第二十五話・そうだ。京都、行こう。奈良編

修学旅行。

それは、色々な人間の思惑が飛び交うイベントである。

好きな人と一緒に三日間を過ごしたい。

恋愛成就のお願い事をして、お守りを買いたい。

京都の名物を満喫したい。

仏像やお寺を巡り、色々な場所を楽しみたい。

みんな、各々の想いを馳せていた。

俺は、修学旅行のしおりを見ながら、新幹線に乗って京都に向かっていた。

うん。早く着かないかな。

新幹線でも一時間ちょっと掛かるらしいが、とても楽しみである。

「やっほ! 修学旅行のしおりに付箋を付けて楽しみにしているのは、東っちくらいだぞ?」

「え? まじで??」

暇しに来た萌花はそう言う。

「東っちと、高橋っちは会話しないん?」

俺と高橋は隣同士で座っているが、特に話すことなく静かにしていた。

高橋は窓際で外の風景を撮影をしているので、話し掛けにくい。

なので諦めた。

まあ、俺も高橋も相手が無言でも気にしないしな。

「高橋は写真撮りたいみたいだし、静かにしておいてくれ」

「ふーん。東っち、暇ならこっち来ればいいじゃん」

「ああ、構わないけど。何かやっているのか?」

「ふうとふゆが爆睡してて暇してる」

「俺必要か?」

「れーなが爆睡している二人に挟まれているからな」

両肩を使われており、身動きが出来ない。

それはどんな状況ですかね。

新幹線の前列は男子で、後列は女子が固まっている。

そのため、トイレでも行かない限りは女子達がどういう状況なのかさえ分からない。

「秋月さんを助ければいいのか?」

「んにゃ、面白い光景だから見てもらおうかなって呼びに来ただけ」

「もえよ、いい加減怒られるぞ?」

比較的温厚な秋月さんでも、日々弄られていたらブチギレるだろう。

特に最近はギャグ担当の出落ちみたいな扱いをされているので、そろそろ怒ると思うわけだ。

「東っちが隣に居たら、大体何とかなるから大丈夫っしょ」

「ざっつ……」

「人間関係の盾役になって色々やってくれるのは。まあ、我慢強い東っちが一番合っているし」

萌花はギャグっぽく言っているが、普通に扱いが悪い。

「俺を過大評価しないでくれよ。最近、他の女子も何か評価高くて困るんだが」

「情報操作しとるからな」

そういうのは止めろ。

俺は、ただ静かに暮らしたいんだよ。

学校では目立ちたくないし、陰キャでいたい。

萌花は座席の手すり部分に腰掛け、俺のお茶を勝手に飲み出す。

「とりま、れーなは合いたがっているから付き合ってよ」

「そうか。まあ、暇だしな」

京都に着くまで、ずっとしおりを見ているのも無駄なので、そうすることにした。

立ち上がる前に、高橋が呼び止める。

「二人の写真撮るから目線ちょうだい」

「おけおけ」

「ああ、分かった」

二人でピースサインをする。

俺と萌花という珍しい組み合わせで、何枚か写真を撮ってもらい、高橋の満足のいく写真が撮れたようだ。

「可愛く撮れたから後で送るね」

「ま? よかったわ。サンキュー」

二人とも発言内容がぶっ飛んでいる上に、他人を気にせず我がぶれないやつだから、見ていてヒヤヒヤする。

互いの地雷を踏んでも気にしないタイプだ。

まあでも、男嫌いの萌花が高橋を悪く言っていたことはないから、認めているのか?

