第24.5話・運動部かしまし三人娘
「げっ」
何でもない日曜日の昼過ぎ。
駅前まで文房具を買いに来ていると、やばいやつらに出会ってしまった。
文化祭の終了時に、キン肉マンよろしく、プロレス技を繰り出していた人達だ。
たしか、陸上部メンバーだっか?
名前はまあ、また今度でいいか。
俺の脳みそでは、これ以上名前を覚えられないし。
「東山くん、それは失礼じゃないかなぁ?」
「おひさ!」
「あれ? 今日は誰もいないの?」
三人は部活終わりらしく、運動部あるあるの馬鹿デカイ鞄を背負っていた。
朝練を終えた後で、重い荷物持ちながらも元気そうにしていた。
大会前なのか知らないが、日曜日の朝から頑張っているらしい。
あんまり絡んだことはないが、頑張っているのは普通に尊敬する。
いや、極力絡みたくはないけど。
陰キャの俺からしたら、運動部系のグイグイくる人は苦手である。
小日向も性格的に同じタイプではあるが、天然だが真面目な娘なのでパーソナルスペースは守るやつだしな。
休日の日曜日を満喫しながら、静かに文房具を見ているやつに、ウザ絡みするほどではない。
「風夏ちゃんは?」
「仕事」
「白鷺さんは?」
「部活」
「麗奈ちゃんは?」
「家でお菓子作ってる」
「もえぴは?」
「ゲームやってる」
聞かれそうなことは見当がついていたので。
「もういいか? じゃあな」
サラッと答えて帰ろうとする。
三人のことは嫌いじゃないが、友達の友達の友達くらいの間柄だから、話す内容がないのだ。
それに恋愛脳全開の内心が見えているので、長時間話していても嫌な予感しかない。
「いやいや、帰るの早いからね?」
「お昼だから忙しいってワケじゃないでしょ? ちょっとくらい話そうよ」
「マック行こ!」
「いや、それはちょっと……」
根掘り葉掘り聞いてきそうだし、俺以外のやつの情報を話すわけにもいかない。
俺にだって、守秘義務がある。
「じゃあモスならいい?」
「そういうことじゃなくて」
「うんうん。分かったよ。ケンタね!」
チェーン店変えても意味ないから。
小日向みてぇな思考のやつのせいで、会話が進まない。
「はぁ……少しだけならいいよ」
完全に拒絶したら、学校生活に支障を来すので、まあ一時間くらいなら話してもいいかな。
これを逃したら、クラスで会話する機会もないし。
クラスメートだから、小日向達の顔を立てないといけないってのも難儀なものだ。
マックに移動して、四人テーブルで腰掛けることにした。
俺は上座の一番端に座り、出口を塞がれていた。
ごく自然な流れで俺を逃げられないようにしているあたり、三人の悪意を感じる。
運動部だけあってか、男子の扱いに長けていた。
それはさておき、三人はこれからお昼ご飯みたいでランチセットを頼んでガッツリ食べていた。
俺は昼ご飯を済ませていたので、百円のコーヒーを頼むだけである。
「ほら、東山くんもポテト食べていいからね」
「ありがとう」
お言葉に甘えて一口頂く。
女三人寄ればかしましいと言ったものだが、食事中は流石にマナーを守っていて、ハンバーガーを食べ切るまで静かにしていた。
「喋りながら食べても構わないけど?」
「いや、だって恥ずかしいじゃん。男子の前でバクバク食べながら会話してたら、女捨てているみたいだし」
「へぇ、そういうの気にするんだ」
俺は気にしないけど、気にするやつは気にするか。
女の子が上品で可愛いと思っている層は、少なからずいるだろう。
彼女らなりに、気を遣ってくれているみたいだ。
いつもならバクバク食べて会話するのが普通でも、クラスメートである俺に知られるのは、まずいのかも知れない。
