第3話 親バカのせいで、破滅フラグは健在ですか?
翌日、私は疲れ果てていたらしく、目覚めたのはお昼過ぎ。
「ばあや、パパは?」
ばあやにキスで起こされ、私は周囲を見回した。前回、起こしても目覚めない私を心配して、お父様もついていたから。
「お父様はお仕事です」
ばあやの返事を聞き、私はほっと胸を撫で下ろした。
前回と違う。
運命が変わった?
変わったんだ、って。
「パパ、いじめられた」
「昨日のことを心配しているのですね。大丈夫ですよ」
宥めるように抱き締められたけど、まだまだ安心できない。
「本当に?」
「昨日、陛下はそれはそれは楽しそうにお帰りになられました」
私の嫁入り宣言で皇帝陛下の機嫌はよくなったのかな?
前回、そのまま謀反人として捕縛されてもおかしくない幕引きだった。皇帝陛下の側近の捨て台詞もひどくて。お父様もお兄様も叔父様も怒り心頭で。
「お兄ちゃまは?」
「おねんね中のお嬢様にご挨拶してから、帝都に向かわれました。夢の中で会われませんでしたか?」
「ないない」
「お兄様もまたすぐにお戻りになられますよ」
天蓋付きのベッドの中で手や顔を洗って、口を濯いだ。
ばあやのほか、私専属のメイドや侍女が八人、湯桶やタオルなどを手に動き回る。
「お嬢様、お腹が空いたでしょう」
私は寝間着姿のままベッドの中でミルクを飲む。
絞りたてのミルクが最高に美味しい。
焼きたてのパンも絶妙。
あまりの美味しさにポロポロ零したけれど、誰も注意しない。
前世なら少しでも零すと、祖父の鉄拳が飛んできたのに。
「お嬢様、パンのおかわりは?」
銀のワゴンのパン籠には上質のバターがふんだんに使われたクロワッサンやブリオッシュ、ライ麦パンが盛られている。
「もういい」
「パン一個だけでお腹が空きませんか?」
ノイエンドルフ公爵家だけじゃなく、貴族はどこでも朝食はベッドの中で摂るという。パンと飲み物、焼き菓子と飲み物っていう軽い朝食。
転生した時に中世のヨーロッパみたいな国だと思ったけど、マジに中世のヨーロッパみたい。ただ、魔力が駆使される世界。
石油やガス、そういったエネルギーの代わり、こちらでは魔力でライフラインは整備されている。スマートフォンやタブレットはないけれど、伝達や通信など、いろいろな魔導具があるから不便さは感じない。
「ケーキある?」
お父様が私のために帝都から評判の菓子職人を呼んでいる。いつものパンで胃をいっぱいにしたくない。
「あぁ、スイーツのため、パン一個にしておくんですか?」
「あい」
「お嬢様は可愛いだけでなく賢い」
「あい」
「今日はもうお昼です……お昼を召し上がっていただきたいから、それでいいですね」
私はパン一個とミルクの朝食をすませ、寝室の続き部屋に移った。大きなリボンがついた丈の長いワンピースに着替える。
もっとも、私は立っているだけ。
たまに両手を挙げてばんざい。
すべてメイドや侍女たちがやってくれる。
今日の髪型は白い花と真っ赤なリボンでポニーテール。
「可愛い」
きゃーっ、と侍女たちがはしゃいでいるけど、私も自分だと思えないぐらいびっくり。
「お嬢様、こんなに可愛くてどうしましょう」
「公爵閣下じゃないけど、お嫁にやりたくありません」
「お嬢様の花嫁姿は見たいけど、お嫁にやりたくない。複雑」
成人したら裾が靴を隠すドレスだし、長い髪は結い上げる。子供は危険性を重視して膝下ぐらいまでのワンピース。
前回、私は成人用ドレスを着ることがなかった。亡き母が着ていたドレスも。
「アーチャ、ママのドレスでちゅ」
ママが着ていたドレスを着たい、って私は言いたかった。
ちゃんと通じたから、侍女たちが涙ぐむ。
「そうですね。亡き奥様のドレスはすべて綺麗に保管しています。お嬢様を待っていますよ」
ママのドレスを着てパパを泣かせてやる、って私は改めて力んだ。
身なりを整えた後、使用人が紋章入りのドアを開けてから私は進む。
公女は自分でドアを開けてはいけない。
慣れようとしても慣れないマナーだ。
私専用の居間では専属護衛騎士のエグモンドが待機していた。金髪碧眼、絵本に出てくるような典型的なイケメン騎士。
「アレクシア様、おはようございます」
胸に手を当て、私に深々と頭を下げる。私に命を捧げた騎士としての挨拶。
「エグモ、おはよう」
「昨日はお疲れでしたね」
「あい」
不思議なくらい、誰も私の嫁入り宣言は話題にしない。
どうして?
