第3話 魂の鈴

 幾星は空の深淵に堕ち、摩天楼衆の間から薄く煌めいた暁が地を這う風花の頬を照らした。

タイムズスクエアの看板時計には12月24日7:00のネオンサインが雪を被って映えていた。


 ──ここがニューヨーク……初めて来た…!



 まずは、さっきまでの急展開を順序立てて追憶しようと思う。前回のあらすじ的な感じで。


 仕事があるとダッシャーに言われた俺は妖精の森に訪れた。そこでティガという手のひらサイズの女の妖精に出会う。そしてティガの援助により、俺は仕事を開始した。その内容とは、「ニューヨークへおつかい」。そのためには、魔法を利用して空を飛ぶ必要があった。

 ──そして跳んだのだ。そしてそして、今、ニューヨークにいるというわけだ、が……。


 やっぱり急展開すぎるよな。だが大丈夫だ。俺もこのファンタジー特有の急展開はよく理解わかってない。


 そんなこんなで俺は、付き添いの妖精ティガと白い布一枚でフィンランドから遥々、此処、ニューヨークまでやって来た。

形から入るつもりだった俺は、てっきりサンタのトナカイはソリを引いて空を飛ぶものだと思い、ダッシャーに物申したが、ニューヨークのどこにそのえらく大きいソリの隠し場所があるのかと聞かれて思わず口を噤んでしまった。

───────まぁ、確かに、と。

 事実、俺が今いる若干郊外の、広場に面したビルとビルの狭い路地裏にすらあの大きなソリはその姿を完全に隠すことはできないだろう。

いや、入りすらしないかもしれない。


 すると前述何文かが無駄言となる事実を今、羽でパタパタと浮くティガから聞かされることになる。


「それで、ドナーくんは自分の仕事内容はちゃんと分かっているの?」


「え、あぁ…。おつかい、ですよね?」


「それはそうだけど、何を買うのか、とか!」


「あぁ! わ、分からないです…」


 俺は申し訳なさそうに黄色い鼻を下げた。


「やっぱり! 良い? ドナーくんのお仕事は此処、ニューヨークで『雑貨屋NY本店限定のNY印の付いたクリスマススノードーム』を買うというチョー重要案件!」


「一個だけ?」 「うん、一個だけ」


 なるほど。そりゃあソリなんざ必要ないな。俺は鼻を何度も縦に動かし頷いた。


「じゃあ今から、その店の場所を言うね!」


 そう言うとティガは羽をより一層パタパタとさせて路地裏から飛び出した。


「良い? ここの広場をこっちに抜け…」


「え? ちょっと待って!」  「ん?」


天然か!?「人に見つかったらどうするの!」


 道案内のために左に伸ばした細く小さな腕を胸に収めると、ティガは両手で短いスカートのヒラヒラを握り締め、……突然吹き出した。


「プッ、アハハハ! そっか知らないのか!」


 え? 「なんのことだ…?」


「私達、妖精の姿は人間には見えないの!

だから、大丈夫。心配しなくてもね!」


「…そうか」俺は安堵の白いため息をついた。


「でも、トナカイさんの姿は見えちゃうから、確かに気を付けないとね! ごめんごめん!」


 ティガは小さな両手のひらをパチンと合わせると、目をぎゅっと瞑り、体を前傾させた。

 やがて姿勢を正すとティガは、先ほどと同じように、それでいて少し周りに気を遣い、路地裏から体を出した。

 俺もそれに同調し、トナカイの顔だけを路地裏からひょこっと覗かせた。


「良い? この広場をこっちに抜けると、右手の方に大きなクリスマスツリーが見える大通りがあるの。その大通りを右にずっと歩けば、看板に大きく“prank P-G”と書かれた五芒星のネオンが印象的なガラス張りの雑貨店がある。その店にある『NY SNOW time GLOBR』という商品を買う! これでお仕事は完了です!」


 なるほど分かったような分からないような。だが、それよりも、な疑問が思わず口を衝く。


「一緒に来てくれれば良くないか? 人間に姿が見えないのなら、尚更に」


 俺の不貞腐れ口に、ティガは首を傾げて言った。


「私は、トナカイさんを見てなきゃだから…」


 ……は? この子は何を言っているんだ?


「少し言っている意味が分からないのだが…」


「え? だってドナーくん。トナカイさんはお買い物出来ないよ?」


────────あ。 「確かに……」


 盲点だった。言われてみればトナカイが買い物なんかできるわけがない。コスプレのフリをすれば……、いやダメだ。言葉が通じねぇ。

おいおい考えなかったのかよ、他のトナカイ達は。トナカイと、人間に姿が見えない妖精の二人でどうやってこの仕事を遂行するんだ!?

絶望的すぎないか? よし、言い訳を考えよう。


「どうする、ティガ。俺はトナカイの上司にまで怒られたくないぞ!」


「んあぃ? あぁ、もしかしてのこともまだ知らないの?」


「鈴?」「うん」「知らない」「説明するね」


 本当の教育係は現場の上司だったか。そういえば土方をやっていた時も、デスクの上司の声なんざ一つも入って来なかった。対して現場の上司の声は良くも悪くもすべてが胸に轟いた。


 ──いかんいかん、なぜ比べてしまうのか。

あんなに嫌いだった人間社会と…。

 そんな二つの社会が心に渦巻く最中、ティガは、そのについての説明を始めた。

 

