第4話 ゴシップと変な子

 食堂の券売機で食券を買っていると、近くの席の会話が聞こえてくる。


「本当にあの二人付き合ってるのかな」 


「ドラマで恋人の役やってたし、それで本気になっちゃったんじゃない?」


「ファンだったのにショック⋯⋯」


 話題は数日前に出回ったアイドルの熱愛報道についてらしい。今朝も教室でそんな話で盛り上がっている子たちがいたっけ。


 会ったこともない赤の他人の色恋沙汰に夢中になれる神経が、私には分からない。分かりたくもないし、興味もない。本当にくだらない。


 私は注文した焼き魚定食を持って、食堂の隅の席に座る。手を合わせて、夕食を開始する。 


 黙々と一人で食べていたら、隣りのテーブルに四人組のグループがやって来た。最初は気にもならなかったのだけど、途中から彼女たちは声をひそめて話し出した。ひそひそと話す声は却って耳につきやすい。


増田ますだ先輩、結局土屋つちやさんと別れたみたいよ」


「でもあれは土屋さんも悪いから仕方ないよ。他の子と妙に親密だったじゃん」


「付き合ってるのにあれはないよねー。彼女でもないのに距離近すぎるっていうか」


「それじゃ土屋さん、今はフリーなんだ。例のあの子と付き合うことにしたの?」


「それがね、陸上部の石川いしかわ先輩と付き合うことにしたみたいだよ。マラソン大会見て惚れたんだって!」


「あー、石川さんかっこいいもんね。人気もまぁまぁあるし」


「この間、手繋いで歩いてたよ」


「土屋さんも先輩と別れたばっかなのによくやるよねー」


 私は聞こえてくる話に自然とため息が出る。芸能ゴシップの次は学園内ゴシップらしい。誰と誰が付き合うことがそんなに重要なのか。理解できない。


 私はさっさと夕飯を食べて自室に戻った。一人部屋の菊花寮に入って良かったと思うのはこんな時。バカバカしい噂話を振ってくる相手がいないこと。


 せっかく下らない色恋とは無縁でいられると思って、女子校を選んだのに、ここでも色恋とは縁を切れないらしい。


 学園内では女子同士で交際している人が多いと気づいたのは入学後だった。最初は何かの冗談だと思ったのに、割りと本気で付き合ってる人たちもいると知ってうんざりした。


 中学時代は恋愛なんてバカげたもので嫌な思いをさせられた。好きでもない男子たちに告白されて、断り続けたら、一部の女子から恨まれて。本当に最悪だった。


 高校生になったら、そんな生活とはおさらばするはずだったのに、あっちでもこっちでも、誰が付き合ってる付き合ってないの話には呆れる。


 最悪、私が巻き込まれなければ良しとするしかない。今のところ私に告白してくるような人がいないのだけは救い。


「なんで恋愛なんてするの。バカみたい」


 私は頭を切り替えるために、読みかけの小説に手を伸ばした。





 朝になっても、食堂から聞こえてくるのはゴシップばかり。今、たまたまそういう時期なのだと思いたい。そうでなければ、私はこのバカげた話を一年中耳にしなければならないのか。 


 朝食を終えて支度をして寮を出ると、玄関の前に見覚えのある子がいた。


「あっ、瀬田せた先輩〜! おはようございますっ!」


 何故かびしっと敬礼して挨拶してきたのは、昨日顔見知りになった中等部生のじんさんだった。


「おはようございます、神さん。私に何か御用ですか?」


「新聞の件どうなったかな〜って気になって気になって確認に来ました!」


「残念ながらまだ何も進展はありません」


「ですよねー」


 神さんはがっくり項垂れている。 


 彼女は自身が所属する『東北文化研究会』について新聞部に取材を頼んだ。偶然、まだ仮入部員の私が取次役みたいになってしまった。


「瀬田先輩、一緒に登校してもいいですか? 先輩ともっとお話してみたいんです!」 


 にこにこする神さんを無視するわけにもいかず、了承した。どうせ登校とは言っても寮は学園内にあるから、ちょっと歩くだけだ。


 二人で並んで校舎へと向かう。


「ところで瀬田先輩、あの噂知ってます?」


 急に近寄って来たと思ったら、神さんは声を低めて私を伺う。部活に心血を注いでそうに見えたこの子も所詮、この学園の生徒でしかない。恋愛ゴシップ好きなのかと思うと、自然と眉間にしわがよった。 


「噂話には興味ないので知らないと思います」


「そうですか。新聞部関係者なら知ってるかなって」


 まさかこの学園、新聞部までゴシップに染まってるのかしら。部長や部員と話した感じではそんな様子はなかったのだけど。


「あのですね、ニアマートあるじゃないですか、学校の傍に」


「ニアマート?」


 思いもよらぬ単語に、私が予想した話ではないらしいと気づく。コンビニが恋愛話には繋がらなさそうだけれど、まだ警戒は緩めないでおく。もし恋愛話になったら、この子とは距離を置くつもり。


「ニアマートにりんご売ってますよね」


 言われてみれば売っていた気がする。


「そのりんごがですね、何と!! 青森産じゃなくて、長野産だったんです」


 そんな驚くようなことかしら。見かけるりんごなんて大体が青森産か長野産じゃない。


「確かに長野の方が静岡に断然近いですよ! ですけど、ニアマートは青森より長野を選んだのかと思うと悲しくて⋯⋯。私の努力が足りなかったんでしょうか」


 悲壮感を漂わせはじめたけど、話と合ってなさすぎて随分と珍妙なことになっている。当人は気づいてないだろうけど。


「あげくにですよ、来週からニアマートは新潟フェアをやるみたいで。雪国として青森は負けたんです。りんごもフェアも」


 明らかに落ち込む神さんにどうしていいか分からない。これって、そんなに落ち込む話?


「瀬田先輩は、青森産のりんごと長野産のりんご、どっちがお好きですか?」


「ごめんなさい。そんなに産地を気にしてりんごを食べたことないです」


「じゃあ、雪国はどうですか? 行きたい雪国は!? フェアしてほしい雪国はどこですか!?」


「⋯⋯ごめんなさい。雪は好きだけれど、どこの都道府県がいいかなんて、考えたことがないので」


 神さんは俯いて黙ってしまった。声をかけた方がいいのかしら。


「瀬田先輩、私はまだ努力が足りなかったみたいです⋯⋯。力が足りないばかりに」


 何の話? この子は何の話をしているの?


 目の前に昇降口が迫る。


「私、もっと努力しようと思います。そして瀬田先輩にも、新聞部にも魅力を伝えられるように頑張ります! では失礼します!」


 神さんはそう言うと駆けて行ってしまった。


「⋯⋯変な子」


 でも、私が嫌いな色恋の話にならなかったから、いいか。

 

 

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晴れた夜空に光る一番星 砂鳥はと子 @sunadori_hatoko

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