階層3 チョコレートアイスの山脈
生クリームの海から辛くも脱出すると、次の階層にはチョコレートアイスの山脈が連なっていた。山脈の向こう側には、外の世界が広がっていた。具体的に言うならば、僕がここに来る前までいた部屋の天井が見えた。
とにかくこの山を登ることにした。頂上にたどり着けば、元の世界に戻ることができるかもしれない。
「やぁ、そろそろ慣れてきたかもしれないけれど、また現れたよ」
そう言いながら、僕の肩にとまったのはクロツグミである。スズメ目ツグミ科の渡り鳥だ。
「ボクはメタファーとしてのクロツグミさ。もうメタファーなんて言葉、聞き飽きたろうけど。でも滅多に使う言葉じゃないだろうし、この機会にどんどん使っておくといい」
クロツグミは無邪気な声で言った。
「それで、君は何の話をしに来たんだい?」
「別に、ボクらは話をしに来るわけじゃない。だって存在そのものがメタファーなんだから。本来しゃべらなくたっていいはずさ。そもそも、隠喩や暗喩は隠されているべきものであり、自分から自己紹介なんてするものじゃない」
クロツグミは早口でまくしたてた。しゃべらなくたっていいという言葉とは裏腹に、本人もとい本鳥は、話したくて仕方がないという様子だった。
「君もそろそろ、この世界がどういうところかわかってきただろう? チョコレートパフェそのものが何を暗喩しているのか、今の君にはわかっているはずだ」
「ああ、なんとなくわかってきた」
「そうでなくては困る。これだけヒントが出されているんだからね。その上でさらにボクが出てきたのは、最後の決断を迫るためさ」
クロツグミは胸を張った。
「決断?」
「そう。君は、元の世界に戻る気はあるかい?」
「………」
そこで僕の思考は、停止する。
「クロツグミは渡り鳥。冬には南の島へ行き、夏には故郷へ戻ってくる。つまりはそういうことさ」
クロツグミはクツクツと小さく笑った。痛いところを突かれて固まってしまった僕を、嘲笑するかのように。
「ま、好きなだけ考えるといい。ここはそういう世界でもあるのだから。ボクはそろそろ失礼するよ。君の答えに興味はないからね。ボクはあくまで根無し草。気ままな渡り鳥だよ」
クロツグミは言いたいことだけまくしたてると、せわしなく羽ばたいて虚空へと消えていった。
チョコアイスの山道を歩きながら、僕はこう考えた。
ここまで来たのはいいけれど、僕は果たして本当に、元の世界に帰りたいのだろうか?
彼女のいない世界に?
彼女は失われてしまった。何の意味もなく、不条理に。前足の消失に何の意味もなかったように。
彼女がいなければ、僕を認めてくれる人なんて誰もいない。僕はイソギンチャクなのだから。
彼女がいなければ、生きていけない。
夢を追うことも、できない。
そう思うと、途中で足が止まった。チョコアイスが溶け始めているのがわかる。足が、ヘドロのように溶けだした茶色に飲み込まれていく。
山頂を目の前にして、僕の足は動かなくなり、チョコレートパフェの世界は崩壊を始めた。
パフェの崩壊は、夢の終わり。
なるほど、そういうことか。
昨夜のことを思い出す。
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