あえて、スルーしている感じ?
「いい天気ですよ。アレクシア様が好きなお花も咲きました」
大きな窓の向こう側には、手入れの行き届いた庭園が広がっている。どんなに目を凝らしても壁は見えない。
「お花、見る」
……あれ?
前回と同じ流れ?
前回、荒れた誕生日パーティの翌日に私は昼まで寝ていて、エグモンドと一緒に百合園に行った。
……ま、百合園で荒れるお父様を鎮めるため、連れて行かれたんだ。
「はい、見に行きましょう」
私はエグモンドと一緒に庭園に向かった。
……って言っても、私専用のスペースから出るのも一苦労。
寝室に化粧室に衣裳室に書斎に居間に控え室に客室に応接室など、私専用の部屋が多い。
私のスペースから出ても行き止まりが見えない廊下が続く。
三歳の体力で目的地に着くまで歩くのは無理。
ぎゅっ、と私はエグモンドの手を握った。
「アレクシア様、お疲れですか?」
疲れた、っていう合図にエグモンドはいつもちゃんと気づいてくれる。底抜けに優しい。私だけの騎士。
「エグモ、だっこ」
「かしこまりました。だっこさせていただきます」
お父様やお兄様となんら遜色ない頑強な腕に抱き上げられ、私は周りを見回す。
帝都の宮殿を凌駕する居城だって聞いた。皇帝を慮って宮殿とは言わないけれど、陰ではノイエンドルフ宮殿って呼ばれている。
確かに、宮殿。
前世、テレビで観たヴェルサイユ宮殿やシェーンブルン宮殿を思いだす。私が魅入っていたら、お祖父ちゃんにチャンネルを変えられた、っけ。
私専用の移動室に到着し、移動魔法陣の中心に立った。
「アレクシア様、移動します。怖がらないでください」
「あい」
移動魔法陣から黄金色の柱が立った瞬間、エグモンドに抱かれた私は百合園にいた。
これらはほんの一瞬。
令和の日本でもなかった魔力の利器。
「アレクシア様、到着しました」
純白の百合に紅色の百合、黄色の百合から青い百合、何種類もの百合が咲き乱れている。七色の百合なんて、前世では見られなかった。
「うわ~っ、綺麗~っ」
思わず、私はエグモンドの腕の中で手を叩いた。
「妖精王、亡くなった母上様が整えられた百合園です。帝都でもここまで見事な百合園はありません」
三色の百合、七色の百合、つる百合など、妖精王がいなければ生息しない百合の花。
「あい」
「亡きお母様がアレクシア様に残された軌跡です。誕生日プレゼントでしょう」
「あい」
妖精王が逝っても、毎年、季節になれば開花したから、学者や魔術師たちが驚いていた。
お父様やお兄様の魔力で生息した説もあるけど、庭師やノイエンドルフ専属魔術師たちが否定した。
お父様やお兄様たちの魔力は破壊のみ。
生物を生息させる力はない。……らしい。
「アレクシア様、公爵があちらにいらっしゃいます」
エグモンドは百合のアーチの向こう側にある四阿に視線を流した。
「……パパ?」
耳を澄ませば風に乗って誰かの啜り泣きが聞こえてくる。
「家臣のため、パパにキスしてあげてください」
勇猛果敢な騎士の縋るような声。
「どちたの?」
「助けると思って」
そういうこと?
前回と同じ?
