第4話 雪だるま

 音に聞く御伽の國の雪だるまスノーマンは、愛くるしさを具現している。然は然り乍ら、一時の職務で幾たびも幼少の夢を微睡みへ誘う事となる。そして、前述の雪だるまスノーマンもその一環と化すとは…


 ──クソッ、動きにくすぎだろ!…雪だるま



 ほんの五分前の出来事である。

 買い物が可能な『虚空体からばこ』に魂を移すため、『待機所ポット』の一種である“魂の鈴”に、一時的に魂を留め、自分自身が“鈴”になることに成功した俺。以降、鈴の姿の俺のティガとの会話は、テレパシーで行われることになる。

 そして、おっつけ俺はティガから、衝撃の虚空体からばこを伝えられることになる……。



「───じゃっじゃーん! 雪だるまです!」


 屈託のない笑顔でティガは、広場のど真ん中に佇む雪だるまを指さした。


(………いや、雪だるまです! じゃないよ)


「あれぇ? なんか不満ってカンジ?」


 眉をひそめたティガに、俺は口を衝いた。

 ………鈴だから口なんざないけど。


(あぁ、まず一つ目。何で雪だるまが買い物出来ると思っているんだ? 雪だるまだぞ!?

そんなんだったらトナカイも雪だるまも同じようなもんだろ?)


 ティガは うーん と唸ると、顎を触って、羽をゆっくりとパタパタした。そして、少し考えると何かを思いついたように、あざとく答えた。


「でも今日はクリスマスイヴだよね? パーティのためにコスプレをしている人だって、たっくさんいるよ!(早朝だから全然いないけど)

 それに、人間にはトナカイさんの言っていることは分からないけど、雪だるまさんの言っていることなら分かるでしょ?」


(……はぁ? 雪だるまにしゃべれる口はないだろ?)


 流石の俺も呆れ果てた。少しアホな女上司、なんて設定は創作上で随分と間に合っている。これが世間一般にいう“楽しい職場”だというのなら、卯月一月ひとつきも経たずに五月病になってしまうだろう。カマトトぶっている女上司への不快感は歳を重ねるごとに大きくなってゆく。


「口あるじゃん! どこ見てんの!」


 不機嫌そうな顔の俺に躍起になったティガはまだ日の薄い路地裏から、広場に座す大きな雪だるまに再び指をさし、声を上げた。


 その雪だるまとは、全長約190m三段構造で、上段、中段、下段から成っている。

 中段は、赤いボタンが縦に三つ並び着けられている。また、その両横からそれぞれ腕に模した手袋を軽くはめた太めの木の枝が突き刺さっている。また、中段と上段の接合部には、赤と白のマフラーを着けている。

 下段は上段、中段より大きな球体で、全体のバランスを保っている。その球体の下側前に、長靴の履いた太い木の枝が左右各々突き刺さっている。おそらく、足のつもりだろう。

 上段には赤いリボンの黒いシルハットが被されており、上半分には目を模した炭団、中央には新鮮で立派なニンジンが鼻の如く咲き誇っている。そして、肝心の口なのだが……

 雪だるまでよくある口の形といえば、小石を何個か円弧を描くように並べ、にっこり笑ったように見える形。しかし、どうやらこの雪だるまは違うようだった。

 モミの木の枝ほどの太さの烏漆のワイヤーが、月入の上弦のように形作られていた。


「ほら! 見えるでしょ! 口!」


 ほら見たことか、とでも言いたそうな表情。トナカイ姿では自分より遥かに小さかったその妖精は、今では自分より遥かに大きく、息苦しいほどに威圧感を感じた。

 ──確かに雪だるまには口がある。だが、俺が言いたいのはそういうことではないんだ…。


(口はあるけど……、そうじゃなくて……)


 雪だるまに吹き流るる暁風は、若干の威圧感と共に生温く俺のテレパシーの言葉を濁した。


「ははぁん、もしかしてドナーくん。まだ、ファンタジーの世界に慣れてないな…?」


(え…? えぇ、まぁ。慣れては、ないです)


 突然の問い。加えて、その意図を心得ずにいる俺は、曖昧な答え方をしてしまった。


虚空体からばこで喋ることができるようになる必要条件は、どんな形であれ“口”があること。そしてそれは生物的な、声帯がある必要はなく、概念的で表面的な、ペンで描いた口だったり、木で模した口だったりでも構わないということ」


(じゃああの雪だるまはワイヤーで作られた口があるからしゃべれるってことか…?)


