後編

 ――そして迎えたデート当日。


「待たせすぎだぞ充。昔から変わらないな」

「……はい」


 寝坊して予定より三十分遅れた俺は、家のドアを開けてすぐ伊織姉さんと対面してしまった。

 彼女はなんと三十分前からここでいたのだという。せめてインタホーンを鳴らしてくれれば良かったものを。


 小学生の頃まではこうして家に迎えに来てもらい、一緒に登校したものである。

 中学生になってからは自然と別々になってしまったが。


「じゃあ行くぞ」


「はい。……ってどこへ?」


「そういえば決めていなかったな。じゃあ、近くの公園にしよう」


「それってデートか……?」


 首を捻る俺。近くの公園といえば昔よく近所の子供らで集っていた懐かしの場所だ。

 しかしまるでデート向きのところではないのだが……と思いつつ、俺は伊織姉さんに従うことにした。




 休日だというのに、公園には子供の姿が少なかった。

 少子化のせいだろうか、ここ最近近所で幼い子供を見る機会が減ったように思う。まあ、そんなことは今はどうでもいいことだ。


 大事なのは、今、伊織姉さんと俺が同じベンチに座り、身を寄せ合っているという夢かと思うような現実なのだから。


「デートとは手をつないで、キスをするものだよな?」


「ま、まぁそうですけど……少ないとはいえ、子供たちが見てますし」


「それが何か問題あるのか?」


 伊織姉さんの挑戦的な眼差しを受け、俺は慌ててブンブンと首を振る。

 ずっと片想いはしていたものの俺は恋愛初心者だ。キスだのチューだの接物だのは少し早すぎる。……本当はしたい。したくてたまらないのだが。


 ということで、手を繋ぐだけで我慢しておくとしよう。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 その日のデートはそれだけで終わったが、俺たちのカップルごっこはまだまだ続いた。

 翌日、平日の朝――寝ぼけ眼で家を出ると、当然のように伊織姉さんが待っていた。


「ほら行くぞ」


「……隣の家の美少女が迎えに来るってフィクションだけの話だろ」


「何か言ったか?」


「いや、何でも。朝からありがとうございます……」


 しかもまたもや手繋ぎ。朝からどれだけアツアツなのかと近所の人には冷やかされ、学校の男子たちに睨まれるのは間違いないだろう。

 それがわかっていながら、伊織姉さんの逞しい掌を取るのにはなんだか躊躇いがなかった。



 付き合い出すと相手のことが嫌なところがわかってしまうと聞いたことがあるが、俺はその逆だった。

 一緒にいるだけで好きがどんどん増していく。憧れの片想い相手から、実感を伴った恋しい人として。


 部活ではいつも男前だ。

 男ばかりのサッカー部でキャプテンを務め、皆を先導する姿がかっこいい。学校の中でも困っている生徒がいると躊躇いなく手伝っていて、そんな優しさにも痺れる。


 しかし彼女の素晴らしさを知ると同時に、俺と彼女が釣り合わないのではないかと不安に思ってしまう。慎吾と雅治をはじめ男どもからは「俺の方が相応しいのに」と、何人がかりかで脅迫されたことさえあった。


 それを助けてくれたのも、伊織姉さんだったけれど。


「私の心を手に入れるためにそんな汚い手を使おうだなんて馬鹿な考えはやめた方がいい」


 そう言って男どもを震え上がらせた彼女の勇姿を、俺は一生忘れないと思う。



「……伊織姉さんは、かっこいいなぁ」


 その日の帰り道。俺は思わず、そう呟いていた。

 すると前を歩いていた伊織姉さんがくるっと首をこちらに向け、ニヤリと笑った。


「それは告白ということか?」


「……っ!? お、俺はもう、告白してるじゃないですか」


「罰ゲームの告白だろう? 私は充の本当の気持ちが聞きたいぞ」


 背筋がゾクリとなった。

 なぜって、直感的に理解したからだ。……あいつら悪友どもに罰ゲームの話を吹き込んだのは伊織姉さんなのだ、と。

 別に何の根拠があるわけでもない。どうやってあの二人を騙したのかもわからない。でもニヨニヨしている彼女の顔が確たる証拠だった。


「……好きです。何年も前からずっと、好きでした」


「そうか。まあ、知っていたがな」伊織姉さんは当然のようにそう言ってから、ふふっと笑った。「そして充の勇気ある宣言に対し、私も表明しよう。私は充を可愛い弟分としてではなく、一人の男として見ている。以上だ」


 何でもないことのように言われ、俺は思わず、ヒュッと息を呑んだ。

 ずっと伊織姉さんは俺のことをただのガキだと思っていると思い込んでいた。だから俺との交際期間も『一週間だけ』とし、いい夢を見させるだけのつもりだと。


 しかしそれは間違いだった。

 伊織姉さんが俺に……惚れているだなんて、思いもしなかったのだ。


 急に頬が熱を帯び始める。

 次の瞬間胸に湧き上がったのは喜びだった。俺はなんて幸せ者なんだろう。こんなことならもっと早く告白していれば良かったとさえ思う。


 気づけば俺は、伊織姉さんに抱き着き――そして、


「驚かせようと思ってもそうはいかないぞ?」


 姉さんの肘打ちを受け、俺の体は道路に吹っ飛ばされていた――。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 一週間はあっという間で、まるで夢のような俺たちのお試しカップル期間はまもなく終わってしまう。

 しかし夢にはまだ続きがあった。今度は伊織姉さんの方から正式な交際を申し込まれ、そしてもっとベタベタな恋人生活を送るのだ。


 ……だが、そんなことはこの時の俺はまだ知らなかった。

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片想いの男前美少女に罰ゲームで告白させられたら、なんかOKされたんだが 柴野 @yabukawayuzu

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