第9話 気づいたら、皇宮入りが終わっていました。
大貴族は居城に移動魔導具を設置しているから、皇宮には一瞬で到着できる。
けれど、移動魔導具で瞬間移動できる人数は限られているし、一度使ったら魔力が溜まるまでなかなか使用できない。
皇帝陛下は移動魔導具で皇宮入りすると思ったみたいだけど、お父様はノイエンドルフの力を誇示するように、何台もの豪華な馬車を連ねて帝都に向かう。
表向き、私が疲れないようにゆっくり。
私はお気に入りの人形を抱いてお父様の隣に座り、馬車の窓の向こう側に広がる景色を眺めた。
「お父様、人がいっぱい」
「姫のために集ってくれた領民だ。手でも振ってやるか?」
ノイエンドルフ公爵一行を歓迎するため、領民が総出で見送ってくれる。
私が手を振ると、領民の歓声が大きくなった。花吹雪が舞い上がる。
広大な領地を出るだけでも、馬車で八日かかった。
隣の領地に入っても、領主の挨拶があり、領民の熱狂的な歓迎を受けた。
「公爵閣下の武勇により、悪しき魔獣は地に還りました。我が家門が地上から滅びぬ限り、深い感謝と誠意を捧げます」
「救国の英雄、伝説の魔獣を屠ってくれたのはノイエンドルフ公爵閣下だけです。帝国騎士団は風になりました」
「ノイエンドルフ公爵、万歳」
「愛らしき公女様、万歳」
「ノイエンドルフ騎士団、万歳」
帝都に近づけば近づくほど、沿道で歓迎する帝国民が多くなる。
まるで凱旋パレード。
「すごい」
私は改めてお父様の偉大さを目の当たりにする。自慢のパパ。
「あぁ、みんな、俺の姫の可愛さに感動しているんだ」
英雄はこんな時でも親バカ炸裂。
「違う。お父様に感動しているの」
「いや、姫に感動しているんだ」
「お父様と騎士団長はすごい」
私が拍手しながら言うと、前の席に座っていたあやが説明してくれた。
「帝国には皇帝陛下に忠誠を誓った近衛騎士団、帝国騎士団がございます」
「はい、帝国の騎士団ふたつ」
「さようでございます。個人で大規模な騎士団を所有しているのは代々、ノイエンドルフ公爵家のみ」
ばあやは誇らしそうに言ったけど、その卓越した武力も皇帝陛下の懸念材料。
大貴族は私兵で騎士団を結成しているけど、帝国の騎士団とは比べようがない。……ま、ギーゼラ皇后の実家は極秘の騎士団を持っていたけど。
「はい」
「狂暴な魔獣を退治できるのは、ノイエンドルフ公爵閣下が率いるノイエンドルフ騎士団のみ」
「お父様、とってもすごい」
私が褒めるとお父様はデレデレ。
とてもじゃないけど、沿道の人々には見せられない。
「さようでございます。アレクシア様のお父様は素晴しい。ノイエンドルフ騎士団員も素晴しい」
ばあやの息子も孫もノイエンドルフ騎士団員だ。お父様やお兄様が安心して背中を預けられる存在。
「はい。お父様もノイエンドルフ騎士はとってもとってもとってもすごい」
「魔獣から救われた感謝を忘れていないのでしょう。今日の帝国の平和は公爵様が魔獣から帝国を守ったからあるのです」
「お父様はすごい。帝国の騎士団、駄目ね?」
「帝国の騎士団も弱いわけではありません。他国の侵略を許さない強さです。ただ、魔獣相手には苦戦を強いられるようです」
魔獣相手の戦いは魔力がものをいう。魔導具で補える魔力不足にも限度がある。
「魔獣、いる?」
「南方で魔獣が一匹出現して、帝国騎士団が出征したようです。税金でお給料をもらっているのですから、一匹ぐらい退治できるでしょう」
ばあやはチクリと嫌みを飛ばしたけど、その気持ちはよくわかる。プライドは高いくせに魔獣には弱い。これが帝国騎士団に対する評価。
「大丈夫?」
「姫様は大丈夫です。公爵様や騎士様たちが命がけでお守りしていますから」
「そうじゃない。お父様、魔獣」
「公爵様は魔獣に団体で襲撃されても負けません」
お父様やノイエンドルフ騎士団が魔獣討伐に駆りだされるかもしれない、って言いたいのに上手く言えない。
