異世界ペリリおじさん

月狂 四郎

異世界ペリリおじさん

 帰ると、ぼくの部屋に小さなおっさんがいた。


 身長は30センチほどの小人。つぶらな瞳をしたおっさんだった。


「おっさんは誰? どこから来たの?」


 そう訊くと、おっさんは薄皮一枚向こうにある、別の世界から来たって言う。


「こうやって、ペリリとめると、ふたつの世界を行き来できるんだよ」


 そう言っておっさんは世界の膜をぼくの前でペリペリめくった。


「おお~」


 たしかに、そこにはサランラップみたいな透明な膜があって、向こうには違う世界が存在していた。


 おっさんが言うには、彼は元々ぼくら側の世界にいた人みたいなんだけど、色々あってこっちで生きるのがつらくなり、向こう側へ行ったんだそうだ。今日ここへ来たのは、たまには里帰りしてみようと思ったからみたいだ。


 ――異世界。


 剣と魔法があって、ドラゴンが飛んでいるところなのかなと思ったけど、おっさんがいた世界はぼくらのいる世界と大して変わらないんだそうだ。


「じゃあなんでそっち側へ行ったの?」と訊いたら、つぶらな瞳が少しだけ真剣になった。


 小さなおっさんは、こちら側の世界でとても生きづらかったのだそうだ。


 いわく、こちらの世界では体の小さなおっさんは普通の人とは見なされず、それだけで差別されたり、変な気遣いをされたんだそうだ。


 どこへ行っても居場所がない。


 この世界は自分を嫌っている。


 おっさんは生きるのが嫌になった。


 ある日、お友達があちら側の世界を紹介してくれて、遊びにいったのだそうだ。


 そこはとても楽しいところだった。


 きれいな女の子もたくさんいて、小さなおっさんは「かわいいかわいい」とモテまくる。もう元いた世界には何も未練がなくなった。


 誰だって愛されないよりは愛された方がいい。


 おっさんはますますペリリと世界の膜をめくり、あちら側の世界へと入り浸るようになり、最終的には向こうで住もうと思った。


 もう移住には何のためらいもなくて、今日この日が来るまで、またこちらへ来ることなんて無いだろうと思っていたそうだ。


 だけど、楽しい時間っていうのはあっという間にすぎるもので、おっさんは向こうでたくさんの女の子たちと遊んでいる間に、知らぬ間にかなりの年月が経っていることを知ったのだった。


 元いた世界に未練は無かったけれど、両親がどうしているか知りたくて、おっさんは再び世界の膜をペリリとめくってやって来たそうだ。


「それで、お父さんとお母さんには会えたの?」


 そう訊いたところ、おっさんは暗い顔になった。ぼくは地雷を踏んだらしい。


 おっさんのご両親は行方がわからず、住んでいた家も無くなっていた。


 結局おっさんは帰る家もないので、また楽しい世界へと帰ろうとしていたとのこと。そこでぼくに見つかったらしい。


「向こうはどんなところなの?」


 ぼくはおっさんに訊いた。


 おっさんいわく、とても楽しいところなのだそうだ。それも、長い時が経ってもまったく気付かないほどに。


 向こうでは自分の生きたいように生きられて、かわいい女の子もたくさんいる。天国みたいなところだと。


 じゃあなんでおっさんはこっちへ戻ってこようと思ったのだろう?

まあ、誰だって一度は帰りたくなることだってあるのだろう。


「ぼくもそっちに行ってみたいな」


 おっさんが昔そうしたように、僕も向こうの世界が知りたくなった。


 誰だって楽しく生きられた方がいい。


「いいよ」


 おっさんは、なぜか少しだけ悲しそうな顔をした。


 やった。これでぼくも天国みたいなところへ行けるぞ。


 おっさん、ありがとう。


 ぼくはおっさんの小さな手をにぎり、これでもかってぐらいブンブンと振った。


 これでぼくも異世界へと行ける。そう思うとワクワクした。


 でも、そうなると友だちや家族とはもう会えなくなるのだろうか。


 ……まあ、いいか。


 それは後で考えよう。


 ぼくは期待に胸ふくらませて、異世界へとつづく膜をペリリとめくった。


   【了】

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