第3話 瀬田先輩

 ドア前に立つのは、間違いなくさっき私が話した新聞部仮入部員の先輩さん。改めて見ても、大人っぽくて綺麗な人だな。ちょっと近寄りがたい雰囲気もあるけど。


「えっと、何かうちの部に御用かしら?」


 ほし先輩がおっとりと訊ねる。


「部室の前にこれが落ちていたので。もしかしてじんさんの持ち物ではないかと思い、伺ったのですが」


「私の持ち物!?」


 先輩さんの所に行くと、白い整った指先に私が落としたりんりんちゃんがぶら下がっていた。


「それは紛れもなく、私の物です! 大事なものなので、見つかってよかったです! 先輩さん、ありがとうございます〜!!」


 拝みながら私はりんりんちゃんを受け取った。


「用は済んだので、私はこれで失礼します」


 先輩さんが去ろうとするので、私はとっさに腕を掴んだ。


「⋯⋯あの、まだ何か?」


 凛とした先輩さんの瞳がキリリと釣り上がって睨んでいるような気がした。いきなり掴んだら失礼だよね。相手は先輩なんだし。


「すみません。先程、先輩の名前とクラスを聞くの忘れてしまって。名前とクラスが分からないと、新聞部の取材が決まった時に困るかなと思いまして。新聞部の件に関しては私が担当なんです」


 説明すると、先輩さんは納得してくれたのか、さっきより瞳が柔らかくなった気がする。


「⋯⋯高等部一年四組の瀬田せた一葉かずはです」


「瀬田一葉先輩ですね! どうぞ、『東北文化研究会』をよろしくお願いいたします!」


「それでは、私はこれで」


 瀬田先輩はお辞儀をすると静かにドアを閉めて去ってしまった。


「しっかりしてそうなだったわね〜。うちの部の取材が実現したらいいわね」


「はい! きっと上手く行くような気がします!」


晴花はるかちゃん、何か根拠でもあるのかしら?」


「特にはないですけど、何となくです!」


 瀬田先輩、雰囲気は近寄りがたさもあるけど、りんりんちゃんも届けてくれたし、きっといい先輩に違いない。新聞のこと上手くいくといいな。






 しばらくして、部員が大方揃った。他の部と掛け持ちしている人がほとんどだから、いつも全員揃うわけではない。


「新聞部に自ら売り込みに行くなんて、晴花すごいじゃん!」


 私の肩をばしっと叩いてきたのは、宮城出身の早坂はやさか先輩。


弥生やよいねえが作ったこの研究会を広めるチャンスは、自分から掴みにいかないとですからね!」


「で、新聞部の反応はどう? ってまだ分からないか」


 スマホをいじりながら話すのは岩手出身の照井てるい先輩。


「どうなるかはまだ分かりません。でも、担当の瀬田先輩はいい人でしたよ」


「瀬田⋯⋯? 瀬田って瀬田一葉?」


 照井先輩は手を止めて顔を上げる。


「ご存知なんですか?」


「同じクラスだよ。瀬田さん高等部からの入学生だから、あんま詳しくは知らないけどさ」


「顔見知りだったんですね! 一緒に新聞部の連絡係になりますか!?」


「いや、私はやめておくわー。晴花に任せる。何か瀬田さん怖いし」


「怖い、ですか?」


 確かに瀬田先輩はクールな空気を纏っていて、親しみやすいタイプじゃないかもしれないけど、優しいし怖いところなんてあったかな。


「朝、クラスでアイドルの熱愛話で盛り上がってたんだよね。そしたら、瀬田さんが怖い顔してこっち睨んでて。うちら騒いでたし、ゴシップで盛り上がるなんてバカっぽいと思われたのかもだけどさ」


 私もさっき睨まれたような気がしなくもない。


「瀬田先輩の目はこうキリッとしてて、かっこいい系だから、睨んでるみたいに見えたのかもしれないですよー」


「あー、うん。そうかもね。まだ私も瀬田さんのことはよく知らないし。新聞部のことは晴花頑張って。困ったことがあったら、手伝うから」


「はい! 任せてください! あぁ〜、早く新聞部から連絡来ないかな〜!」


「もう、晴花ちゃんったら。そんなすぐは無理でしょう?」


 クスクス笑っているのは星先輩。


「それは分かってますよ。でも、新聞の記事になったら、やっぱり嬉しいですから。たくさん研究会のことを知ってもらって、部員増やしたいです」


 私たちは今日も時間いっぱいまで、ひたすらお喋りして、ちゃんと東北の情報も交換して過ごした。





 部活を終えて部室棟を出ると、前方に見覚えのある人影があった。瀬田先輩だ。私は思わず先輩のところまで駆け寄った。


「瀬田先輩〜!」


 私が名前を呼ぶと先輩は立ち止まって振り返る。


「私です! 『東北文化研究会』の神晴花です! 先ほどは大変お世話になりました!」


「私はまだ仮入部ですが、新聞部の者として当たり前の対応をしただけです」


「それだけじゃなくて、りんりんちゃんを拾って届けてくれましたよね。私、すごく嬉しくて、先輩のおかげで宝物を失わずに済みました!」


「落とし主が神さんだとすぐ分かったから届けただけです」


 瀬田先輩は相変わらず雪のようにクールな佇まいだった。よく落ち着きが足りない私は見習わないといけないかも。


「あの、瀬田先輩は寮生ですか?」


「ええ、そうですが、それがどうかしましたか」


「もしご迷惑でなければ、寮までご一緒してもいいですか? 私も寮生なんです」


 瀬田先輩は私を吟味するみたいに見つめる。やばい変な後輩だと思われたかな。


「⋯⋯構いませんけど」


「良かったー! 瀬田先輩も桜花寮ですか?」


「いえ、私は菊花寮です」


「えぇぇ〜!? きっ、菊花寮生なんですね! すごいですね!」


 瀬田先輩は先に歩き出してしまったから、私もすぐに追いつく。


 星花せいか女子学園には寮が二種類ある。誰でも入寮できる二人部屋の桜花寮。そして成績が優秀だったり、部活で功績を残すような人しか入寮できない一人部屋の菊花寮。


「わぁ、すごいなぁ。菊花寮生になれるなんて、先輩はたくさん勉強されてるんですね」


「学生なのだから、勉強するのは当然ではないかしら」


「た、確かに⋯⋯」


 いつも新聞作るのに夢中になってる私は何も言えない。もっと勉強も頑張らなくちゃね。何だか気まずいから話題を変えよう。


「瀬田先輩は好きな食べ物ありますか?」


「⋯⋯好きな食べ物?」


「はい。何がお好きなのかなーって」


「おにぎりです」


 すごく大人で高級な食べ物が出たらどうしようかと思ったけど、普通でほっとした。


「おにぎり美味しいですよね〜。私は筋子が好きなんですけど、筋子はおにぎりにしても美味しくて。こっちだとスーパーで売ってませんよね」


「コンニビに行けばあると思います」


「ですよね! でもコンニビのおにぎりだとちょっと物足りなくて。私の地元スーパーだと、すごく大きな筋子のおにぎりが売ってるんです」


 そんな話をしているうちに寮の前まで来てしまった。右に進めば桜花寮。左に進めば菊花寮だ。


「それでは私はこれで。さようなら、神さん」


「さようなら、瀬田先輩!」


 先輩は振り返ることなく菊花寮へ進んでいった。私は何故かそこから離れられず、先輩が菊花寮に消えるまで立ち尽くしていた。

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