前回、皇宮入りを突っぱねていたら、謀反の噂が立った。だから、魔獣討伐要請に応じて、ノイエンドルフ騎士団は出陣している。
罠のひとつ。
ぶるっ、と私が罠に落ちて全滅した主力部隊を思いだして震えた。全滅報告を聞いた時、お父様はガセネタだと思って信じなかったもの。
「アレクシア、大丈夫だ。魔獣なんてゴミと一緒」
「お父様、違う。魔獣退治は行っちゃ駄目」
肩を上下させながら、やっとのことで言えた。
「心配するな」
「魔獣退治は罠。帝国の騎士団に行かせよう。うちはお留守番よっ」
「可愛いな」
「魔獣は罠なの。うちのモグモグ……ごはんに毒。帝国の魔術師の罠……う~ん、行っちゃ駄目」
私が皇太子妃になったら、皇帝側はノイエンドルフの謀反を疑うことができない。魔獣退治に出ることはない。悪い予感がして必死になって説明した。
けれど、通じなかったみたい。私が言えば言うほど、お父様の顔のデレ具合がアップしたから誤解している。
そうこうしているうちに、貴族の館が建ち並ぶ貴族街に到着した。最も華やかな一等地にノイエンドルフの貴族街邸がある。
皇宮には始祖の時代より、ノイエンドルフ公爵に与えられた一角がある。本宮からだいぶ離れたノイエンドルフ宮だ。
皇帝陛下も宰相も使者たちも、私たちはノイエンドルフ宮に入るとばかり思いこんでいた。けれど、お父様は皇宮内のノイエンドルフ宮には入らない。
私はおやつを食べた後に馬車の中で寝てしまったので、お父様に抱かれて貴族街邸に入った。
久しぶりに前世の夢を見た。
皇宮を目の前にして、私の神経も昂ぶっていたのかもしれない。
美帆という名の時、ぬいぐるみを抱いて母と手を繋いでいる子が羨ましかった。
贅沢品として、ぬいぐるみや人形など、前世の美帆はひとつも買ってもらえなかった。古いタオルと輪ゴムでてるてる人形みたいな人形もどきを作って抱いたら、祖父母に怒られた。『雑巾に使えるのに勿体ない』と。
今、目覚めたら、周りにはぬいぐるみや人形がたくさん並んでいる。毎日、ベッドで一緒に寝ている子たち。
二回目の八歳でも、ぬいぐるみや人形が手放せない。私が喜ぶとさらにプレゼントしてくれるから増え続けた。貴族街邸にも新しい人形が用意されている。
決戦の朝、私は貴族街邸の侍女たちにドレスアップされ、お父様に挨拶した。
「今日は駄目。この子はお留守番」
いくらなんでも皇宮に人形は抱いていけない。馬車の前で、見送りの侍女に預けようとした。
けれど、お父様は止めた。
「アレクシア、構わない。人形、持っていろ」
「いいの?」
「あぁ」
馬車に置いておけばいいか、と私は人形を抱いたまま頷いた。
私はお父様に抱かれ、馬車に乗りこむ。
「俺の姫、寝ていろ」
馬車がゆっくり進みだした途端、お父様の宥めるような声。
「……え?」
「いいから寝ていろ」
ノイエンドルフの指輪が光ったことは覚えている。
お父様が私に睡眠魔法でもかけたと思う。私は馬車の中で寝てしまった。
後から聞いた。
眠りこけた私はお父様に抱かれて馬車から降り、大広間で皇帝夫妻に謁見したという。
「偉大なるシュトライヒの太陽、ブルノルト七世陛下、ご無礼、ご容赦いただきたい。見ての通り、我が娘はまだまだ赤ん坊」
お父様はあくまで私を幼い子供だと言い張った。皇太子妃は無理だ、っていう意思表示。
それでも、皇帝陛下はご機嫌だったらしい。
「ノイエンドルフ公爵、よいよい」
大広間で行われる仰々しい挨拶も省かれ、私が熟睡しているから歓迎会も行われず。
目を覚ましたら、貴族街邸のベッドルームでお気に入りの人形やぬいぐるみに囲まれて寝ていた。慌てて天蓋付きのベッドから飛び降り、ばあやの手を降りきってお父様を探す。
「お父様、お父様、どこーっ?」
ばあやが追いかけてきて、私を優しく抱き締めた。
「お嬢様、お父様は魔獣征伐に向かわれました」
想定外。
眠らせた私を抱いて皇宮に行って魔獣討伐?
いったい何がどうなっているの?
