帝国再興記~Gartschlands Gloria~

第四幕-2

「諸君！先ずは横1列に並んでくれ」

　スラムから城門前の跳ね橋まで移動すると、カイムは付いてきた少年少女をその場に並ばせた。その集団には何故かチンピラ達も当然のように混ざってており、各々が文句を呟きながらも身売りの少年少女達の横に並んだのである。

「ブリギッテ、済まないけど彼等の足元に一本線を端から端まで引いてくれないかい？」

　1列に並ぶ少年少女達の前で言ったカイムの頼みに、ブリギッテは数秒の沈黙を返すとゆっくりと剣の鞘で地面に一本線を引いた。

「納得してませんから」

「解ってる解ってる。何度も言わんでもな……」

　ゆっくりと地面に線を引くブリギッテは、カイムとの擦れ違いざまに彼の顔を覗き込むと刺すような自然で呟いた。

　だが、ブリギッテの態度に慣れ始めたカイムは、こういった彼女の軽い文句には適当に相槌やコメントをすることで受け流すようにしたのである。

「改めて諸君！私は君達に一切期待していない」

　ブリギッテが線を引き終えると、カイムは唐突に突き放すような言葉を列に向けて放った。

　そんなカイムの一言には当然その場の全員が呆気に取られ、列からはただ沈黙が帰ってきたのだった。

「簡単なことだろう。諸君はついさっきまで何処にいた？今まで君達は何をしていた！」

　語るカイムは、横1列の1人1人へ指差しながら話を続けたのである。

「スラムの道端に力なく座り込んでいた。迫り来る餓死に怯え震えていた。弱者であることを忘れ、更なる弱者を虐げた。そして、その弱者からの弱者に対する横暴を甘んじて受け入れた！」

　カイムは侮蔑を込めた視線を並ぶ全員へ向け、列の端から流れるように手を向けた。

　その手が列を撫で、差し向けられた者達はカイムの言葉を受けると俯いたり視線を逸らしたりしてみせたのである。

「そんな諸君は！一様に！価値がない！そこの石ころより価値がないごみの吹き溜まりだ諸君は！」

　カイムは断言するように言った。その言葉は確かに事実であり、それを反論できず聞くしかない列にいる全員の心に深く刺さった。

「てめぇ、言わせておけば好き勝手……」

「今の諸君らには価値がない。だが、私は諸君らに、諸君ら自身に大きな価値を与えるチャンスを作った。これから、諸君は私の新兵訓練を受けるかどうか決めてもらう。何故兵がいるのか等の質問は志願者のみに教える」

　列に沈黙が流れる中、チンピラの1人がカイムに対して怒りの声を漏らそうとした。

　しかし、それに続く言葉を発する前にカイムは彼等に語りかけたのである。彼は列の左端まで歩むと、地面の線に沿ってゆっくりと列に沿うように歩み始めたのであった。

「今後、君達が受けるであろう訓練は過酷である。また、規則もある。少しでも違反する者には罰を与えるし、成績の悪いものは容赦なく脱落させる。何より、命の保証はしかねる」

　地面の線に沿って歩きながら語るカイムの話の"命の保証はしかねる"という部分に列の全員は目を丸くした。中にはたじろいで後ろに一歩よろける者さえおり、少年少女達に動揺が走ったのだった

「さっき、命の保証をするって！」

「勿論、私は命の保証をしよう。だが、この訓練は実力主義の縦社会だ。言ったと思うが、これは軍事訓練だ。君達には戦闘訓練をしてもらうし、つまりは自己の失敗が自身の命を奪うこともある。成績が付く以上、多少危険も付くはずだ」

　遮ろうとする言葉を抑え込みつつ、語りながら列の端にたどり着いたカイムはアマデウスとブリギッテのもとまで戻ると、両腕を振りつつ大げさに列へ振り返って見せた。

「だが諸君！もし君達が、このカイムのカイムによるカイムの為の親衛隊訓練に耐え抜いたとき、諸君はこの国の誰よりも優れた、誇り高き兵士に成れる。貴族など吹いて飛ばせるような存在に！誰よりも価値が有ると示せる存在だ！歩く人々の無数の羨望を浴びる存在に私がしてみせる！」

　カイムは改めて列へ向けて強く言った。

「10数えるうちに、決断してくれたまえ。志願し、私に忠誠を誓うなら線より前へ。去るものは追わない！どちらでも私は構わないがな」

　一通り語り終わると、カイムは列に背を向けてゆったりと10数え始めた。

　列には、当然ながら困惑が広がっていた。ただ身売りした者、小バカにされて苛立ち半分で付いてきた者ばかりだったからこその正しい反応である。突然、"兵士"だ"忠誠"、ましてや命を落とす危険がいきなり告げられたら誰もが二の足を踏むだろう。

　困惑する列の中で、ギラだけが真っ先に線を越えた。

「私はあの人を信じる。どのみち、あそこに戻っても変わらない」

　ギラの言葉に続くように、一瞬迷いながらも犬系獣人の少年が後に続いた。

「餓えるのは嫌だ。それに、価値がないって言われるのも嫌だ」

　少年が絞り出すように言った言葉を聞いたブリギッテは、我慢出来ないとばかりに志願者の列に駆け寄った。

「正気ですか？貴方達はこれからあの人に武器か何かのように扱われるんですよ！あの人は同じ魔族と……」

「餓えを知らない騎士殿は、自分の命を守るより死ねと？」

「そんな事は……私は貴方達を思って！」

「ここには……餓えてしぬだけじゃない、生き残れる未来があります」

　ブリギッテの善意から発せられた言葉にギラが噛みついた。彼女としては、純粋に自分の護るべき市民を半ば徴兵するように兵士にしたくないと言う思いが溢れ、それ故に敢えて死地へ向かおうとする者達を押し留めたかったのである。

　それ故に困惑したブリギッテは、舌足らずになりながらもギラへ反論しようとした。その反論にさえギラが言い返す中、カイムから6という声が大きく響いた。

　ブリギッテに対するギラの正論は多くの者達の胸に響いたのか、ぞろぞろと彼女の後に続いて多くの者達が線より前に出ていった。

　その背中、カイムにチンピラと呼ばれていた悪魔の集団は全員がどうするか決めかねていた。当然考える時間は殆ど無く、ほぼ全員が誰かが引き返すのを待っていたのである。

　だが、その中の1人である赤髪の男が前に出た。

「おいお前っ」

　チンピラの仲間が声をかける中、悪魔の男は延び放題の赤髪をたなびかせながら振り返った。

「負け犬って言われたんだぞ許せるか！大口叩いてるんだやってもらおうじゃねぇか！」

「でっ、でもよ？」

「嫌ならテメェらはそこで突っ立ってろ！」

　自身の意思に反して仲間たちから漏れ出した弱気な発言が彼の怒りに火を付けると、赤髪の悪魔はカイムの後ろ姿を睨み付けた。

「0だ。さて、答えを聞こうか？」

　チンピラ達の口論を背に聞きつつ若干カウントを長く取ったカイムは、振り返った視界に全員が線より前に出た光景が見えたのである。

「カイム……」

　アマデウスはカイムを声にならない声で呼んだ。その声を受けブリギッテが睨む中、カイムは大きく両手を広げた。

「よくぞチャンスを得た！諸君！褒美と言ってはなんだが、早速諸君に誇りを１つ与えよう」

　カイムは広げた両腕を列に向けると、力強い声で高らかに宣言したのである。

「"忠誠こそが、我が誇り"だ」