一条とも友達だから、好きな人にバレないかとか、横の繋がりを気にしているのかな。
みんな、運動部の男子とも仲良いしな。
「風夏ちゃんとかと比べたら、ウチらは女子力低いかも知れないけど、そういうのはちゃんと気にしているんだよ」
日焼けのせいで、肌や髪がパサパサしていたり、陸上部だから筋肉質で脚が太いとか、口々に愚痴を言っていた。
「……小日向を引き合いに出す意味は分からないが、無理して上品に食べるのは違うと思うぞ? 俺は美味しそうに食べている姿が好きだし」
マナーを気にしていたら、美味しい料理も美味しく感じなくなるものだ。
料理は一番自然な食べ方で、美味しく食べるのが最優先である。
好きな男子がこの場に居たとして、ご飯すら自然体で食べさせてくれない野郎に何の価値があるか分からない。
「そうだよね! ありがとう! バクバク」
指摘されて即座に止めるのもどうかと思うけど。
「東山くん、真面目だからマナーとか厳しそうなのに意外だね?」
「え? そう見えるのか?」
クラスメートからはそう思われているのか。
妙に壁があるし。
「文化祭の時とか、マナーに厳しかったじゃん」
「ああ、あの時か。紅茶の淹れ方とかは、あれが一番美味しい淹れ方だっただけで、特別厳しいわけじゃないけど。男子が忠実に淹れてくれていただけだし。……まあ、食べ物で遊ばない限りは怒らないよ」
「食べ放題でいっぱい残したりとか?」
「ドリンクバーでジュースを混ぜたり?」
学生がやりそうなことだな。
二つとも、俺は絶対やらないと思う。
どちらも常識レベルだし。
「そんな感じだな。食事を無駄にしたら生産者に悪いし、嫌われるからな」
俺の周りの人間も、食事に関してはマナーがちゃんとしているからな。
食べ物を大切にするのは、染み付いた習慣だ。
「東山くん、お金持ちなの?」
「親は公務員のいわゆる庶民だけど……、その質問は必要か?」
親父が無課金でスマホゲームを頑張っているくらいにカツカツな庶民だ。
小遣いも少ないから、マックのコーヒーを飲むのも考えて買っているくらいである。
「ほら、東山くんはウチの馬鹿男子とは全然違うじゃん。文化祭だと人生二回目みたいな落ち着き方していたし、女の子にも慣れているし。モテるのも分かるし」
はあ。
文化祭時は内心はビビり散らしていたし、よんいち組には振り回されているけど、端から見たらそう見えるらしい。
あと、モテたことないわ。
「分かる分かる! 何だか、大学生っぽい感じ」
「ウェーイって言わないの東山くんくらいだよね」
「紙飛行機で遊ばないし」
クラスの連中は小学生かな?
それと比べられて大人とか言われたところで、褒められている気がしないものだ。
ほぼ空気で真面目にしているだけで、株が上がるとか、訳が分からない。
一条や高橋みたいに女子全員と交流関係があるやつならまだしも、二回や三回しか話したことないのだ。
過大評価しないでほしい。
「俺はそんな人間じゃないよ。普通の人間で日陰者だから、そんな評価を受けるような人間じゃない」
「それは、東山くんが風夏ちゃん達と仲が良いし、知る機会はあるんだよ」
「文化祭のクラス委員をあれだけ頑張っていたら評価されるのは普通だよ」
「ほら、放課後の一件もあるし」
やめろ。
最後のそれは黒歴史だ。
男子に知られていないのは不幸中の幸いではあるが、あの一件以来、女子から弄られる場面が増えてしまった。
秋月さんの事といい、俺の情報を女子全員が周知しているし、そんなに気になるものなのかね。