高橋から文化祭の写真を貰ってご満悦だったし。

中身は見せてもらってないが、みんな違う写真が入っていたって本当なんだろうか。

多少は内容が気になるけど。

プライバシーがあるし。

「ほら、ボーッとしてないで早くいくっしょ」

「ああ、すまない」

萌花に手を引っ張られて、行くことにした。

修学旅行はまだ始まったばかりだ。



「終わった……」

いや、修学旅行は終わっていた。

女子の座席に行くと、意気消沈しているグループが居た。

運動部の三馬鹿である。

「……」

「……」

俺と萌花は三人の姿が目についたが、絡まれるとまた面倒事になるので無視することにする。

「いや、話しかけてよ!?」

「どうせ、ろくなことじゃないだろ? 嫌だよ」

「可愛い女の子と京都デートする予定がある野郎は余裕綽々ですよね。異性とデートしたこともない女子は、さぞかし滑稽に見えるのでしょうね」

「……そうだな」

この空間だけ、異様に哀愁漂っているからな。

自暴自棄になって、イカ食べているやついるし。

「まあ、東っちの判断は間違ってないけど、ちょっとは理由くらい聞いてあげよ? どしたん?」

萌花なりに優しく聞いてあげていた。


「ユニバのイベント抽選外れた」


クソどうでもいいわ。

修学旅行シーズンだし、イベントの倍率は高いのかも知れないが、まったく興味が湧かなかった。

「……そうか、残念だな。もえ、早く行こうぜ」

「だね。この話ながそーだし」

普通に立ち去る。

「ちょっと待ってよ! 少しくらい話を聞いてよ」

「もえぴは仲間だよね?!」

「イカ食べる?」

無表情のまま、素手で掴んだイカを渡されても困る。

というか、周りの女子もイカ食べているから、この列車がイカ臭くなっている。

この空間で爆睡している小日向と白鷺すげぇな。

「イカうまっ」

萌花は特に気にすることなくイカをもらって食べていた。

「んで、話は聞いてあげるけど、詰まんなかったら罰ゲームね」

こいつもこいつで、鬼畜だな。

無茶振りにもほどがあるが、運動部の三馬鹿は、それに屈せず張り切っていた。

逆境だからこそチャンスに変える。

運動部だけあり、陸上のタイムを縮める努力する日々だろうから、ぐだぐた言いつつも精神的には大人なのだった。

「わたし、修学旅行中に男子と仲良くなって、恋人つくる!」

「いや、ワンチャンもねぇよ」

萌花さん!?