「そうそう! 簡単に言えば、通りすがりの人が一見して、それが口であると感じれば、それは概念的な口と成る。つまりしゃべれる!

 …まぁなんていうかさ、此処は君の居た社会とは違うの。論よりファンタジー。さらに言うとね、何よりも大切なのは“人の感じる事”」


 何か特別、深く理解できたわけではない。

しかし、此の胸の奥を震わしたファンタジーというものの真髄を、俺は……気になったんだ。


「そう、謂わばドナーくんの身に起きた魔法は『異世界転生』ならぬ『異社会転生』!!!」


 ───異社会転生…。フッ、あながち間違いでもないのかもしれないな。これからの人生、全く新しい社会と共にどう生きて行こうか…。

 こんな歳でも成長するとは感慨梅ものがある。が、それよりも俺はさっきから気になっていて仕方のないことが起きている───。


 ティガよ。俺は今、トナカイではなく鈴なんだ。丈の短いスカートでそんな高いところを大の字に飛んでいると……(なぁティガ、丸見えだぞ)。


「え……? ────────な!!!!!」


 ティガの白い肌が、カーッと血に塗られたように赤くなってゆく。

 新品のスカートのしつけ糸しかり歯に挟まった食べカスしかり、気の利く男である俺は数多の言いにくいことを平然と言ってのけたのだ。

そんな俺の親切は、お子ちゃまのティガには、早かったかもしれない……。


(…って、─────────────え?)


 次の瞬間、雑多な思いが巡り、アベコベな親切心と慢心に気を抱かれた俺に喝を入れるかの如く、ティガは、鈴そのものとなったこの体を横から蹴飛ばした。その蹴りに共鳴し、俺自身しゃらららと左右に揺れ、虚空からとなったトナカイの首で甲高い音を鳴らした。


(うぇぇぇ、酔う酔う! 気持ちわりぃよ…)


 まるで、テンポ240のメトロノームのように、左右に揺れ脳を震わせ、無為無能な酔漢と化す。

 何よりそれに加えて、鼓膜に直接ぶつけるような鈴の騒音、そんな痛苦が俺の体が僅かでも動くたびに襲ってくる。鈴になる、ということは決してそれに起因する事象に耐性があるわけではない。俺は魂を宿し識った。痛みを感じるのは決して生物だけではない。無機物にも…、痛覚はあるのだと……。


 それで、とティガは自身の暴力をもうすっかり忘れてしまったようで、話しを再開させた。


「さっき不満点の一つ目って言ってたけど、まだ何かあるの? 買い物できることも分かったでしょ?」


(あ、あぁ。それは分かった……。じゃあ、二つ目。なんで、雪だるまなんだ? 概念的な口がついたやつもコスプレに偽装できる姿も、他にもたくさんあるだろ?)


「あぁ、それはねぇ……」(そ、それは…?)


「それは……、────────なんとなく」


 え? なんとなくだと? どういうことだ?


(……ならよく考え直してくれ。雪だるまなんて動きにくいったらありゃしない…)


 業務を適当に遂行するため、一つの案を提示するのは部下の役目でもある。


「やだ! 雪だるまは決定事項です!」


 その提案を却下されるところまでがセットとは、よく言ったものだ。

 正直、なぜティガがここまで雪だるまに固執するのかは全く理解できない。尤も、何か深い訳があるとも思えないが………。


(───!? わぁ、っと何だ何だ!?)


