第7話 ワトソン君の憂鬱

「浅見さん。君との友達関係もこれまでだね。君は…最初からそのつもりだったんだろうけど…」

「え?和徒村君……急にどうしたの?」

 突然そう切り出した僕を、浅見さんはどこか怯えたような目で見ている。


「君は最初から吹奏楽室のピアノを自動演奏で鳴らしたのが湯川さんだと知っていた。ずっとピアノを習っていた君なら、あのピアノが自動演奏がついていることを知っていたでしょ?だって君は最初に、って言ったよね?僕はずっとその言い方が気になっていたんだ。ピアノの最新式って何だろう?って。もしかしたら、楽器に普段から触れているような人ならあまり気にならないかもしれないけど、楽器の知識が乏しい僕からすると、どうしてもその言い回しが気になっててね。だからあれが自動演奏機能の付いたピアノだと分かった時に、君が最初から全て分かっていて僕に近づいたんだと気付いたんだよ」

「そんな!それは私が言い間違って――」

「僕に告白してまで近づいた理由は、僕がかの悪名高き新聞部の部員だったからだ」

「――!?」

 僕は彼女の言葉を遮って話を続ける。

 どんな言い訳も今は聞く気分じゃない。


「どんな事にでも首を突っ込んでかき回し事を大きくする厄介者の新聞部。これを利用して、湯川さんがピアノの自動演奏を使って三年生の先輩を脅し、そしてピアノソロの座を奪い取ったという話を広めようと思った」

「私はそんなこと――」

「ねえ?劣等感を持つってそんなに悪いことなのかな?」

「――なっ!?」

「どうやっても勝てなかった。彼女のせいで自分はピアノを辞めることになった。そんな原因を作った彼女がのうのうとピアノを弾いているのが許せない」

「………」

「そこまでの劣等感を抱いたってことは、浅見さんがそれだけピアノに真剣に向き合っていたってことでしょ?高校生の今、それだけ悔しい思いをしたんだったら、それをバネにこれから先の人生で逆転出来るかもしれなかったんじゃないかな?大人になってから花開く才能だってあるよ。実際に君が敵わないと思っている湯川さんはそう努力しようとしたんだしさ」

 浅見さんは俯いて黙って僕の話を聞いている。その両手を強く握りしめながら。


「――話が逸れたね。君は僕に近づき、計画通りに先輩たちを引きずり出すことに成功した。先輩たちがピアノに気付こうが気付くまいが、君には関係なかった。最後には君が偶然気付いたかのようにしてネタバラシするつもりだったんでしょ?その場に新聞部がいることが重要だった。でも君は先輩たちがあんなにもだとは知らなかった。自分たちの世界を展開する二人の間に入ることが出来ないままタイムアップを迎えてしまった。どうかな?ここまでで間違っているところはある?」

「……ないわ」

 その声には何の感情も含まれていないように感じた。


「僕はね。君に利用されたことに対しては全く怒ってなんてないんだ。こんな茶番に付き合わされたこともね」

 そうじゃなきゃ、あんな先輩たちと付き合っていられない。


「僕が怒っているのは――嘘をつかれたこと。それだけだよ」

「……嘘を?」

「だからもう君とは友達ではいられない。君は最初からそう思っていなかったんだからね」

「………」

「じゃあ――さよなら」

 黙って立ち尽くす浅見さんを置いて、僕は一人街灯に照らされた夜道を歩き出した。



 勝手に鳴りだすピアノ――これが『オカルト』の『現実リアル』。


 そして事件は解決し、僕は初めての友達を失った。



 これが『現実』の『現実リアル』。


 帰りの夜道はいつもよりも暗く感じた。




― 完 ―



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八百万学園新聞部 ワトソン君の憂鬱 八月 猫 @hamrabi

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