その電柱の下にて

椛猫ススキ

その電柱の下にて

 私が二十代のころ、猫を事故で失った。

当時の私は猫の飼い方がなっていなかった。

言い訳ではあるが私に猫の飼い方を教えたのは祖母だ。

 我が家は代々続く米農家である。

どういうことかというと田舎特有の飼い方になってしまうのだ。

 猫は米農家の敵であるねずみを獲ってくれる大切なパートナーだ。

なのでごはんと引き換えにねずみを獲ってもらうため、基本的に放し飼いとなる。

家に閉じ込めてしまっては意味がない。

猫は家と外を自由に出入りするのがいいんだ。

 祖母は私にそう教えた。

子供のころから家に猫がいるのは当たり前の環境で育ってはいるが自分で飼うのは初めてだったので私は祖母の言うとおりにしていた。

 結果、交通事故で亡くしてしまったのである。

無知は罪だと今でも思う。

 亡き骸は犬の散歩をしていた父がみつけ、すでに仕事に行っていた私が見ることもなく埋葬されていた。

 訃報を聞いた私は泣いた。

可愛がっていたのだ、本当に。

愛していたのだ、私なりに。

その夜、私は埋葬された場所へ線香を上げに行った。

 私の地元の風習で、亡くなった獣は四辻に埋めなければならない、らしい。

四辻は地元の言い方で、ただの十字路のことだ。

詳しい話は祖母しか知らないが、簡単に言うと獣は業が深いから人に踏まれることで徳を積むことが出来るだのなんだの。

祖母が亡くなってしまったのでもう知りようがない。

 よその婆さんたちに聞いても似たような話をするか、昔からこうやってるんだからやり方を変えるものではない、と言われた。

だから、今でも年寄りたちは四辻に犬や猫を埋葬する。

 私の猫も四辻に埋葬された。

とは言っても今はアスファルトが地面を覆っているので脇の土にだが。

 帰宅が遅かったこともあり、私が埋葬された四辻に着いたのは夜の十時を過ぎていた。

 電柱の明かりの元に盛り上がった土があった。

線香に火を点け、土に挿す。

母が供えたと言っていた花がそこにあった。

いつも食べていたごはんを供えて、手を合わせる。

「…ご、ごめんねえぇぇ」

 涙が止まらなかった。

ぼろぼろと溢れ出る涙にしゃくりあげることしか出来なかった。

涙と鼻水で顔はぐちゃぐちゃだ。

泣きすぎて息が苦しくて、肩をふるわせた。

 田舎の夜は静かだ。

あまり人も通らないため私は時間も忘れて泣いていた。

心配になった母が迎えに来るまで、私は泣き続けていた。

 次の日も行った。

泣いて帰ってきた。

 その次の日も行った。

その日も泣いて帰ってきた。

 その次の日も。

 その次の日も。

私の夜の墓参りは一か月ほど続いた。

号泣はしなくとも思い出すたびに涙がこぼれた。

あのこの顔が見たかった。

それだけだった。

 土の盛が少し減ったような気がした、そんなある日のことだった。

近所の婆さんたちが我が家に集まり茶会を開いていた。

茶と菓子を用意していると、一人の婆さんが話し始めた。

「女の幽霊が出る話きいたかね?」

「ああ、私も聞いたで」

「うちは孫が見たって言うて」

 そんなホラースポットあったかなと思っていると

「電柱の下でうずくまって泣いているんだと」

 うん?

なんだ?

電柱の下?

「そうそう黒髪の女が恨みがましい顔で泣いてるらしい」

 え?

なんか嫌な予感がする。

というよりまずい。

「あそこの四辻の電柱の下で泣いてんだって」

 私だ。

嘘、やばい、どうしよう。

汗が頭から滝のように噴き出す。

ちらりと祖母をみると私をすごい顔で睨みつけている。

昔話に出てくる山姥ってきっとこんな顔だろう。

人を取って食う顔をしている。

「うちの息子が酔っぱらって夜遅くに歩いてたら電柱の下で女が立ってたって。びしょ濡れだったらしいよ。遠目でみたからよくわからんらしいけど。泣きながら帰ってきたよ。六十超えてもあれはお化けが怖いってさ」

 とげらげら笑っている。

あんたの六十歳越えた息子て町内の区長やないかい。

どうしてそうなった?

びしょ濡れってなんだ。

雨の日は傘さしてたもん。

濡れてないよ。

涙は出てたけど。

「私が聞いたのは黒髪の女が四辻にぼんやりと立ってて足がなかったって」

 それは黒いスカートを穿いてた日かな。

ぼんやりしてたのはしゃがんでたから足がしびれてたからかな。

うわあ。

とんでもないことになってる。

嫌な汗が止まらない。

「うちの孫はバイク乗って遊びに行こうとしたら女に睨まれたって」

 怖くてすぐに帰ってきたわ、とけたけた笑いながら言っている。

「悪いのとつるんでたから夜遊びが減ってありがたいわ」

 バイクの音は聞いた気がするが睨んだ覚えはない。

私の裸眼は0.01前後だから泣いて眼鏡外してたらなんもみえんて。

それが睨んだとなるかね!?

「だからこのまま悪いのと縁が切れるように電柱のとこに拝みに行ったさ」

 拝まれてる!!

猫じゃなくて私が拝まれてる!!

神仏でもないのに拝まれてる!!

えらいことになってる!!

婆さんの顔もとんでもねえわ。

「あー、そりゃいいさね」

「うるさいのがいると思っとったらおめんとこのか」

「そしたらよ、あたしだけじゃなかったみたいで線香いっぱい落ちてるから持ってたゆでたまごお供えしておいたさ」

 なんで婆さんってゆでたまご持ってんのかな!?

線香は消したやつは持って帰ってたんだけど見落としがあったかもしれん。

すまん!

「悪い奴らのリーダーいうの?連れってってくださいって拝んだわ」

 怖いこと言ってる!!

私、呪詛の手伝いしろ言われてる!

なんも出来んよ!!

だってそこ猫のお墓だもん。

私だって死んでないし生きてるし。

誰だ、そんな紛らわしいことしたやつ!!

私だ!!

 神経をすり減らしつつなんとかばれずに茶会を終えると包丁を研ぎ終えた山姥の顔の祖母に正座させられしこたま怒られ、墓参り禁止を言いつけられてしまったのである。

 その後、女の幽霊の話はすたれていったのだがなぜかやんちゃしていたグループは解散したらしい。

私は、なにもしていない。








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その電柱の下にて 椛猫ススキ @susuki222

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