第4話 破滅フラグをへし折るため、お婿さんを指名しました。

 三歳の誕生日から一週間過ぎた。

 お父様が私のために庭園に水車を作ったり、お父様が私のために一角獣を群れで飼うようになったり、お父様が私のために領内に遊園地を作ったり、お父様が私のために領民で合唱団を結成させたり。

「パパ、お金、ないない」

 贅沢すぎ、と私は必死になって抗議。

「アレクシア、俺の姫のためならなんでもしてやる」

「パパ、パパいるだけでいい。パパいる。パパ好き」

 私はお父様がいるだけで幸せ。

 前世、父の顔も名も知らなかった。

 ノイエンドルフ公爵は夢みたいな父だ。

「俺の女神、なんて可愛いんだ。……そうだ、虹を見て喜んでいたな。明日、虹を作ってやる」

「……え?」

 私はお父様の暴走愛が止められず、オタオタするだけだった。

 ばあやも叔父も家令も執事も騎士団長も、誰もお父様を止めないし。

 ……うぅぅ……恐ろしいぐらい前回と同じ日が繰り返される。

 運命は変わっていない?

 変わったよね?

 皇帝陛下から何もないのも同じ。

 ……同じなら、明日、皇帝陛下から正式な申しこみがある。

 油断していた頃に求婚状が届けられた。

 まさか、明日に申しこみ?

 前回と同じように、ティータイムの最中、領内に皇帝陛下の間諜が潜入しているという報告が飛びこんだ。

「陛下の間諜なんていつものこと。アレクシアの前でする報告じゃない」

 お父様は私を膝に乗せたまま、信頼している側近の報告を聞いた。

「公爵閣下、今回はいつもと違います」

「どこが?」

「間諜はアレクシア様の周辺を調べています」

 始末した間諜は九人。五人は魔力所持、四人は魔力を持たない常人。

 泳がせている間諜は三人。私が好きな菓子店の菓子職人見習いに近づく女。私の家庭教師に近づく男。私のお気に入りの靴職人の娘に近づく男。

 間諜に関する報告書がお父様の手に渡される。

 ピカッ、とお父様はノイエンドルフの指輪を光らせ、報告書を消した。

「狙いは俺の娘か」

 ノイエンドルフ公爵の弱点が何か、知らない者はいない。

「……は」

「俺の娘を諦めていないのか?」

 私は何もわからないふりをして、お父様の膝でハート形のチョコレートパイを食べた。

 甘いはずのパイが苦く感じる。

 このやりとりも前回と同じ。

「つい先ほど、領内に入った商団にも間諜が紛れている模様」

「誘拐でもする気か?」

「天が裂けてもそれはありますまい。ただただ、アレクシア様を皇宮に迎えるため、落としどころを探っているような気がします」

 前回と同じなら、側近の見解は正しい。

「ふざけるな」

「公爵閣下、今回ばかりは何か手を打たれたほうがいいと存じます」

 側近の進言が私の心にも突き刺さる。

 そう、ここで手を打たないと詰む。

 どうしたらいい?

 私が側近に聞くまでもなく、お父様が腹立たしそうに尋ねた。

「どんな?」

「皇太子にさっさと妃を娶らせましょう。妃が無理でも愛妾を作らせれば」

 皇太子のそばに女性がいれば、うちは堂々と拒否できる。

 けれど、皇太子には妃どころか愛人もいない。父親は女好きで有名なのに。

「どうして、皇太子に愛人のひとりもいないんだ?」

「皇太子殿下は朝から晩まで書庫にこもっています」

 第一皇子の皇太子殿下は子供の頃からおとなしいひきこもり。

 前回、ノイエンドルフと前面衝突になった直後、皇太子は病死した。

 最初から最期まで影の薄い皇太子。

「あの父親の息子とは思えん」

「皇族も宮廷貴族も皆、不思議がっています……が、皇后との衝突を避けるためではないですか?」

 皇后が皇太子を廃嫡しようと画策しているのはバレバレ。

 もし、私が皇太子妃として皇宮入りしたら、皇后のいじめに遭うのは間違いない。

 もういじめはいや。

 前世では祖父母に虐待されたうえに学校でいじめられた。

 私、ずっと祖父母のそばにいたから、言葉遣いとか、食の嗜好とか、いろいろ渋好み。

 授業や課外活動で必要な物も買ってもらえなかったし。

 小学校でも中学校でも高校でも悲惨だった。

 けど、自宅にいても辛かった。

 ……や、こんなことを考えている場合じゃない。

 私は拾った鉛筆を短くなっても使っていた美帆じゃない。

 誇り高きノイエンドルフ公爵の娘だ。

 もう二度とやられたりはしない。

「お前に任せる」

 皇太子に女を作らせろ、とお父様は視線だけで命令した。

「御意」

 側近は三歩下がった後、私の背後に控えていたばあやに目で合図を送った。

 ばあやがおもむろにお父様と私の前に立つ。

「お嬢様、お父様とお兄様以外でお嫁さんになりたい人はいますか?」

 ばあやに優しく尋ねられ、私は瞬きを繰り返した。

「お嫁?」

「さようでございます。ばあやはお嬢様の花嫁姿が見たい」

 やっぱり、その手しかないか。

 さっさと私が結婚してしまえばいい。

 私は壁際に立つ専属護衛騎士を指差した。

「エグモ」

 身体はみっつだけど、心は一八。

 いつも命がけで守ってくれる騎士に胸きゅんしても仕方がないと思う。

 前回、私を守るため戦って死んでしまった。

「エグモンドですか?」

 ばあやは納得したように微笑んでいる。

「あい」

 私は大きくコクリ。

 結婚とか、まだまだ考えられないけれど、お父様とお兄様以外で心から信頼できる男性はイケメンの専属護衛騎士。

 エグモンドは絶対に私を裏切らない。その確信がある。

 肝心のエグモンドは口をポカンと空けたまま固まっている。

「エグモンドは一九歳ですから、皇太子殿下より年上……陛下も納得されないでしょう」

 よりによって、と側近が苦しそうに口を挟む。

 壁際に並んでいた騎士団長や家令も低く唸った。

 ゴゥゥゥゥゥゥゥゥゥ~ッ、とどこからともなく不気味な地鳴り。

 私が座っているお父様の膝がガタガタ震えている。

「エグモンド、信頼して娘を任せていたが……よくも俺の命より大切な娘……」

 ピカーッ、とお父様の指輪が眩しいぐらい光り輝いた。

 その瞬間、騎士団長と側近が魔力を発散させながら壁のように目の前に立った。

「公爵様、落ち着いてください」

 ばあやがお父様の手を宥めるように叩く。

「エグモンド、逃げろ」

「エグモンド、避難ーっ」

 サポートを受け、エグモントが凄まじい勢いで部屋から飛びだした。

 なのに、お父様の怒りで南塔が崩れた。

 これ、前回と一緒。

 運命が変わっていなければ、今の時点でエグモンドと婚約しないと危険。

 この親バカ、どうしよう?

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