エグモンドの腕から下り、私はとてとて急いだ。
前回同様、お父様は四阿で激憤していた。
「馬鹿野郎ーっ」
仁王立ちのお父様を側近が真っ青な顔で宥めようとしている。先回りしたらしく、ばあやもいた。
足元では顔見知りの家臣が失神している。
「パパ?」
私の顔を見た瞬間、大悪魔みたいな顔がデレデレ。
「……すまん。アレクシアに怒っているんじゃない」
「パパ、だっこ」
私が両手を伸ばせば、お父様はだらしない顔で抱き上げてくれる。
「おぉ、今日も俺の姫は可愛い」
褒めてくれたからキス。
さらにパパの顔は溶けた。
「どちたの?」
私の質問に答えたのは、側近の救援要請に応じたらしいばあや。
「公爵様、昨日はアレクシア様のおかげでことなきを得ました。皇帝陛下がこのまま引き下がるとは思いません」
ばあやはお父様の乳母だった。私以外、唯一、荒れるお父様を止められる存在。
前回もばあやが必死に宥めていた。
「無視しろ」
「近日中に求婚状が届けられるでしょう」
ばあやの予想は側近たちも同じ。
お父様もちゃんと気づいているはず。
「断る」
「ご存知でしょう。陛下は旦那様を恐れています」
「くだらん」
「皇族も有力貴族たちも公爵様を恐れています。アレクシア様を諦めるとは思いません」
「娘はやらん」
「正式なお申しこみを断われば反逆罪」
ばあやの言葉に同意するように、側近たちが土色の顔で相槌を打つ。
「それがどうした」
「陛下を成敗されますか?」
ばあやはあっさり聞いたけど、側近たちの顔つきが変わる。
「俺の姫を奪おうとしたら始末する」
お父様の心を現わしたように、ノイエンドルフの指輪が不気味なぐらい光った。
お父様の魔力を倍増させるノイエンドルフの指輪があれば、皇帝の命を奪えるだろう。皇宮どころか帝都も一瞬で焼け野原。
苦しむのは巻きこまれた庶民だ。
それは絶対に駄目。
「その後は?」
皇帝を屠った者が帝位に就く。言い替えれば、帝位に就きたいから皇帝を屠る。古今東西、変わらない。
けど、お父様にそんな思いはまったくない。
「知らん」
「皇帝として自分がお立ちになる気持ちがないのならば、皇帝陛下を始末することはおやめください。妖精王が守った大地が苦しみます」
前回同様、ばあやは確実にお父様の急所を抉った。
この会話、聞くのは二回目。
一緒だ、と私の背筋に冷たい物が走る。
「何が言いたい? まさか、俺の娘を皇太子妃という人質に出せとでも言うのか?」
「滅相もない」
「じゃ、なんだ? その顔、何か手があるな?」
「さっさと姫が婚約してしまえばいいのです」
「嫁にはやらんーっ」
お父様は私を抱いているのに大声を張り上げた。
これ、私を抱いていなかったら四阿を破壊していたヤツ。
ノイエンドルフの指輪の光り具合も半端じゃない。
「アレクシア様、昨日会ったヘルフリート様をどう思いますか?」
ばあやにいきなり話をふられ、私は利発な男児を思いだした。
「ヘル? 木苺ケーキとシュークリーム、モグモグ」
前世、スイーツを食べたくても食べられなかったせいか、スイーツを食べた記憶は鮮明だ。一緒に食べた相手、場所も。
「そうです」
「カワイイ」
あんな弟がいたらいいな、って前回も思った。実際、アレクシアよりひとつ年上だけど。
「アレクシア様のカワイイは好きっていう意味ですね」
ばあやに念を押され、私はつられるようにコクリ。
「あい」
私の返事を聞いた途端、お父様は赤い顔でぷるぷる震えだした。
「……あ、あのガキ、いい度胸じゃねぇか」
お父様の脳天から怒気を含んだ魔力が漏れる。
魔力を持っていない普通の人だったらこの時点でアウト。
「公爵様、ヘルフリート様を婿入りさせたら、いくら陛下でも手は出せないでしょう。婿養子として充分な資質をお持ちです」
ばあやの意見は側近たちの意見。
悩みに悩み抜いた結果だ。
確かに、破滅フラグをへし折るには、私がさっさと婚約したらいい。昨日の誕生パーティーでの陛下と私のやりとりはあくまで非公式だから。
「あのガキ、いい度胸じゃねぇか」
お父様の怒りは理不尽にも婿候補に向けられた。
「旦那様、おやめくださいーっ」
お父様の怒りで四阿が移動魔法陣もろとも崩壊した。エグモンドや騎士たちが瞬時に結界を張らなかったら悲惨だったと思う。
これ、前回と同じ。
お父様とは話し合いもできない。
どうして?
運命は変わったと思ったのに変わっていない?
私は不安に怯えながらお父様を宥めた。
この親バカ、どうしよう?
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