「君達トナカイは鈴を首にかけているでしょ?ドナーくん含めてね!」「はい、かけてます」


 首元の鈴に目をやり、ゆらゆらと鳴らした。


「その鈴はただの鈴じゃなくて、私達はこう呼んでいる、“魂の鈴”ってね」「魂の、鈴…?」


「そう、この魂の鈴は『虚空体からばこ』を繋ぐ『待機所ポット』と呼ばれるものの一種で、魂を留めておくことが出来るの。まぁ簡単に言えば、今、ドナーくんの体に留まっている魂を、この鈴に移す。そして、この鈴を別の体につけることで、トナカイ以外の体で行動することができるようになるの。例えば、ドナーくんの鈴を生物の死骸に着ければその生物になれるし、『虚空体からばこ』に着ければ対応の生物以外にも魂を宿らせることができるの!」


「ちょっと待ってくれ。その『虚空体からばこ』ってのはなんなんだ?」


「うーんとねー、魂の入っていない体、って言えば分かるかな? 死体とか無機物とかそう言う系統のやつ」  


「無機物?」


「うん、そのまんま。良くあるのだったらマネキンとか人形とか。まぁ、有機物もいけなくはないんじゃないかな? わかんないけど…」


「な、なるほど。俺はこの鈴に魂を移して、その鈴を他の体に着けることでその体で行動出来るようになる」


 客観的に何度も繰り返すように見えているだろうが、自身が本当に理解をしているのかを、確認する意を込めて、俺は復唱した。


「うんうん、だいたいそんな感じでオーケー」


 ティガは腕を組み、小さな体をふわふわと浮かせながら、大きく頷いた。

 俺は安堵で、再び白いため息をつく。


「───え? じゃあ俺の体のこのトナカイって、死骸なの!?」


「え、うん。そう言うことになるね」


 新事実です。サンタクロースのトナカイは何と死骸で、何者かの魂がトナカイを乗っ取っています。皆さん、僕はこれから先にも判明するであろう様々な新事実が自身の幼少の夢すらも破滅し歩きそうでとても怖いです。何より自分がこれからそのトナカイの内一人になるということが複雑な気持ちでいっぱいにする要因の一つです。


 うぅ、かわいいトナカイさんの夢が……


「アハハ、大丈夫?」 


 ティガは乾いた笑いをして、俺の顔を覗き込んだ。


「だ、だいじょうぶだ。しごとをしよう…」


「うんうん、そうだね。じゃあ……魂を鈴に」


「あぁ、……ってどうやるんだ?」


 俺が首を傾げると、鈴がシャランと鳴った。


「えーっとね、なんかニコラスおじさんは喉に詰まったパンを飲み物なしで胃に落とす感じ、って言っていたよ」


 ニコラスおじさん? あぁ、サンタさんのことか、早めに慣れなきゃな。って、それよりもどんな例え方してんだよ! ちょっと分かりにくいわ! ──まぁ、でも経験はあるしやってみるか。トナカイも人間も同じ感じだよな?


 俺は四つ足を正し、集中モードに入る。

まずは何となく口をポカンと開けて息を吸う。雪の香りが混じった白く冷たい空気が目一杯に口内をその冷気で犯すのを感じる。負けじと、その空気をワインのように口の中で転がす。

 ───そして、呑み込む……。

わざとらしく、首元にその空気を留める。

心なしか、首元がその分膨れ上がっている。

四、五秒ほど経ったのち、首元に留めておいた空気を体へ解放する。

刹那、不思議なほどに何かの気が身体へ滝の如く流れ込むのを感じた。なんだ、この気は!?


 ─────違う。身体じゃダメだ! 鈴だ!


 俺はその気の滝の流れを自身の身体から、鈴へと何となくのフィーリングで変えてみせた。

 その流れの強さに、俺は思わず瞳を閉じた。


 傍から見たら、何の変わりもない数十秒間だっただろう。このトナカイは息を吸うとそのまま、ただ突っ立っていただけだった、そう見えるだろう。ただそれは、傍から見た、ならだ。


 いつしか滝のような気の流れは終わり、俺は瞳をゆっくりと開いた。なんだこの窮屈さは?

 その窮屈さ、ただそれ以上に気になった事。

人間からトナカイに転生したあの時と同じ……


(───なんか、目線低くねぇか…?)


 そう、この高さ。丁度トナカイの首辺り…。


  「わっ!」 (わぁ!!!???)


 突然目の前に現れたのは、さっきまで僅かな大きさだったティガ。しかし、今目の前にいるティガは、自分よりも一回り程大きく見える。


「あれ、もしかして一発成功? アハハハハ、すごいすごい! 才能の塊だね!」


 今の状況、そして目の前で大きくパチパチと拍手しているティガの様子からしても、きっと無事成功したんだろう。


(無事成功か、安心したよ…って、鈴には口がないから聞こえないか。だがこれからど……)


「大丈夫聞こえるよ!」(え!? なんで!?)


「アハハ! それはね、妖精は“テレパシー”が使えるからね! アハハ!」


 テレパシーか、なんか嫌だな。恥ずかしい。


「声に出して話せない状況と、そっちから心の声で話しかけてきた時以外は、意識して聞かないから大丈夫だよ! 安心して!」


 とは言え煩悩は恥だな。気をつけよう。


(それでティガ、肝心の虚空体からばこはどこにあるんだ? 買い物をするなら動物は論外だろ? まさか都合良く人間の死体はあるまい)


「あぁね、それなら心配無用! アレです!」


 ティガは目先の広場を指さした。

 その先には…………


(おいおい、ティガ。どこを見ているんだ?

あそこにはデカめの雪だるま以外何もないぜ)


 指をさしたままティガは無言で振り向いた。


(何も、ないぜ…? 雪だるま、以外


 ─────雪だるま、以外    


   おいおい…、え? まじで???)


「───────ほら。あるじゃん」


 

 クリスマスイヴの早朝ニューヨーク。

暁に照らされた一人の雪だるまの初めてのお使いが、今、幕を開けた。

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