苛つくのも分かるけども、口に出したら負けだ。

「まあまあ、修学旅行は三日間あるわけだから、男子と絡む機会もあるだろう? 恋人はまだしも一緒に回るくらいはあり得るだろう?」

必死こいて、萌花を宥める。

萌花は悪いやつではないが、怒ると歯止めが利かないので、早めにフォローに入った。

俺が止めに入ったとしても、それで簡単に止まるやつではないけど、大切な身内だからな。

俺が何とかしないといけない。

「そーかもしれないけど」

「だろう? それで、誰と一緒に回りたいんだ?」

「……」

いや、マジで帰りたい。

無言はやめてください。

相手が居ないのに、そんなことを言い出していたのか。

萌花は面倒そうにしつつも、ちゃんと話を聞いて上げる。

「ウチのクラスだと、良いやついないと思うけど? 他のクラスだと彼女持ちばかりだし」

文化祭と修学旅行を経て、男女共に良物件は買い占められている。

俺達のクラスだと、一条がいい例だが、イケメンや性格がいい奴は、もう好きな相手や彼女がいるので対象外になる。

それ以外で恋愛対象として薦められる男子は限られており、俺達のクラスならば、サッカー部で一条とも仲が良い佐藤とかがオススメだろうか。

佐藤は、いいやつ基準で言ったら、一条に次いで真面目なやつだ。

サッカー部なので、運動神経はよく、一条と仲が良いだけあり交友関係も広い。

漫画やゲームもやるらしく、オタク文化への抵抗もない。

佐藤は、文化祭以降は紅茶にハマっていて、ネットで買った美味しい茶葉を使った紅茶を、よくみんなに振る舞っている。

手作りのお菓子を作ってくる女の子みたいなやつだ。

「佐藤はどうだ? ダメな女子でも面倒見いいし、イカ臭くても気にしないし」

「東山くん。しれっとディスるのやめてよね」

事実だし。

「えっと。ほら、佐藤はああ見えて結構馬鹿だから、恋愛対象としてはね?」

「ん~、一条くんと比べちゃうとね」

畑が同じ運動部同士だからか、距離が近過ぎると異性として見るのは難しいのか。

でも、佐藤以外となると、ミーハーなこいつらが好きになるのはまず難しい。

俺達は理系クラスで、オタク男子の割合は多いので、イケメンで運動が出来て気の利くタイプのフツメン?を探している三馬鹿とは相性が悪い。

「東山くんみたいなノリが出来る男子なら、気兼ねしなくて楽しいんだけどね」

「……俺は別に雑に扱っているだけだが」

早く帰りたい。

眠い。

京都楽しみ。

くらいしか考えていない。

余裕がある風に見えているのか知らないが、修学旅行前日に全然眠れなくて寝不足なだけだ。

「もえぴ、しばらく東山くん借りちゃダメかな? じっくり作戦練りたいからさ」

「う~ん。一人あたり食券二枚ずつならいいよ」

サラッと闇取引するなよ。

俺の人権が侵害されている。

食券六枚で売られた。


ポツリと呟く。

「正直思うんだよね」

はぁ。

「修学旅行中に恋愛恋愛とか言ってないで、お寺とか仏像をちゃんと見ろってさ」

「ああ、そうだな。正しいと思うよ。……あとさ、ブーメランって言葉を知っているか?」

「知ってるよ! 戻ってくるやつでしょ」

完全に把握した。

みたいな顔をしているが、絶対に分かってない。

頼むからこの話を終わらせてくれ。

同じ時間拘束されるならば、小日向の方が百倍マシだわこれ。

結果的に罰ゲームを喰らっているのは俺達だった。



京都に着いてからは、三日間利用する旅館に荷物を預けに行き、昼ごはんを済ませてから奈良を回ることになっていた。

修学旅行の無難なところだが、奈良の大仏や鹿を楽しむわけだ。

奈良はいいところだけど、高校生が楽しむのにはあまり適していないみたいであり、みんなテンションが低い。

優等生組の人達ですら、淡々とした態度で観光スポットを回っている。

……何故だ。

めっちゃ、楽しいじゃん。

東京にはない歴史的な文化財がいっぱいあるというのに、楽しくないのか?

