第3話 「君を愛することはできない」と真実の愛を貫いたら全てを失いました……愛ってなんだろう?後編
王都から少し離れた湖畔に、ひっそり
「すまない……今はこれが精一杯」
「ううん、とっても嬉しいわ」
普段着で式に臨むカミアに己の不甲斐なさを呪いたくなる。
ああ、せめてカミアに純白のドレスを着せてあげたかった。
「それに、湖畔の教会は趣があって素敵よ」
「私は本当に情け無い男だ」
「もう、大事なのは私達の愛でしょ?」
「カミア……絶対に幸せにしてみせる!」
私達は手に手を取り合って教会へと足を進――
「ちょぉっと待ったぁ!!!」
――もうとして待ったをかける聞き覚えのある声。
「「モ、モリカ(様)!!!」」
振り向けばヤツがいた!?
私の元婚約者モリカ・イルノアがにっこり笑って立っていた。
「どうして君がここに?」
「シナーフ様がご結婚されると耳にしまして――」
え、どこから情報を得てるの?
「――みなさんと一緒にやって来ましたの」
しかも、背後にずらりと令嬢が並んでいるんですけどぉ!?
「『キシュホーテ貴腐人の会』一同で『真実の愛…その後観光ツアー』を組んで」
「なんだその怪しげな会と聞き捨てならないツアーは!」
「お二人の愛の目撃者として私達すっかり意気投合しまして」
よく見ればみんな婚約破棄の時に中庭で見た顔触れではないか!
「真実の愛をあまねく世に知らしめる『キシュホーテ貴腐人の会』を創設いたしましたの」
「まさか知らしめる真実の愛と言うのは!?」
「もちろんシナーフ様とカミア様の崇高な愛!…ですわ」
完全な晒し者じゃねぇか!?
「なんせ貴腐人達の間でお二人は常に話題を独占しておりますから」
背後の令嬢達も祈るようなポーズでウンウンと頷いているが……
「平民となった私達の話題など面白くもないだろ」
「何を仰います、地位を捨ててまで貫かれた真実の愛こそ語り継がれるべき伝説!」
やめてぇ!
語り継がないでぇ!
「キシュホーテの貴腐人でお二人の愛を知らぬ者はモグリですわ」
「どこまで話が広まってるんだ!?」
「私達が伝道師となって広めておりますから……国中?」
お願い広めないでぇ!
「お二人の美しい愛を描いたアイノ・リカルモ先生の薄い本を使って」
令嬢全員がばっと手にした薄い本……贈呈ですと渡された表紙は咲き誇る薔薇の中で抱き合う私とカミアに似た男女(?)のイラスト。
「もちろんヒーローのモデルはシナーフ様でヒロインはカミア様ですわ」
それヒーローじゃなくてピエロだろ!
「モリカ会長、どちらもヒーローなのでは?」
「カミア様を攻めにしても面白いと思いますわ」
「何を言うの。シナ×カミは絶対正義ですわ」
「あら、カミ×シナも斬新でよくありません?」
「絶対シナーフ様が左側です!」
令嬢達が何かよく分からん用語で盛り上がっている……腐ってやがる。
「このように毎日お二人の愛がホットな話題なのです」
「くっ、怪しげな本をばら撒きおって」
「我ら『キシュホーテ貴腐人の会』の
ぱらっとめくっただけで目に入る良い子には見せられない私とカミアの完全18禁のイラスト満載の本が怪しくないと?
「次の新作には是非カミ×シナを所望いたしますわ!」
「あっ、ズルい、アイノ先生、次はもっと過激な絡み合いを!」
「いいえ、アイノ先生、初心に返って純愛ものですわ」
「あっ、コラ! 私の
「コホン、とにかく私達は真実の愛の行末が気になっ……心配になって『真実の愛…その後観光ツアー』を敢行いたしましたの」
お前ら間違いなく興味本位だよな!