女性は恋バナ好きってことか。
「それで、東山くんは誰が好きなの?」
「風夏ちゃん?」
「白鷺さん?」
「秋月さん?」
「もえもえ??」
壁際の人間に圧を掛けてくる。
俺が逃げられないことをいいことに、詰め寄ってきていた。
公衆の面前で何でそんな重大なことを発表しないといけないんだよ。
しかも、こういうのを追及する適役者は他にいるはずだ。
いや、彼女達が悪いとは言わないが、ただのクラスメートじゃん。
仲良い上に、いつも世話になっている一条とか、黒川さん西野さんとかいるわけだし。
まるで旧知の友並みに、テンション高く熱く語っていた。
「……好きかは知らんが、大切な人とは思っているから、それだけじゃ駄目なのか?」
「東山くんは男子だし、女の子との恋愛には疎いかも知れないけど、好きって想ってくれている相手の気持ちに気付いてあげないと駄目だよ」
「いや、気付いてはいるぞ?」
ーーーーーー
ーーーー
ーー
「はぇ?」
素になるなよ。
「文化祭の時には一緒に回っているし、休日の予定を知っているくらいには仲が良いからな。相手の気持ちには気付いているよ」
「ほぇぇぇ、東山くんは難聴系主人公じゃないのですか?」
「ラノベの主人公かよ。俺はアホな方だが、いつも一緒に居てくれている人の気持ちくらいは分かるぞ」
隣のやつがメモ書きしている。
「何してるん?」
「え? ちゃんと文面として記録に残さないと」
文字起こしするな。
完全にオフレコだよ。
聞かれたら不味いことしか話してないのに記録に残すなよ。
自分だけの心に留めておいてくれ。
「じゃあ、ちゃんと好きって言わないとね! 好きな人と付き合えたら、みんな喜ぶよ!」
「あ、みんななのか……」
全員ではない。
気持ちに気付いていたとしても、それに応えるのは難しいのだ。
それこそ、誰か一人。俺が好きな人を決めてしまえばいいのだが、仕事仲間にせよ、サークル仲間にせよ、切り離せないくらい大切な存在になってしまっている。
俺もみんなが大切だし、身内として好きって気持ちはあれど、異性として好意を持っているわけではない。
今この状況で、一人の為に全てをかなぐり捨てて、誰かを選んであげられるほどの愛情も度胸もないと思う。
本当にクソ野郎で申し訳ない。
「……すまないと思っている。だが、いつかちゃんと応えられるように努力をするから、今は許してほしい」
女子達は、何が正解なのか深く考えているが、答えは出てこない。
どうしても不幸な者は出てくるのだ。
選ばれなかった結末を、学生の失恋と呼ぶには傷口は深過ぎるものであり、恋愛の答えを安易に決めることは出来ない。
ましてや部外者が助言していいものではない。
これ以上深追いして何かあれば、責任を負うことに成りかねない。
それでも、一つだけ助言してくれる。
それが優しさなのだろう。
「そっか。直ぐに出来ないのは分かったけど、女の子を泣かせたら許さないからね!」
「そうだな。泣かせたら殴ってくれて構わないからよろしくな」
パンッ!!
「殴られた?! え、今なのか!?」
「いや、この前に麗奈ちゃん泣かせたし」
「え? 以前のことも適応されるの??」
「よく考えて……女の子はね……」
女の子の気持ちに過去も現在もない。
泣かせた事実がある以上、ワタシが殴る義務がある。
好きな娘のことを想えば、それが正しいでしょう。
意味不明だけど、最もみたいなことを言う。
「そうね」
一拍空けて、続けて話す。
「こいつ、風夏ちゃんも白鷺さんも泣かせた過去があるから、その分も殴りましょう」
何で知っている?
