だから分かる。


なのに、なんで……。

『―――なんで、こんなにも胸が痛むんだろう…。』



その次の日、私たちは作戦を決行した。


私やレンゲは、言わば囮だ。岩などの物陰に隠れながら、敵を撃ち殺す。


攻め落としてもいいが、なるべく敵を拠点に返さないのが仕事だから、全線維持……いやちょっと劣勢くらいが戦況としては一番良い。


…………まぁ、大事なのはその状況を維持できるかどうかだけど。

そんなこんなで敵をひたすらに殺し続けていた私達だったが、暫くするとオーガスタ隊長から無線で連絡が来た。


「アイリス!このまま攻撃を続けろ! もう少しで人質の居る所まで到達できそうだ‼」

敵を撃ちながら、私は応答する。


「分かりました!隊長もそのまま頑張ってください!」

私は無線を切る。


よし…。

作戦は、着実に成功へと向かっていた。


『―――このまま戦況を維持しよう。』

レンゲはいつもの無表情………。でも、少しいつもより嬉しそうな顔をしていた気がする。


私はいつもの様に返事を返そうと―――その時だった。

敵が撃った銃弾が、隣にいたレンゲの腹部に直撃した。


レンゲはよろよろと、血を流して倒れる。


この世界の全てがモノクロになった様だった。


「―――えっ…。レン、ゲ?」


私はレンゲに駆け寄ろうとした。でも……。


『ここで私が離脱したら、レンゲどころかここに居る全員が死ぬ……。』


そう思った私は、パニックになる心を抑えながら、レンゲを助けに行くタイミングを伺った。


「…………。―――今だ!」

私は、敵が動揺したと同時に、必死の思いでレンゲのそばへ駆け寄り、レンゲを前線から離した。


「痛っ……。」


だけど、運悪く私も肩に銃弾を受けてしまい、少しよろけてしまう。

でも、不思議とあまり痛みを感じなかった私は、なんとか持ち直してそのまま仲間達に任せて手当の出来る救護テントへ向かった。


「頑張ってレンゲ!もう直ぐだから!」



救護テントに着くと同時に、私はケガの手当てをした。


幸い、レンゲは内臓からは外れた所を撃ち抜かれていて、手当は簡単だった。私は正直言って少しほっとしていた。


………。


――――だけど……。何故か、出血が止まらなかった。


包帯で塞いでいたはずの傷口から、だらだらと血が流れていく。

私は頭が真っ白になる。

再度手当をしようと思い、急いで私は救急箱から包帯を取り出そうとする。

でも、さっきの銃弾に何か仕掛けがあったのか、体が動かなかった。


「何で……、止まってよっ―――。」


血は止まらず、身体も満足に動かないまま、私は叫んだ。

次第に、舌さえも回らなくなる。


このまま死にたくない‼ 私は思った。

でも、現実は物語みたいには上手くいかなかった。


そんな時、レンゲは最期を悟ったのか、ガラスの様な涙を落としながら話し始めた。


「アイリス………。もういいよ……。もう、十分だから――――。」


「大丈夫なんかじゃない‼ 何で…、何でそんなこと言うの――?」


何で……、何で今になって、こんな―――。


「君にはっ…、死んでほしく、ないっ…、っだから……。」


私は怒るように泣き叫ぶ。

「レンゲだって………、レンゲだって死なないでよ! 何で――。」


『僕だって嫌だよ‼』



レンゲは突然、私の言葉を遮るように叫んだ。


咳き込むように口から血を吐きながら……。


「僕、ホントは今日死んだって、後悔はないって思ってたんだ。」


ゴホッ、ゴホッと血を吐く。それでもレンゲは続ける。


「―――でも、君に会って、この隊のみんなと過ごして………」


――――――何でかな。

「生きていたいって、思っちゃったんだよ―――。」



最期、君は涙を流しながら言った。


アイリス、僕は―――。

『ずっと……君の事が、好きだったよ――――。』


レンゲの赤い瞳が、こちらを見つめる。

―――――レン、ゲ…?


もう、レンゲの心臓は動いていなかった。





さっきの笑顔―――――。


幸せそうで、子供の頃に戻った様な……。

そんな、カスミソウの様な笑顔だった。


無気力で、冷たくて…

そんな君が残した、最初で最期の笑顔―――。


私も、ずっと、ずっと……。

「レンゲ、私も…、君のことが―――。」


これは、ずっと冷たくてぶっきらぼうだった君と、最期に君のことを好きになった私の………。


――――最初で最期の、死の物語だ。


いつの間にか、二人の隣には誇らしそうなオレンジ色のマリーゴールドが咲いていた。

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