「やって来て正解でしたわ。お二人の愛の証明が人目の当たらない場所で、しかもカミア様は私服……女にとって結婚式は人生で最大の憧れイベントですのよ!」
「いやカミアは男……」
「シナーフ様! カミア様は身体は男でも心は乙女でございます。真実の愛を貫いたあなたがそんな無理解なことでいかがいたしますか!」
いや、それは確かにそうなんだが……モリカに言われるのは何か納得いかん。
「もっと盛大に結婚式をやりますわよ!」
「だが、私には先立つものが……」
「問題ありません」
くるりと令嬢達へ振り返ったモリカは両手を突き出した。
「さあさあさあ、みなさんカンパでしてよ。立派な結婚式を挙げられるほど私の創作意欲が湧きますわ」
お前の為じゃねぇか!!!
「私は婚約者から頂いたネックレスを進呈します」
「ヒヒイロカネの刀を……家宝を持ってきておいて正解でしたわ」
「では私は母の形見の指輪を」
それ全部売っちゃダメなやつだから!
「ダメだ。私達の結婚式の為にそんな大切な品々を……」
「大丈夫。真実の愛の前には婚約者も親もご先祖様もみ〜んな目を瞑ってくださいます」
そんなわけあるか!
「会場は王都のど真ん中、カミア様には極上のドレスを……ああ、創作意欲が湧いてきますわ!」
「完全に自分の為だよな?」
こうして、あれよあれよと言う間に盛大な結婚式が準備されていった――熱狂した貴腐人達の手で……本人達の意思を無視して……
カラーン――
カラーン――
王都に祝福のカンパネラが響き渡る。
純白のウェディングドレス姿のカミアは本当に綺麗だ。本心から嬉しそうに微笑むカミアは花が咲いたようにとても可憐だった。
モリカに引っ掻き回されたが、これで良かったのだと今は思う。
ただ、ヴァージンロードを歩く私達を血走った目で見るのは止めてくれ。死刑台に送られる罪人の心境だったぞ。
誓いのキスの時には令嬢達が総出で前のめりになって、血走った目を大きく見開いてガン見してくる光景は軽くホラーだった。
まあ、フラワーシャワーでは温かな祝福に包まれて、カミアが幸せそうだったから良しとしよう。
だが、ぐっと親指を立てサムズアップするいい笑顔のモリカ……鼻血は拭いてくれ。恐い。
「いやぁ、またまた良いものを見せていただきました」
「まったく薄い本の創作の為だけによくやる」
「心外ですわ。これでもシナーフ様の幸せを真に願っているのですよ」
本当にシナーフ様を愛しておりましたから、と寂しく笑うモリカにハッとさせられた。
「すまないモリカ……私の軽率な行為が君を傷つけてしまった」
「いいえ、シナーフ様がお幸せならそれで良いのです」
「モリカは……その……今は……」
「私は大丈夫ですわ。婚約者も決まりましたし」
「そうか……」
「そんな顔をしないでくださいませ。私もそれなりに幸せなんですから」
そう言って微笑むモリカの美しさを私は今頃になって知った。
彼女を妻とし国を治める未来があったのかもしれない。
才色兼備な彼女なら、きっと良い国母となっただろう。
だが、その道は私の手で断たれ、絶対に訪れない未来となった。
「それでは末永くお幸せに〜」
「「「ご機嫌よ〜」」」
突然やって来て私達を引っ掻き回し、モリカ達は嵐のように去って行った。
「ぷっ、くっくっく……あははは……」
その影が見えなくなるまで見送っていたカミアが突然笑い出した。
「どうしたんだ急に?」
「ふふふ、だってモリカ様って無茶苦茶なんですもの。とても落ち着かれた完璧な令嬢だと思っていたのに」
「ああ、そうだな……」
笑いすぎて出た涙を拭うカミアをグイッと抱き寄せその頭にキスをする。
「本当に私は何も見えていなかったんだな……」
今回の件で私はモリカの事をまったく見ていなかったのだと思い知らされた。それは同時にカミアの真の姿も見ていなかったのと同じ。
だから、私は全てを失った。
だけど……
「私は今度こそ道を誤らない。共に幸せになろう」
「はい……シナーフ様と一緒ならきっと……」
カミアの幸せそうな笑顔に私の心が満たされる。
全てがなくなり一輪の花が残されたことで、私は真実をそこに見つけた。
私は本当に大切な宝を手にしたのだと……
「君を愛することはできない」と真実の愛を貫いた婚約者。私がザマァするまでもなく自滅しました。 古芭白 あきら @1922428
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