回想3 僕と彼女の、夢の終わり

 昨夜のことだ。僕はいつもどおり、彼女の住むアパートにやってきた。


「いらっしゃい。原稿ができたのね」


 彼女の笑顔を見て、氷の刃を突きたてられたかのように、胸がチクリと痛む。


 僕は小説家を夢見る阿呆な大学生だった。僕の作品はひどく独りよがりで欺瞞に満ちていて、読者は彼女だけだった。ほかの人は誰も読みたがらないし、ましてや出版社の新人賞に応募したところで、見向きもされない。


「いや、違うんだ。今日は別の話」


 だから、僕は小説を書くことを、夢を追うことを、やめることにした。僕の描く世界は、彼女にしか開かれていない、閉鎖的な世界だ。誰にも受け入れられない、何の意味も無いことを書いて、それに彼女を巻き込むことが、たまらなくつらくなったのだ。


 その旨を述べると、彼女は泣いているような、怒っているような、奇妙な顔をした。


「少し眠ったほうがいいわ。きっと、疲れているのよ」


 彼女は僕を、半ば強制的にベッドに横たわらせた。彼女の匂いと、彼女のあたたかさに包まれ、僕は反論することも忘れて目を閉じる。


「眠って、もう少し考えてみて。そして思い出すの。チョコレートパフェについて……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る