その事実を知っている人は限られているはずだ。
「え? もえぴ」
安定過ぎる情報漏洩である。
萌花は絶対分かってて言っていた。
結果、俺がしばかれる。
暗い話ばかりしているわけにはいかないので、流れを完全に断ち切り、最近の他愛ない話をすることにした。
あの後、小日向と白鷺を泣かせた分とは違う、理由が分からない一発を喰らわされたが、水に流しておく。
「もうそろそろ修学旅行だね。自由行動は何処行く?」
「ユニバ」
「たこ焼き食べたい」
「お? いいね! たこ焼きは候補に入れとくね。大阪だし、串カツも食べたいね」
三人娘で自由行動は遊びに行くみたいで、候補地をメモ書きしていた。
「……自然な流れで言っているけど、修学旅行は京都だろう?」
ハロウィン前に修学旅行がある。
三日間の大きなイベントだ。
一日目と二日目は奈良と京都を観光して、最終日は自由行動になっている。
先生は各自の自主性に任せると言っていたので、大阪まで練り歩いてもいいとは思うが、修学旅行の主旨からは外れてしまう。
「東山くんは三日目は何処に行くつもりなん?」
「何処って、普通に寺を巡るつもりだけど」
「女の子が寺好きだと思う?」
「え? 面白いだろ。仏像とか、重要文化財とか見たりするの楽しくないか?」
「老人か」
「好きなのは構わないけど、女の子を巻き込むなよ」
「アホじゃないんだから、普通にショッピングにしときなよ」
ボロカスやん。
女子達は色々提案してくれて、京都の観光とカフェ巡りがオススメだと言う。
「ほら、甘いものが嫌いな女の子はいないし、東山くんは京都の美味しいコーヒーが飲めてWin-Winでしょ?」
「それは構わないけど、やっぱりお寺は色々回りたいんだが……」
「京都観光したいなら、二日目に回っとけ!」
「野郎に人権があると思わないでよ!」
「こっちは可愛い女の子とのデートの話をしているの!寺は! もう! いいんだよ!!」
感情が昂るのは分かるが、台パンすんなよ。
つか、修学旅行の予定なんだから、京都の話をしてくれ。
カフェの話と抹茶のデザートの話しかしてないんだが。
「らちが明かないなぁ。東山くん、他の子と連絡取れるでしょ? 今から駅前に来れる子呼んでよ。みんなで予定を考えましょ」
「今からか? 小日向は仕事だから、それ以外のやつに聞けばいいのか?」
「そう! 日曜日の昼からでも、男が呼んだら来てくれるような女の子!」
尻が軽い女の子みたいな言い方をするな。
これで直ぐに来たら、そう思われてしまうやつだろ。
五月蝿いので、言われた通りにラインをしておく。
秋月さんと萌花は、直ぐに返信がきた。
「秋月さんは直ぐに来れるってさ。取り敢えず、三十分後集合くらいでいい?」
「女の子なんだから、一時間後にしなさいよ」
「え? 家から十分くらいだし、準備に二十分あればいいんじゃないのか?」
出掛ける準備をする時間もあるわけだから、問題なさそうだが。
「化粧の時間は?」
「女性が日曜日の昼間から、家にいる時に完璧に化粧していると思っているのか?」
「女の子はね、好きな人の前で可愛くなるのはすっごく時間が掛かるんだよ。ちゃんと感謝しなさいよね」
ボロカスに言ってくる。
まあそうか。
秋月さんみたいな人は、いつでも可愛くいたいものだよな。
目の前の三人より女子力高いし。
「今、失礼なこと思ったでしょ」
「いや何も」
「正直、化粧をしていなくても普通に可愛いと思うんだがな。そういうものなのか」
「東山くん?! 女の子の素っぴんと化粧の上手さを褒めるのはNGだから止めろよ!? いやまじガチで!」
騒がしい。
マックで盛り上がるから、他の人も見ている。
それを宥めつつ、他のメンバーが来るのを待つ。
「やーやー。お待たせ」
電車に乗ってまで萌花が来てくれた。
秋月さんよりも少し早く来てくれていて、たまたま地元の駅前に居たらしく、そのまま直行していた。
「もえぴ、早くない?」
「昼ごはんから、そのまま来たからね」
人数が増えるので四人用のテーブルから移り、八人くらいが座れる場所に移動する。
「あれ? れーなは?」
「秋月さんはもう直ぐ来るってさ」
「ふーん。れーなの家からなら直ぐじゃん。もえの方が早いのはおかしくね?」
「いやそれが……」
説明するべきか悩んだが、何かを察してか納得していた。
それから遅れて秋月さんがやって来た。
「はあはあ、遅れてごめんなさい」
慌てて来た秋月さんは、息を切らしながら大きく胸を動かしていた。
花柄の可愛いワンピースを着ていて、髪型もいつも以上にゆるふわであった。
休日だからか、お洒落な甘い香水の香りがしてくる。
「「「「えっろ……」」」」
お前らは心の中の声が口に出過ぎだから。
それは言っていいんかい。
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