第36話(最終話)
四月十一日、木曜日。
午後二時過ぎ、スーツ姿の希未はエプロン姿の志乃と共に、誰も居ない教会を訪れた。
「ヒマワリねぇ……」
「どうです? 置けそうですか?」
希未の担当している顧客から、そのような装花の要望があった。実際の設置はともかく、教会の厳粛な雰囲気との相性も、確かめなければならない。
ふたりでバージンロードをゆっくりと歩き、最奥の祭壇で振り返った。
「とりあえず、緑かしら」
「緑?」
「椅子の方は、大きめのヒマワリ一輪じゃ流石に浮くから……なるべく小ぶりなのと、緑を多めにすれば大丈夫そう」
「なるほど」
希未としては、ヒマワリは大きい花という印象があったが、そのように扱うのだと納得した。たとえ小さいものでも、緑を添えることで黄色の花が映えるだろう。
「祭壇も緑で飾って……出来れば、両脇に大きいヒマワリを置きたいわね。これはまあ、予算によりけりかしら」
志乃が祭壇に振り返り、手の仕草を交えて説明した。左手の小指に嵌ったピンキーリングが、希未に見えた。
バージンロードだけでなく、教会全体をそのようにデザインすることで、より馴染むだろう。本来の雰囲気を壊すことなく爽やかになると、希未は思った。
「良い感じじゃないですか。大きいのは別で、見積もり出して貰っていいですか?」
「わかったわ」
希未は要望を受け、どうなることか不安だったが――志乃のイメージに、希未自身も胸が膨らんだ。顧客に提案すると、きっと喜んでくれるだろう。
やはり、志乃の花を扱うセンスは凄いと、改めて思う。これからも、一流フラワーコーディネーターと一緒に仕事を続けていきたい。志乃とは仕事でもそれ以外でもパートナーであり、希未にとって誇りだった。
「それにしても、言ってる間に夏ですね」
八月の挙式を、今こうして考えている。最近内覧に訪れる客も、秋以降の日程だ。
ついこの間まで寒かった。希未は、それぞれの案件で季節を想像することには慣れていたが、職業柄か時間の流れが早く感じていた。
それでも、志乃と過ごす時間を――季節の移ろいを、大切に確かめたい。
「のんちゃんは暑いのと寒いの、どっちが好き?」
「うーん……どっちも苦手ですけど、まだ寒い方がマシですね。汗かくのが嫌なんで……。志乃さんは、どうなんですか?」
「私は、どっちも好きよ。いろんな季節で、いろんなお花が咲くから……」
「志乃さんらしいですね」
微笑む志乃に、心から花のことが好きなのだと、希未は感じた。そして、なんだか幸せそうに見えた。
「さあ、それじゃあ戻りましょうか」
この件は、ひとまず片付いた。見積もりの資料を作るためには、志乃の算出を待たなければいけない。それまで、事務所で別の案件に取り掛かろうと、希未は思った。
「のんちゃん」
ふと、笑顔の志乃が腰で手を握り、腕をくの字に曲げた。さらに、ひょいひょいと揺らして誘っている。
ここが祭壇であり、バージンロードを歩いて教会に出るからだろう。いつもの『おふざけ』に、希未は半眼を向ける。
しかし、小さく笑い――志乃の腕に抱きついた。そして、自分の腕を絡めた。
希未はこの日、スーツ姿とエプロン姿の女性ふたりで腕を組み、職場のバージンロードを歩き出した。
ここを歩く『ふたり』を、希未はこれまで何度も見送ってきた。今でもやはり『終わり』を彷彿とさせる。
だが――立ち止まり思い出を擦り減らしていた日々に、さようなら。志乃を想い、志乃から想われ、希未は幸せだった。いつまでも、こうでありたい。
移ろう季節の中、この時間もいつかは思い出へと変わるだろう。だが、ふたりで立ち止まらない限り、思い出は続いていく。
「あたし達のこと、周りに言います?」
「そうねぇ。いつかは知って貰いたいけど……まだもう少し、社内恋愛を楽しみたいかしら」
「あたしもです。こっちから言いふらすのは、ちょっと……。けどまあ、もし勘付かれたら……その時は、素直になりませんか?」
「ええ。私も、隠したくはないわ」
希未は志乃と微笑み、話を擦り合わせた。
十一メートルの白い道は、新たな未来へと続いている。その先に何が待っているのか、誰にもわからない。
それでも、今はただ――腕を組んで一緒に歩きたいと思える人物が居るだけで、充分だった。現在の幸せを噛み締め、そして組んだ腕を離さないと誓いながら、希未は歩いた。
そう。これは、新しい思い出への『
扉を出ると、中庭は春の柔らかく明るい日差しが差し込んでいた。
腕を組んで歩ける日まで
hello memories from now on.
完
あとがき
https://note.com/htjdmtr/n/n9346b7fa00e9
姫奈と晶の馴れ初め『胸を張って歩ける日まで』も、よろしくお願いします
https://kakuyomu.jp/works/16816452219598595223
今後の予定は2月7日に近況ノートでお知らせします
腕を組んで歩ける日まで 未田 @htjdmtr
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