「好きなの?」

小日向が隣に来ていた。

気配を消すの上手いな。

「ん? ああ、好きだよ」

他の人は興味が無かろうと、俺は好きだしずっと居てもいいと思っている。

「もっかい言って!」

「え? 何でだよ。……歴史とか興味あったっけ?」

小日向から一番遠いジャンルだ。

歴史の点数も低い方だからな。

「よく分からないけど、東山くんが好きならいい物なんだなぁって思うよ」

「そういうものか? ……あと、言い難そうだし、ハジメでいいよ」

俺との付き合いが一番長い小日向が仰々しいとやりにくい。


ぱぁっと、表情が明るくなる。


「ハジメちゃん!」

いや、それは止めて。



小日向が仲間になったので、歴史に疎い小日向のフォローをしながら展示物の説明をしていく。

俺もそんなに詳しいわけではないが、パンフレットを駆使して上手く対応していった。

小日向の学力に合わせて噛み砕いて説明するだけなんだが、嬉しそうにしていた。

俺は仏像や民芸品などの物に興味があるが、小日向は美術品や着物などの視覚的に鮮やかな、色彩豊かで綺麗な美術品が好きみたいだった。

歴史的な価値がある物は理解するのが難しいので、可愛いや綺麗であったり価値が分かりやすい物が好きらしい。

小日向らしい感想である。

まあ、美術館巡りは突き詰めたら自分の感性に引っ掛かるかどうかだ。

仏像を見て楽しい人間もいれば、絵画を見て楽しい人間もいる。

興味がないのだから、何度聞いても理解出来ずにはてなマークを出すのも正しいのだ。

小日向と一緒に色々見ていくが、辛そうにしている。

「別に無理しなくていいんだぞ? 他のやつは仏像とかは流して見ているし」

「でも、教えてくれるのは嬉しいし、せっかくの修学旅行だから一緒に回りたいもん」

「俺と回っていて楽しいか?」

「うん!」

屈託のない笑顔だな。

小日向は単純な思考しかしていないから、本心なのだろう。

「ああ、そうか」

小日向は美術品が好きなんじゃなくて、俺と回りたいだけなんだな。

じっくり見ている俺のせいで無理させているのか。

小日向の為に、展示物を回るスピードを早めてあげないとな。



カフェスペース。

観光終わりにゆっくり出来る奈良カフェが流行らしく、色々楽しんで歩き疲れた人用に、休憩スペースが完備されている。

俺と小日向は、先に回り終わっていたよんいち組とカフェで合流する。

「わあ! いいなぁ、私も何か頼もうかな」

小日向は、みんなが頼んでいる飲み物とデザートを見て、目をキラキラさせていた。

女子は甘いもの好きだよな。

「ここの名物は大仏抹茶きなこラテだそうだ。風夏も頼んだらどうだ?」

白鷺がメニュー表を渡してくれた。

カフェにおける大仏要素はよく分からんけど、女子が好きそうなメニューが多い。

うん、血糖値爆上がりしそう。

「東っちは?」

「ん~そうだな。色々種類あるけど、やっぱコーヒーかな」

「相変わらずブレねえな……」

まあ、コーヒーが好きだからな。

それに俺は基本的に甘い物は苦手だ。

流石に大仏抹茶きなこラテとか飲めないのだから、仕方ないだろう。

小日向みたいに甘い物が好きなら別だが。

「あとはね、うーん。大仏抹茶きなこプリンも頼もうかな」

それまったく同じ味だろ。

違いが分からん。

食べ合わせなど気にすることなく、小日向は美味しそうなものを好きなだけ頼んでいた。

デザートが出てくるまでの間に、軽く雑談する。

みんな、歴史に興味がないわけではないが、やはり女子が仏像や美術品に価値を見出だすのは難しいようで、萌花はともかく白鷺や秋月さんも気乗りではなかった。

「もえには、よーわからん世界だな」

「だねぇ。私にはちょっと早い世界かな。私達とは違って、東山くんは仏像とか好きなんだね」

秋月さんもまた、遠回しに興味がないことを伝えてくる。

他のクラスメートも時間が過ぎるまで適当に修学旅行のノルマをこなしていて、男子に至っては修学旅行のしおりすら持ち歩いていない。

かなり自由だが、仕方ないか。

普通の反応だよな。

一緒に回ってくれている小日向だって、俺が好きじゃなかったら付き合ってくれないだろうから、修学旅行を真面目に楽しんでいるのは俺だけだった。

「しゃーない。JKからしたら修学旅行なんて、恋愛イベントの一つくらいだもんね。あわよくばワンチャン狙っている女子の方が多そうだし」

「へえ、そうなのか。たしか、運動部の連中は恋愛成就のスポットとか調べていたっけな」

京都だと、清水寺とか八坂神社とか、恋愛に所縁ある場所は多い。

「奈良だと春日大社の夫婦大國社とか人気みたいね」

「さすがれーな。よー調べてるな」

「いえ、有名だって隣のクラスの人から聞いただけだけど」

「へぇ。他意はないと?」

「……」

「……」

奈良に来てまで、心理戦するなよ。

