第6話 ワトソンの推理

「え…あ……」

「和徒村君?」

 僕の言葉に戸惑ったような二人。


「先輩二人の推理は半分正解、半分間違いかな」

 そう言いながら僕はスマホの画面を操作する。


「これがあのピアノだよね?タブレット操作で自動演奏が出来るらしいよ」

 そこに映っていたのは、ある外国のメーカーが出しているピアノ。

 自動演奏装置をされているピアノ。


「馬淵先輩の言っていたやつも調べてみたけど、それはやっぱりピアノの下に装置を取り付けるタイプのものだったよ。でもこれだったら、さっき見たくらいじゃ気付かないね。どう?ピアノに書かれていたメーカー名と同じだと思うけど?」

 僕はスマホの画面を湯川さんに見せる。


「そう…です……」

「蘭?!」

 浅見さんは驚いたように湯浅さんを見る。


「湯川さんはその日、みんなが帰った後の吹奏楽室にいた。鍵は…先生から合鍵を預かってるるのかな?」

「……はい」

「え?!そうなの?!」

「うん……あのピアノを使って…練習したいからって……そしたら…帰宅時間を守るならって……」

「前に浅見さんが冗談で言ってた父親の圧って話もあながち間違ってないのかもね」

「……そうね」

「僕は君たちの人間関係までは知らないから、湯川さんがどうしてそんなことをしようとしたのかは分からない。でも、あのピアノが自動演奏出来ることを知っていて、それを操作するタブレットを持っている可能性があるのは君しかいない。あのピアノをお父さんが買った時に説明を受けていたんじゃない?」

「……はい。タブレットも……貰いました」

「じゃあ本当に蘭が?!」

「何故君が吹奏楽室にいたとか、どうしてそんなことをしたとかは僕にとってはどうでも良いことだとか言っちゃうと、ホームズ先輩と同じになっちゃうかな……」

 実際、僕にはこれ以上の事はどうでもよかった。

 むしろこの後の事を考えると憂鬱な気分になる。


「……古畑先輩のマードックの演奏を聞いた時、これは敵わないと思いました」

 そう話す浅見さんの口調は、いつもと違ってしっかりとした話し方だった。


「上手いだけじゃなく、曲の持つイメージを聞き手に伝える感情のこもった演奏でした。それは私には出来ない。今までそんなことを思ってピアノを弾いたことなんてなかった。だから私もそこへ行きたいと…。あのピアノの演奏する音は私と同じなんです。上手には弾けてるけど、そこに気持ちは込められていない。だから、その音を聞くことで私自身の壁を壊したかった。そう思って私はあの日タブレットを持って吹奏楽室へ行きました。みんなが帰ったのを確認して、合鍵で部屋に入り、内側から施錠して誰も入って来れないようにして」

 そう話す浅見さんはどこか遠くの暗闇を見つめていた。


「そしてタブレットをいじっている時に、部屋の鍵が開く音がしました。私は慌ててピアノの影に隠れました。でもその時持っていたタブレットに触れてしまって……」

「自動演奏が開始されてしまったと」

「はい……」

「蘭……」

「私!まさか古畑先輩がピアノソロを降りるなんて思っていなくて!」

「怖くなって言い出せなかったんだね。でも、先輩じゃなくて他の人が近くを通りかかって聞いたとしても、それはそれで怖かったんじゃないかな?」

「そう…ですね…。私は誰かに見られたくなかっただけだったのに……」

 湯川さんの顔は、泣いている様な笑っている様な――しかし、その頬を流れ落ちる涙は、街灯の光を反射しながら夜道に消えていった。



「蘭、大丈夫かな?」

 湯川さんは一人にしてほしいと言って途中で別れた。

 そして僕は足を止めて浅見さんへと向く。そして――


「浅見さん。君との友達関係もこれまでだね。君は…最初からそのつもりだったんだろうけど…」

 僕は暗い気持ちを抱えながらそう言った。

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