第60話 別荘

「翔優、近々、引っ越そうと思う。藤波家が手放そうとしている別荘にうつろうかと思うんだ。」


僕は翔優に写真を見せた。

翔優はソファの向かいに座って、写真を受け取って見た。


「伯母がもっぱら使っていたのだが、料理好きな人で、キッチンが立派なんだ。パーティができるくらいに広い。だから、2階を住居にして、ここで店をやればいい。」


翔優は驚いたように僕を見た。


「私に……お店なんてできるでしょうか……。」


「家賃分がないんだから、経営的にはかなりイージーモードだよ。」




翔優はいつものごとく、言われた通り店を始めた。

1日、限定3組。

ランチとカフェで、メニューはこちらのお任せしかない。

辺鄙な場所で森の中なのだ。

シェフは翔優しかいないのだからしょうがない。


黒字だなんだは考えてないようだったが、営業日は予約で一杯になり、常連ができた。



貸切予約も増えて来た。

貸切のときは、坂上や藤波家のシェフが手伝った。


「なんか、三人で一緒にいるのが懐かしいな。子どもの頃は箏だったけど、今は料理だなんてね。料理も興味はあるんだけど、時間とお金がさ。だから、いい経験になるよ。ありがとう。」


坂上が言った。


「まあ、むさ苦しい男二人が暮らし続けるのは、息が詰まるんでね。良かったよ、翔優の社会性が花開いて。」


翔優は相変わらず無口だが、笑うようになった。




さらに、翔優はお客さんのマダムに気に入られて、ボランティアをやったりチャリティ演奏会に出演している。

彼はやはり儲けよりも奉仕が似合う。



時々、坂上、莉音、那央を呼んでパーティもした。

自分がこんな風に人をもてなす側になるとは思いもよらなかった。

二人は社会人になって、ますます逞しくなっていた。

この国の未来に希望が持てるのは、目の前の若者のおかげだ。



――――――――――――


僕のルーチンは変わらない。

翔優が作ったご飯を食べ、執筆をし、夜は晩酌をしながら本を読む。

きっと、一生こうなのだろう。



莉音には、莉音をモデルに小説を……と言ったが、最初から書く気はなかった。

獅堂とアキさんの人生をそっとしておきたかった。


代わりに、翔優をモデルにした男色小説が何作かできた。


執筆中に、翔優が紅茶と試作のお菓子を持ってくる。


書いている原稿に、翔優が目を落とす。


「前々から思っていたのですが、本のモデルはどれも私ですよね……?」


「ああ、そうだよ。君が変態なおかげで、ネタが尽きない。」


「……お役に立てられば幸いです。」


翔優は微笑んだ。

きっと翔優も、一生こうして僕のそばにいるのだろう。



翔優が風呂で背中を流してくれるのも変わらない。

翔優がその気にならキスをしてくる。

ようやく、彼は人間らしいキスができるようになった。



店の名前は『メモリア』。

フランス語で、”思い出”。

翔優が大切にしているもので、これからも大切にしたいと思っているのだろう。



-完-

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カフェ・アンプデモア 千織 @katokaikou

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