「どうして? お父様は謀反人じゃないでしょう?」
謀反の嫌疑をかけられていないのだから、魔獣征伐に出なくてもいいはず。
「魔獣が一匹ではなく群れだってそうです。帝国騎士団が全滅し、皇宮にいた公爵様に泣きついたのです」
ゾクッ、と私の背筋が凍りついた。
一匹だと思っていた魔獣が群れだったのも、帝国騎士団の先発隊が全滅したのも前回と一緒。
お父様が出征要請に応じ、騎士団長と主力部隊を派遣した。
結果、騎士団長が率いる主力部隊は全滅。
すべて罠だったから。
「お父様は行った?」
前回と違うのは、騎士団長ではなくお父様が主力部隊を率いていること。
つまり、私の皇宮入りについてきた主力部隊がそのまま魔獣征伐に向かった。
私の警備が手薄?
それも皇帝陛下の狙い?
「不甲斐ない帝国騎士団には苦言を呈したいけれど、結局、被害に遭うのは魔獣に襲われている土地の平民です」
貴族は平民を盾にして逃げる、とばあやは悔しそうに続けた。
お父様が英雄として人気抜群なのは、身分に関係なく助けるから。
「お父様、戻して」
「ローデリヒ様がいらしています」
ばあやが視線を流した先には、制服姿で飛びこんでくるお兄様。
「お父様、罠よ。魔獣は宰相の罠なの。ノイエンドルフ騎士団は食事の毒で全滅する。お父様は騙された」
宰相お抱えの魔術師が捉えていた魔獣を放ち、帝国騎士団の先発隊を全滅させた。
先発隊のメンバーはノイエンドルフ公爵に心酔している騎士ばかり。
援助要請を受けて、ノイエンドルフ騎士団が出動したら、報告になかった魔獣の大群と夜盗。
ノイエンドルフ騎士団の食事には毒物も盛られ、お父様に助けを求めることもせずに全滅した。
『嘘だ、偽情報に惑わされるな。あいつらがそんな簡単にくたばるわけがない』
前回、報告を受けた時、お父様は信じなかった。騎士団長が率いる主力部隊があっさり全滅するなんて。
「俺の姫、父上は強い」
お兄様に宥めるように抱き上げられ、私は真っ赤な顔で手を振った。
「宰相は魔獣を呼んだ。魔術師の罠。お父様を弱くするため。お父様、危険なのっ」
こんな時に限って、上手く説明できない。
「どうした?」
「魔獣退治しなくてもいい。戻ってーっ」
「泣くな」
「お父様、戻れっ」
「泣かないでくれ……ほら、帝都で人気のケーキを買ってきた。ケーキを食おう」
お兄様はスイーツで私をつろうとするけど、その手には乗らない。
「お父様、戻るまでモグモグしないーっ」
「参った」
お兄様が泣きそうな顔で天を仰ぐ。
「お父様、戻れーっ。戻らないとばあやと一緒に家出するーっ。イルゼもマルレーネも連れていくーっ」
最後の手段に出たけど、八歳児ではなんの脅しにもならない。……うん、なんか勝手にセリフが変換された。
ばあやや侍女たちは忍び笑いを漏らしている。
「父上に連絡するから待て」
「お父様、戻して。全部、罠だから」
「アレクシアが寂しいのはわかる。俺がそばにいるからいいだろう?」
お父様がいなくて寂しいから泣いていると思いこまれている。
「違うのっ」
八歳児の身体が恨めしい。
結局、泣き疲れてお兄様の膝で寝てしまった。それでも、無駄じゃなかった。……と思いたい。
これも後から聞いたけど、お兄様はちゃんとお父様に連絡を入れてくれた。
「父上、俺の妹は妖精王だ。今回の魔獣討伐には何か裏があるのかもしれない。妖精王は食事に毒と泣き叫んだ」
お兄様も妖精王の母を持つだけに、思うところがあったのかもしれない。
『わかっている』
「わかっているから、団長に任せず、父上が直々乗りこむのか?」
『あぁ、俺の姫がいつもと違った。確かに、魔術師の陰もちらつく。現地に間諜を忍びこませた』
「アレクシアの警備が手薄だ」
『だから、お前を呼んだ』
「俺は手加減ができない」
『いざとなれば皆殺しにしてもいい』
『陛下も殺していいか?』
『責任を取る奴は残しておけ。アレクシアにはすぐに戻ると伝えてくれ』
お兄様からお父様のメッセージを聞いても、私が安心できないのは言うまでもない。
運命は変わったはずなのに、前回と同じ時期に同じ場所で魔獣討伐?
私が皇宮入りしたから、謀反のでっち上げは無理のはず。
ううん、お父様のバカ。
私を眠らせて皇宮入りして、予定をすべて無視して下がったんだから、謀反に等しい?
まだ運命は変わっていない?
どうしたらいい?
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