第3話


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 数時間後。


 家に帰ったわたしは、今までの自分の態度を猛省して、家族にこれからのことを話して、あらためて頭を下げた。

 目じりを下げて安堵する父と母の顔は、切ないほどに年老いていて、シワも白髪も明らかに増えている。

 

 しっかりしないと。

 

 と、自分を奮い立たせて夕食の席につくと、テレビ画面に緊急速報のテロップが流された。


【本日未明、××署に××年前に連続殺人容疑で指名手配された男が、凶器に使用されたと思われるナイフを持って出頭しました。容疑者は逃走中にも犯行殺人を重ねており、余罪を追及するとともに――】


 あっ……。


「××署ってうちの近くじゃない、いやねぇ」


 キッチンと居間をせわしなく往復している母の声が、わたしの耳を素通りする。

 テレビの中で映し出される、警察に促されてパトカーに乗せられている作業着の男。男の首筋に大きく【梵】の字の刺青が彫られているのを見つけて、冷たい恐怖が背筋を撫でた。


 どくどくと心臓が痛いレベルで脈打ち、全身の毛穴からぶわりと汗が噴き出て全身をぬらす。

 下手をしたらわたしは殺されていて、桜の木の下に埋められたかもしれない可能性が浮上し、身体が冷たくなっていくのを感じた。


「どうしたんだ? 顔色が悪いぞ」


 父が心配そうにわたしの顔をのぞきこみ、反射的にあげそうになる悲鳴をなんとか堪える。


 タイムカプセル……時効……思い出の品……凶器……彼の中では、事故で死んだ家族。……いや、は隠したかった?


 イヤな点と点がつながっていき、見たくない惨劇を見た気がした。


「いえ、今日、神社で、に出会ってしまって」


 わたしの言葉からニュアンスを察して、父が同情の眼差しを向けて言う。


「そうか、春だものな。変な人間に出くわすわけさ。まったくよくある話だな」

「……そうね。ただ、わたしの運が悪かっただけで」


 桜に罪はない。

 けれども桜を見るたびに、わたしは首筋に大きく【梵】の字が掘られている、独善的な殺人鬼のことを思い出すのだろう。


 行き場のない恐怖に、目の前の現実が変質する。


 あぁ、桜が嫌いになりそうだ。


【了】

 

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さくらん、ちるらん たってぃ/増森海晶 @taxtutexi

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