夜の山に駆けるモノ

たってぃ/増森海晶

夜の山に駆けるモノ

 慈悲深い国王に保護されて、は生き延びた。

 与えられた土地。与えられた平和。与えられた当たり前。

 あぁ、本当に束の間だった。

 戦火ですべてを失った私が、妻を娶り、一児の父となるなんて。

 我らは常に狙われ、嫌われ、まわれている。

 全滅を避けるために、我らの生命活動は単独行動が基本であり、互いの伝達方法は魔力による念話テレパシーのみで、生涯、互いの顔をみることは生殖活動以外はマレなこと。


 国王が行った善意は、我らに家族を教えた。同胞との交流の大切さを学ばせ、帰る場所がある有難みと感謝が我らの心を豊かにした。


 幸せだった。本当に、幸せだった。

 だが、その幸せは永遠に続くはずがない。

 我らを保護してくれた王が死んだ。

 優しき王の突然の死に悲しむ間もなく、我らは存亡の危機に立たされた。


 王の使者が苦渋に顔を歪めて言う。


里長さとおさよ。今すぐ、この土地を離れた方がいい」


 彼の話によると、王の喪が明けないうちに、王弟が反乱を起こして首都が制圧された。王の正統なる後継者――第一王子たちは、なんとか事態を鎮圧しようと試みるが、旗色は良くないらしい。


 王弟は反乱を成功させるために、王子は王位を取り戻すために、矛先を前王が保護した我らへと向けた。


 我らは売れば金になる。膨大な資金は、両陣営の勝敗を左右することになるだろう。

 彼奴きゃつら等は、今夜中に結界と陣を張り、明日の朝には軍隊を突入させる手筈らしい。


 愚かな。と、憤ると同時に、私は悲しさを覚える。

 なぜなら、それが前王に保護されるまで当たり前だった。

 捕まったら最後、殺されるか、奴隷になるか。その二択のみ。

 どうしようもない冷たく乾いた現実に、先日生まれた息子の姿を重ねると、私の胸は痛みで張り裂けそうになる。


――逃げる? どこに? 冗談ではない。


「使者殿よ。そんな情報を我らに伝えて、そなたは大丈夫なのか?」

「……私は、覚悟を決めました。両陣営とも、前王の心が受け継がれていないのなら、どちらに味方しても意味がありません。前王が守ろうとしたものを、私に守らせてください」


 そう言う使者殿は、寂しそうにため息をついて重そうに剣を構える。

 まだ若い男だ。我らを偏見のない瞳で見て判断し、忠義に厚く、こんな状況であろうとも、自分の信じるものに殉じる強さがある。


「なぁ、使者殿よ。そなたは王になるつもりはないか?」


 どこにも逃げ場がないのなら賭けてみよう。


「なにをバカなことを」


 使者殿は冗談だと思ったのだろうが、私は本気だった。


「このままでは、王が守ろうとしたものが蹂躙される。後継者とされる第一王子も信用できないからこそ、我らに話したのだろう?」


 あと一押し。


「そなたがここで死んだら、前王の心も、守ろうとしたものも、なにもかも後の世に受け継がれず無かったことになる。そうなってもいいのか!」

「――! よくありません! そんなこと、許されない!」

「そうだ。許されないことだ! 我らはそなたに力を貸し、前王の心を蔑ろにした愚か者たちに、鉄槌を下そうではないか!」


 前王よ。息子である、第一王子を討つことを許してほしい。

 そなたの罪深さは、逃げまわるしかできなかった我らに、守る者かぞくを与えたことだから。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 ドドドドドド……。


 日が落ちた山中。響き渡る地鳴りに、人間たちは戦慄した。

 悲鳴が轟き、馬が次々と絶命し、兵士たちは我先にと逃走を試みる。

 事前に対策を練っていたとはいえ、まったくの想定外。

 まさか、数を増やしていたなんて。


【あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”】


 森中に響き渡るおぞましい絶叫。

 闇夜に紛れて無数の影たちが、結界を張ろうとした兵士たちを次々と襲う。


「逃げろおおぉっ! マンドラゴラだ! マンドラゴラの大群だ!」


 兵士の一人が声を張り上げるが、マンドラゴラ対策として、事前に耳栓をしてきた彼らに声が届くはずもない。


「数が多すぎる、耳栓しているからって油断するな!」


 届かない、届かせるわけにはいかない。

 兵士は訳も分からず次々と孤立し、一人になったところを集中攻撃される。耳栓を取られ、直接マンドラゴラの即死の悲鳴を浴びせられて、確実に命を刈り取られる。


「畜生! 前王の保護したマンドラゴラは大人しいんじゃなかったのか」


 自分の常識と与えられた情報。それだけでは、我らの進軍を阻むには足りない。


「あぁ、なんてことだ。宝の山が、万能の霊薬がぁ!」


 無数にあふれた死神の群れに、だれも太刀打ちできない。

 マンドラゴラたちは、兵士たちのたいまつを奪い、


――悲鳴をあげながら、走る。走る。走る。


 走ったあとには、無数の屍。

 生き残った人間は、あらかじめ気絶させられていた、使者の男のみ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 数日後、ある王国が『マンドラゴラに攻め落とされた』と噂が流れたが、さらに数日後には、新たに就任した王が『前王から引き継いだマンドラゴラを売って、その資金でクーデターを鎮圧した』と噂が訂正された。


 新たな王は凡庸なれど、前王と同じく自然を愛し、魔法生物の保護に熱心だったと伝えられている。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 魔法生物・マンドラゴラ

 学術名:アラウネ属マインドレイク科マンドラゴラ

 外見は複雑に枝分かれた木の根。木のシワに似た目と口があり、人語を解する知能を持つ。

 すり潰せば万能の霊薬【エリクサー】材料となるため高額で取引され、一時期は乱獲により、絶滅が危惧されていた。

 丁寧に飼育すれば、飼い主に予言と富を授けるとされている一方、マンドラゴラの悲鳴を聞いた者は命を落とすとされている。

 収穫に失敗すれば、命を刈り取る悲鳴を上げながら逃げまわるため、被害を拡大させないように、事前に耳栓と防音効果の結界を用意するなど対策を執ることが重要となる。


【了】


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