 突如として何かに持ち上げられ、冷気を纏い浮く体。徐々に視線が高くなり、具合の良い高さで地面と並行になる。とはいえ飛行はグラグラと脳がハンバーグの空気抜きの如く左右に揺れ動く。安定性なんてものはゼロに等しい。

さらに再び脳を切り裂くほどの鈴の騒音が内に鳴り響く。気分は最悪のフライトとも言える。


 俺の体は、ティガに持ち上げられ、もう既に公園の雪だるまの前まで迫っていた。


(おい、マジで雪だるまにするのか!? もう考え直すことはないのか!?)


「ない」とティガは言い切った。飛行中のティガの顔は見えなかったが、声色は明るかった。

これは、後日談であるが、ティガが雪だるまにこだわった理由は「好きだから」という、本当に深い訳ではなかった。 ───ふざけんな!




 幾分か眠っていたようだ。目が覚めると、俺は、雪の積もった広場のど真ん中にいた。早朝だからか見渡す限り、人はいない。

 俺は、やっぱり雪だるまになったらしい。


「これならトナカイの方がマシだ……」って、 これ声出てるよな? 本当だったんだ。概念的な口があればしゃべれるって。

信じていなかったわけではないが…、


「ファンタジーって、すごいんだなぁ……」


 ふと、先程まで居た路地裏の方に目をやった。すると、白い雪景色に緑の星の如く目立つ格好をしたティガの姿があった。もし人間に姿が見えるのならば、ジャングルでもない限りは確実に隠れることは不可能だろう…。

 一方で、路地裏の陰に染まり、一切に姿が見えないのが、虚空からとなったトナカイである。これなら路地裏の奥まで凝視しない限りは安心だろう。


「さてと、俺もとっととやるか、初仕事…!」


 そう一気呵成を目指すも、どうやらそう簡単にはいかないらしい。嚆矢から鬼門とはな…。その鬼門とは、“立ち上がる”ことである。

 この“立ち上がる”というのは決して、仕事に対して重い腰が上がらない、などという精神的なことではなく、至極物理的な動作のことである。なにより、俺が危惧している雪だるまになること、そのデメリットの一つでもある。

 若干前側に突き刺さった、ただの木の枝としては太く、しかしこの体の割には細く心許ない、そんな脚で立ち上がるという至難の業。

加えて、この短すぎる木の腕では体を支えて立ち上がることも不可能だろう。


「チッ、日も登ってきたか。早くしねぇと」


 俺が危惧している雪だるま最大のデメリットは、 ということである。その 溶ける とは、俺にとって何を表すのか。それは……。


「ふぅ、こうなったら…」


 頭の固い俺にも、即興で一つだけ案が浮かんだ。試してみる価値は大いにある。


 一度力を抜き、風を感じる。──追い風か。

 そのまま後ろにギリギリ倒れ込まない程度に体を留める。そして、勢いをつけ、風にのり、「よっ」っと俺は前方に体を差し込んだ。

 立ち上がる、とはいえ慣れない体のために、暫時、その場でジタバタと足踏みをする。

やがて、その足も落ち着き払った。


 振り子の原理。古典的だが効果は大きい。

昔から、今もなお使われているのにはそれ相応の訳があるということだ。


「よし、始めようか…、初仕事!!!」


 俺ははじめの一歩を踏み出した!


 すると……。ズボッ、という濁音を着飾った鈍い擬音と共に、高身長の視線がわずかに下がった。

 

 長靴のアッパーが雪の重さに潰されてしまったようだ。やはり、この雪だるまの重さには耐えられないのか…?

 しかし、この細い脚を取り払うことも出来ない。それは、先程の口同様、脚も概念的な脚があれば脚として動作するのだ。逆を言えばこの脚がなければ歩くことすら不可能なのである。


 ゆっくりと確実に、それでいて早く終わらせよう。───俺は決心した。


「クソッ、動きにくすぎだろ!…雪だるま」


 その日の早朝ニューヨークで、ちょっぴり機嫌の悪い雪だるまが、出勤した。

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クリスマス、転生したらトナカイでした。 橋詰洵太 @Hashi-off

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