第5話

 東暦千九百四十年十一月一日。

 第二次東西戦争の終結から二年が過ぎた。

 両軍合わせて千万人の死者を出した戦争は引き分けに終わった。

 残されたのは、受け入れ難い痛みだけ。

 東国に美しいと言える街はなくなった。

 そして、人口の二割以上を失い、二十代男性の約五割が帰らぬ人となった。

 

 国やメディアに全ての責任を転嫁する者、愚かだった己を呪う者、西国により激しい憎しみを抱く者、ただ愛する者の死を悲しむ者。

 

 そんな、皆が何かを嘆く東国の静かな墓地で物語は終わる。


 平和条約が結ばれ、やっと墓標を掘れるようになった墓の前で祈りを捧げる親子。


 母親は、紅く染まる空よりも赤い髪をしている。

 今年で五歳になる息子は、父親に似て正義感の強い凛々しい瞳を持っている。


 母朝は、目を閉じて、近況を報告し、見守っていて欲しいと強く祈る。


 息子は母親の見様見真似で、手を合わせる。


 祈り続ける母親の邪魔をしてはいけないと子供ながらに思うが、写真でしか見たことのない父親と祖父母の墓を回った後なので、疲れた手足をモジモジさせる。


 それに気付いた母親が、


「そろそろ行こっか」


 と笑った。


「うん!」


 日が落ちかけ、カラスの声がする。

 子供には少しおっかない墓地で、いつもの笑顔に安心する。


 そして、我慢していた足の怠さが一気に押し寄せてきて


「だっこ......」


 甘えるのだった。


 母親は赤毛をポリポリとかいて、また笑う。


「甘えん坊め〜」


 母親は、可愛いい我が子を持ち上げて言うのだった。

    

「あなたの名前は、誰より強い人から貰ってるんだからね」


 最近文字が読めるようなった息子はいたづらっぽく笑う母親のほっぺをすりすりする。


「それって、このひとのこと?」


 五歳で文字が読める、天才なのでは?

 

 流石あの人の息子。父の孫。


 なんて親バカを心のなかで発揮して母親は


「そうよ、私のお父さん」


 また笑うのだった。


「ん? ふ〜ん......そおなんだ.....ぼくねむいや」


 祖父が三人いることに一瞬疑問に思ったが眠気を優先した息子

 トニー•ロイスの背中を撫でる母親。


 アンナ•ロイス。

 

 幼い頃に両親を戦争で亡くし、親戚に捨てられ、逃げ場のない牢獄に囚われた。


 そんな境遇から救ってくれた"お父さん"も国に殺され、最愛の夫も先の戦争で亡くした。

 夫亡き後もよくしてくれた義理の両親も空爆で亡くした。


 どれほど涙を流したか、分からない。


 何度底のない絶望に呑まれそうになったか分からない。


 それでも、アンナは生きていく。


 誰かを呪うことをせず、ただ、腕の中にある、幸せを優しく抱きしめて。


 そうあれるのは、先にいった強く優しい人達の生き様を見てきたからだ。


 愛してもらったからだ。


 私が、強く優しくあることが、あの人達の偉大さの証なのだ。


 そして、息子がいてくれるからだ。


 息子の為に、何かしてあげたい。


 そう思えるから、強くあれる。


 笑っていられる。


 救われる。


 アンナは、強く強く明日への一歩を踏み出すのだった。


(また来るね、お父さん)

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使用人の娘が全てをくれた 秋田 夏 @maedataro

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