砦の男たち<俺たちの専任隊長>③

 

「第一騎士団の卿等に告ぐ!

 この砦の職員には、ご身分の高いお方がおられるが、の意向により、職分で対応して欲しい。

 ご本人たちの希望であるため、この砦内での不敬は問われない」


 キリアンの低く重々しい声が、それほど大声でもないのに騎士たちは姿勢を正した。


「卿等はどうも身分に比重を置きがちだが、辺境の砦任務ではそんなものはクソの役にも立たないと言っておこう」


 うんうんと砦の男たちは頷くが、第一騎士団員たちは眉を顰めた。


「お言葉ですが……」


「まず、上官の言葉を遮るな」


 キリアンは文句を言いかけた騎士の言葉を封じたが、それで引き下がる様な玉ではない、プライドだけは一人前の第一騎士団員だ。


「あなたは上官ではない」


「この度の遠征の監督官であり、最高責任者である。つまり、卿等の上官だが、今更なことを聞くな。出発前にも説明をしたはずだが、二日前の事さえ忘れたか」


「ぐっ、それは……」


 遠征のメンバーが決まった時に、部隊の編成を説明していた。そして王都を出発する前にも、誰が責任者であるか、自分たちがどういう役割を持っているか、改めて説明している。

 それが二日前。


 転移魔法陣を使えば一瞬で到着出来るが、今回の遠征理由が第一王子の罰と、砦勤務を回避し続ける第一騎士団員に、実戦経験を積ませる目的がある為、移動から訓練とし、大型魔導車で行軍してきたのだ。


 そのたった二日の間にも、自分たちが上位だと勘違いした行動が散見されていた。

 毎度の事ながら、第一騎士団員の身分至上主義には頭が痛くなるし、むかっ腹が立つ。

 キリアンだとて、この任務を率先して引き受けた訳ではなかった。

 砦勤務が長かった為、として、つい昨年まで出向していた砦である事を理由に押し付けられたのである。


「ベイユール子爵、いや、騎士団風ならキリアン卿か。話を進めて欲しい」


 第一王子が『馬鹿ぼん』たちを無視し、キリアンへと先を促した。

 最上位の王子殿下にそう言われてしまうと、『馬鹿ぼん』たちもさすがにそれ以上の減らず口は叩けない。

 砦の男たちの王子への好感度が更に少し上がった。


「ありがとうございます殿下」


 王子には軽く会釈して、改めて『馬鹿ぼん』たちを睥睨する目に魔力を込めた。

 軽い威圧だが、それだけで顔色を悪くする軟弱さに、眉間に皺を寄せる。

 砦勤務の猛者たちであれば屁とも思わないだろうに。


「第一騎士団員の卿等に分かり易く、身分で話をしようか。

 まず、この場にいる最上位が、言わずもがな、第一王子殿下である。

 次に、“食堂のおばちゃん”こと、王族であり、先代のウェルズ公爵夫人。

 そして、厩務員を務める“おっちゃん”こと、このサウザランド領の前領主、グリード卿だ。

 後は、身分的に落差はあるが、わたしは子爵家当主だ」


 この国境門砦のあるサウザランド領を治めているのが、代々サウザランド侯爵家である。

 その前当主は奇獣愛が強く、現役時代から度々砦の厩に顔を出していた。引退後は厩務員として働き出してしまった、奇特なご仁であった。


「対して卿等は騎士爵位である。実家が侯爵家や伯爵家だろうと、その爵位を継げるのか? 違うだろう。卿等は己自身で身を立てる分の身分しか持ち合わせてはいないのだ。

 更に言えば、魔獣相手に人間の身分などなんの意味がある? なんの役にも立たん」


 騎士団員は貴族家の次男や三男が多い。逆に言えば、家門の後継者は騎士団に在籍出来ないのだ。

 嫡男や嫡女は、貴族の血を継ぎ、家門を維持する役目がある為だ。


 騎士が自身の功績を持って叙爵した場合、領地を持たない。

 だがキリアンの場合、先日の陞爵と同時に領地を賜った。そのせいで中央に戻され、管理職になった経緯がある。

 恐らく四十歳頃には引退して、ベイユール子爵家当主としての務めに専念する事になるだろう。


 第一騎士団員の『馬鹿ぼん』たちは、現実を突きつけられて鼻白んだ後、苦々しい表情を浮かべている。

 とにかく、プライドだけは高いのだ。


「話が逸れたが、“食堂のおばちゃん”は、王族として接する事を嫌う。彼女は趣味が高じて引退後、食堂を切り盛りすることに情熱を捧げている。

 砦の食堂は“おばちゃん”の聖域。そこに身分を持ち込むのは無粋というもので、万が一前公爵夫人などと呼ぼうものなら、今後まともな食事にはありつけないと思え」


 この件は、この砦に赴任する前、申し送り事項に含められていて、新人には重要な注意事項として先輩から指導を受けるのだ。


「もう一つ、“厩務員のおっちゃん”も同様に、“おっちゃん”呼ばわりしないと厩への出入り禁止となるので注意するように」


 高貴な方々の妙な拘りのせいで、毎年新人が被害を受けるのも風物詩。


「大叔母上、わたしも“おばちゃん”と呼んだ方が良いのだろうか」


 第一王子が悩まし気に尋ねると、前公爵夫人はカラっと笑った。


「食堂ではそのように願います」


 うんと頷いて、次にグリード卿に視線を向けると、


「某も“おっちゃん”と呼んで下され」


「分かった」


 最上位の第一王子が認めたので、ただの騎士である『馬鹿ぼん』たちは、従うしかなくなった。


 初っ端から前途多難であるが、そんな人界の事情など魔獣には関わりがない。


 カン・カン・カン――


 短く強く鐘がかき鳴らされた。魔獣襲撃の合図である。


「大隊長ー! ツゥラードンが出没しました!!」






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 あれ? なんだか説教で終わってしまいました(汗

 この番外編、まだ続いてしまいます。




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