第2話 新聞部にコンタクト

 放課後、私はマンガ部のしずくちゃんと部室棟の大階段前で別れた。


「上手くやれよー」と応援してもらったからには、頑張らないといけない。


 私は階段を登ってすぐ脇の新聞部部室に向かう。

 いざ部室の前に立つと、どきどきと心臓が速くなるのを感じた。


 私はカバンからファイルを取り出した。これには『東北文化研究会』の部誌のコピーをまとめてある。


 端から見たらうちの部は、ゆるいお茶飲み集まりだと勘違いする人もいると思う。ゆるいお茶飲み集まり的ではあるけど、部誌にはその日話したことや、得た情報などを書き込んでまとめている。


 これで少しは部のことを知ってもらえるはず。


 私は深呼吸を三回して、ノックをしようとドアに手を伸ばした。


「新聞部に何かご用ですか?」


 落ち着いた静かな声に私は振り向いた。


 まるで、雲一つない冬の夜空のような黒い瞳が私を見下ろしていた。


 多分、というか、絶対私より先輩だよね。背も十センチくらい高いし、大人っぽくて綺麗な人だし。


 そうだ、校章を確認すればいいんだ! 


 星花せいか女子学園のブレザーの制服には、六芒星と百合の意匠をほどこした校章がついていて、校章の色は学年ごとに違う。例えば中等部二年生の私の校章は紫色。目の前にいる人は黄緑の校章。ということは、高等部一年生ってことだから、やっぱり先輩だ。


「こんにちは! 私、中等部二年三組のじん晴花はるかと申します! お願いしたいことがあり、新聞部にやって来ました!」


「⋯⋯お願いしたいこと、ですか」


 先輩さんは表情も変えずに私をじっと見ている。

 もしかして、不審者だと思われたかな。


 風紀委員に通報されて、怖い先輩に突き出されたらどうしよう!


「えっと、けして、怪しい者ではありません! 私、『東北文化研究会』に所属してまして、新聞部さんに、是非、うちの研究会を取材してほしいと思いまして⋯」


 私はファイルを差し出した。


「これは『東北文化研究会』の活動をまとめた部誌のコピーです」


「そうですか。事情は分かりました。ですが私はただの仮入部員なので、私の勝手な一存で決めることはできないんです」


「仮入部の方でしたか⋯」


 仮入部員の人じゃなくて、部長に掛け合わないとだめだよね。


「今すぐ返事はできませんが、部長や他の部員たちに話をしてみます。必ず取材できるとは、確約できませんが」


 やっとファイルを受け取ってもらえた。


「お願いします! 部員は少ないですけど、みんな東北文化には熱心な部員ばかりなんです! 部員はみんな星花に数少ない東北出身者の集まりで⋯。それをどうしても、もっと、学園のみんなに知ってほしくて⋯!!」


「神さんのお気持ちはよく分かりました。ご期待に添えることができるかは断言できませんが、部長にお伝えしておきます」


「ありがとうございます! どうか、どうかよろしくお願いいたします!」


 頭を下げ、私は先輩さんが部室に入るのを見届けてから、『東北文化研究会』の部室に向かった。

 




 あまり学園内でも知る人が少ない弱小『東北文化研究会』にも一応部室はある。設立された際に空いていた部屋を確保できたらしい。弥生姉やよいねえが言っていた。


 部室もあれば、きちんと顧問の先生もいる。何と、今年から私の担任になったモーリー先生こと笹森ささもり先生が顧問をしていた。しかもモーリー先生は私と同じ鷹岡市たかおかしの出身。顧問も正真正銘の東北人!


 でもモーリー先生は稀にしか部室には来てくれない。けど、部誌はこまめにチェックしてくれている。


「こんにちはー! 失礼しまーす!」


 部室の扉を開けると、部長のほし先輩がすでに一番乗りしていた。


「晴花ちゃん、こんにちは〜」


「星先輩、私さっき、新聞部にコンタクトを取ってきました!」


「本当に新聞部に『東北文化研究会』を紹介してもらうつもりだったの?」


 普段はおっとりしたお嬢様な雰囲気の星先輩は、びっくりしている。


 私が以前、新聞部に掛け合うという話を冗談だと思っていたのかも。


「本気に決まってるじゃないですか! ちゃんと新聞部の人にもお話して、部誌のコピーも資料として渡してきました!」


「あらあら、行動力がだんだん弥生先輩に似てきたわね〜」


「弥生姉の妹ですからね」


「それで、新聞部の方たちはなんて?」


「私が会ったのは仮入部の人だったので、後で部長さんたちに話すと言ってくれました!」


「上手く話が通るといいわね~」


「はい! 四月は新入部員獲得のチャンスですから、四月号で紹介してもらえたら、部員が増えるかもしれません!」


 考えただけでわくわくしてきた。この部室に人が増えて、みんなで東北の話をして盛り上がるなんて、絶対楽しいに違いない!


「新聞部とのやり取りは晴花ちゃんに任せて大丈夫かしら? 本当なら部長の私が率先してやるべきよね」


「星先輩は部長として、どーんと構えていてください! 新聞部との連携はこの神晴花が何とかしますから⋯⋯!」


 胸を張って言ったところで、私はさっきの部員さんの名前すら聞いてないことに気づいた。連絡先も聞くのを忘れちゃったし。これじゃ連絡取り合えない⋯⋯。


「どうかした、晴花ちゃん?」


「いえ、何でも⋯⋯」


「そう⋯⋯。ところで今日はりんりんちゃんいないのね」


「えっ!?」


 星先輩が指した私のカバンには真っ赤なりんごのキャラクター、りんりんちゃんがいなかった。


「え〜っ、どっかで落としたのかな。朝はいたんですよ、りんりんちゃん」


「晴花ちゃんの大事な相棒が行方不明なんて、悲しいわね〜。でも朝はいたなら、学園内のどこかにいるんじゃないかしら」


「ですよね⋯⋯。どうしよう、りんりんちゃんは弥生姉からもらったものなのに」 


 故郷に帰ればまたりんりんちゃんは買えるけど、弥生姉からもらったりんりんちゃんはあれ一つ。ずっと星花生になった私を見守ってくれた相棒だ。


「星先輩、探しに行ってもいいですか?」


「あの子は晴花ちゃんの大切な⋯⋯」


 私たちの会話を遮るように部室のドアをノックする人がいた。二人でドアの方を見つめる。部員ならすぐ入ってくるはずだけど、ノックした人は入ってこない。


 星先輩が椅子から立ち上がりドアを開ける。


 そこには、さっきの新聞部の先輩が立っていた。

 


 


 

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