美味いコーヒーが苦くなる。

流石の俺でも旅先までフォローするの大変なんだが。

小日向は甘い物を食べるのに夢中だし、白鷺は二人のやり取りが日常化しているからか気にしていない。

「まあまあ、旅館に戻る前に自由時間があるから、行ってみるか?」

「東っちが恋愛スポットに興味があるとは思わなかった」

「いや、みんな行きたそうだし。美術品を鑑賞しているよりかは、興味持てるだろう?」

「まあ、そーかもね」



自由時間の間に移動して、夫婦大國社に着くと、恋愛スポットだけあってか参拝者の多くがカップルや女性ばかりであり、野郎が居るとアウェイ感がやばい。

特に制服姿の学生は俺くらいだった。

俺は恋愛スポットに興味がなかったので入口で待っている気だったが、萌花に殺されそうなプレッシャーを感じたので付き添うことにした。

「あっち行ってみよう!」

「ああ!」

小日向と白鷺が走っていく。

仏像の時とは、みんなの食い付きが違うな。

これが女子か。

「二人の相手してくるわね」

秋月さんも居なくなる。

恋愛スポットだからか、回りたいところがあるのだろう。

俺の隣には萌花が居た。

「もえは行かなくていいのか?」

「あんまそういうの信じてないし」

「ああ、まあ。そうだよな」

萌花は恋愛ってキャラじゃない。

スピリチュアルなことは信用しないで、自力で解決するタイプだろう。

現実主義だな。

とはいえ、このまま突っ立っていても辛いだけなので上手く誘うことにした。

「一緒に回ろうぜ? もえと御参りしたいからさ?」

「まー、東っちがそういうなら。せっかくの修学旅行だし、回ってあげるよ」

「ありがとう」

御参りを済ませて、恋愛スポットの説明文を見ながらどんな場所なのか確認する。

恋愛は恋愛でも、夫婦と付くだけありカップルや既婚者にご利益がある場所らしく、恋に発展していない人にはあんまり関係なさそうだった。

「ほれみて。独り身が御参りしたら、いい結婚相手が訪れるってさ。家事が上手くなるとか書いてある」

「へぇ、色々あるんだな」

所縁のあるお守りとか、恋愛絵馬とか置いてある。

ピンク色が基調になっているものが多い。

小日向達は絵馬を買ったらしく、文字入れをしていた。

「東っち、覗くなよ?」

覗かないけれど、萌花に言われたらビクッとしてしまう。

「それくらいの常識はある」

恋愛関係でやぶ蛇すると死ぬからな。

何を書いているかは気になるけど、知ったら知ったで後悔する。

恋愛絡みの願い事は、可愛い内容ばかりではないからだ。


「れーなに、うざがらみしてくるわ」

「願い事を弄るなよ?」

「まーさすがのもえでも、ガチのお願いはいじらないって」

軽い願い事なら弄り倒す気満々である。

萌花が弄らなかったら弄らなかったで、ガチの願い事って俺にバレるやつじゃん。

どう転んでも、結果的に秋月さんが不幸になる未来しか見えないのだ。

我らのクラスの子守萌花だけあり、そこまで分かってやっている。

策士か、こいつ。



夜になると旅館に戻り、晩御飯までゆっくり待っていた。

部屋は男子八人くらいが一緒になっていて、仲が良い運動部とオタク達で分かれている。

俺や高橋は普通にオタクだし、夜まで運動部独特のテンション高い絡みも嫌だから静かな部屋を選んだ。

まあ、枕投げも恋バナもしたくないし。

恋バナの生け贄になるのは一条だけでいいだろう。

夕暮れまで色々回った疲れが、今になって一気に出てくる。

お茶と和菓子と貰いながら、ゆっくり寛いでいた。

他の男子は鞄からカードケースを取り出して遊ぶみたいだった。

俺が見ているのに気付いてか。

「東山くんも遊戯王やってたりする?」

「遊戯王か、やってないよ。小学生の頃にちょっとだけやってたけど、今は全然だよ」

小学生の頃は、駄菓子屋前に集まってデュエルするのが一時期流行っていたが、中学高校となるとみんなで遊ぶなんて疎遠になってしまうものだ。

ましてや、人と接するのが苦手な陰キャだからな。

「そうなんだ。まあ、東山くんは僕達と違ってリア充だもんね」

え? いつの間にかリア充枠にされているんだが、身に覚えがないぞ。

「晩御飯まで静かに遊んでいるから、五月蝿かったら言ってね?」

「ああ、うん……」

同じオタクなんだが、妙な疎外感を覚えていた。

俺も遊戯王は知っているから仲良くなれたらいいんだが、静かに遊びたいらしいし、間に入るのは難しいか。


「「ーー決闘!!」」


「俺のターン! ドロー!!」


やべぇ。

ガチの決闘者だ。

原作キャラになりきって、デュエルをし始める。

俺程度の知識では会話に入れないやつだ。

流石、決闘者。半端な気持ちで入っていける世界じゃなかった。



七時過ぎに宴会場に集まって晩御飯を食べて、旅館内をゆっくりして、露天風呂に入ってから就寝することになっている。

