第4話

「オレもです。オレは幸せ者ですよ。仕事しか能がなくて、女性にすら興味がなかったのに、貴女はオレに愛する心を教えてくれた」


 天帝に命じられて、天界に連れてこられた当初、彦星は自分が周囲の神々に、見下されていることを感じ取っていた。

 にこやかに接しているものの、挨拶をする時の目つき、声の抑揚、汚いものを避けるかのように、一定の距離を取ろうとする繕った態度。


 嫁となる織姫も、もしかしたら、そんな周囲の神々と同様に自分を見下すのではないかと、出会うまでは恐々きょうきょうとして、わが身に降りかかった不幸を呪う日々だった。


『この娘が、お前の嫁になる織姫だ。どうか、仲良くやってくれ』


 だが、天帝の影に隠れるように紹介された、この可憐な姫君は彦星を差別せず、丁寧に天界での作法を教えてくれて、慣れない生活で折れそうになった彦星を、何度も根気強く励ましてくれた。


『こ、こんにちは、初めまして』

『あ、は、はい。こちらこそ』


 緊張してガチガチになった彦星に対して、織姫は頬を染めて恥ずかしそうにしていた。

 その初々しい姿に、彦星は胸がときめいたことを覚えている。

 思えば、あの瞬間に彦星は恋に落ちたのだろう。

 そして、恋から愛へと――。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 天帝は働き者同士をくっつけて、互いを想いやる気持ちが生まれることを期待したのだろう。その目論見は成功したが、天帝自体が愛というものを理解せず、二人を都合よく動かず道具のように考えていた節がある。


 年に一回。しかも、雨が降ったら会うことが叶わない。

 仕事至上主義ではなくなった二人が、出会う以前の仕事のクオリティを求められて、どちらか一方の仕事がおろそかになったら、もう二度と再会することは叶わない。

 お互いがいお互いの人質となった状態で、限られた時間の中で、二人は自由になるための脱出計画を話し合い、途方もない長い時間をかけて計画を実行した。


「だから、何度も何度も、オレは貴女に愛を囁きましょう。織姫、愛しています。ずっと、ずっと、傍にいてください。マイハニー」

「――はい! よろこんで、マイダーリン」


 一時的な善意で与え、理不尽に取り上げる。

 世界で一番偉い存在だからといって、こんな理不尽に屈したくない。


 こんな運命、クソ喰らえっ!


 織姫の彦星もお互いを愛し合っている。

 そして下界に降りたら、もう二度と天界ここには帰らない覚悟と決意を固めている。


「さよなら」


 二人は流れ星になった。


【了】

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シン・織姫と彦星 たってぃ/増森海晶 @taxtutexi

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