二年生は六クラスあるので、俺達の理系クラスは最後の最後に入浴しないといけない。

その間は暇だから、大広間でテレビを見ながら雑談している者や、お土産を買っている者などがいる中、出会いを求めて男子や女子に話し掛けている者もいる。

ワイワイやっているのは、大体他のクラスの奴らであり、ウチのクラスの奴らはあんまりいない。

みんなデュエルしていて暇だから大広間に寄ってみたが、話し相手もいないので一旦自分達の部屋に戻ることにした。

部屋に入ると、よんいち組の奴らが顔出しに来ていたらしく、大広間に向かうので伝言よろしくと言われたらしい。

「ありがとう。スマホ置きっぱだったな」

修学旅行のルールで旅館内は携帯電話の持ち歩き禁止だったから、素直に従って置いたままだった。

スマホの画面を確認する。

「ひぇ」

通知数こわい。

ただのホラーだったが、本人達は大した理由もなくやっているので気にしないことにする。

「すまない。ちょっと行ってくる。時間になったら戻るから、俺のことは気にしないでくれ」


ーーーーーー

ーーーー

ーー

いねぇ……。

二年生が全員で泊まれるくらいに大きい旅館とはいえ、ああも目立つ奴が見付からないものかね。

俺達が使っていいエリアは決まっているので、そこを探しても居ないとなると他の場所にでも行っているのだろうか。

流石にトイレには行っていないとは思う。

旅館のカウンターの女性に話し掛ける。

「すみません。四人組の女子が通りませんでしたか?」

「四人組ですか?」

「えっと、その中の一人が、かなりの美人で黒髪のストレートなんですが、見た目に反して子供っぽく騒いでいるタイプの……」

旅館の人の表情が固くなる。

後ろを見ろと、アイコンタクトで伝えてくる。

振り向くと黒髪美人のアホな子がいた。

「どしたの?」

「いや、聞いていたか?」

「よく分からないけど、連絡したら直ぐに出てよね。私、ハジメちゃんが死んじゃったかと思ったんだよ」

何で修学旅行で死なないといけないんだ。

ハジメだからって、殺人事件に巻き込まれるわけもないし、他人から恨みなど買っていないぞ。

カウンターの女性にありがとうございますと言って、その場を後にする。

「小日向、どこに居たんだ?」

「少しだけなら旅館の外に出ていいらしくて、みんなで夜空を見てたの」

そりゃ見付からないわけだ。

外に出ているなら連絡してほしいものだ。

旅館の入口から外を見ると、他の人も居るのが確認出来た。

「というのか、あの距離からよく俺を見付けられたな」

小日向は、数十メートル離れた場所から来たっぽいし。

夜空を見ていたらカウンター側なんて意識しない。

それに距離が離れているので、俺が居ても誰が来たか何て全然見えない。

特に俺とかは一般モブみたいな髪型と顔をしているからな。

「? どれだけ離れていても分かるよ?」

「そうか?」

「ハジメちゃん。……だって、離れた場所に私が居たら分かるでしょ?」

「それはまあ……」

名前呼んで恥ずかしがるなよ。

俺とは違い、小日向はかなりの美人であり、顔立ちも雰囲気も印象が強いためにどれだけ離れていても見分けが付く。

渋谷みたいな場所で、数百人の人混みに紛れていても小日向が居れば気付くだろう。

とは言い難いことだ。

「ねえねえ、何メートルくらいなら気付く?」

「その質問は必要か?」

「読者モデルだから、そういうの気にするの!」

「そうだな。百メートルまでなら分かると思うぞ」

「え? それって長いの?」

小日向よ。

どれくらいが普通かくらいの指標がないなら聞くなよ。

俺だって分からないわ。

「逆に、俺のことならどれくらいで気付くんだ?」

「えっとね。う~ん、あ! 一キロくらいかな?」

いやいや、校庭のマラソンくらいの距離じゃん。

長過ぎだから。

一キロの距離感すらよく分かってなさそうだった。

もしかしたら。

小日向ならその距離でも気付いてくれそうな気もするのだから、彼女は凄いのだろうな。

不意に口に出した。

「小日向、今日は楽しかったか?」

「うん! 楽しかったよ」

「そうか。良かったな」

「私はいつだって楽しいよ。詰まらない日はないよ」

楽天的なやつである。

こういうのが隣に居ると楽しいものだ。

いつも小日向は、ぴかぴかしている。

「明日もよろしくな」

「うん!」


明日もまた、大変だな。

でも、それが俺の日常なのだ。

どれだけ騒がしくても、後悔はしていない。

今はもう、よんいち組の一員だから。

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この恋は始まらない こう。 @kou1016

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