星散る空よ

咲翔

***

「ねぇ、天文部主催の星空観測会、行かない?」


 親友の瑞希にそう誘われたのは、七月が始まったばかりの水曜のことだった。わたしは瑞希の言葉の勢いにつられて、うんと頷く。


「やったぁ」


 一人飛び跳ねる彼女に、わたしはもう一度聞き返した。


「え、星空、観測会?」

「そ。学校の屋上で、望遠鏡使って夜空を観るの」

「いいねぇ。いつ?」

「七夕の夜だったかな」


 頭の中で部活の予定表を確認。七月七日は……うん、確かオフだった気がする。


「ん、部活もオフだし行けるよ」

「いぇーい」


 瑞希はわたしに向かって満面の笑みとピースサインを向けた。


 彼女とは今年始めて同じクラスになった。わたしがバドミントン部で、元一年六組。瑞希は演劇部で元一年八組。クラスも部活も違かったわたしたちは、全く接点のないまま高校一年生を過ごした。そして今年の春、初めましてだったはずのわたしと瑞希は新クラス初日から二人して大遅刻をするというアクシデントを起こし――今では、こんなにも仲良くなっている。


「じゃ、二人分申し込みしとくね」


 笑顔のまま、喜びのあまりくるりと一回転する瑞希。わたしはその様子に笑いながら、「頼んだよ」と返事をした。


 星空観測会。ふふ、楽しみ。



 ✮



 待ちに待った七月七日の夜がやってきた。うちの高校の最終下校時刻は十九時と決まっているのだが、今日は特別だ。天文部員を始め、観測会参加者は地学室に残っている。


「夜の学校ってわくわくするね」


 わたしは瑞希の隣に座りながら呟いた。小学校の頃は七不思議とかを真面目に信じていたから、絶対に放課後残りたくないと思っていたけれど、高校生の今は別だ。トイレの花子さんとか信じないし……ってか、うちのとこにそんな話はなかった気がする。


 結構歴史ある公立だから、ユーレイ話出てもおかしくないんだけどな。まあ、それはおいといて。


「わくわくするの、わかる」


 瑞希も言った。何がどうわくわくするとか、説明はしない。なんかこう……わくわくするんだよ! 普段は先生たちしか居ないはずの時間帯に学校にの残っているってのが最高。非日常って感じがするんだよね。


「観測会、何時からだっけ」

「確か八時半。あと十分」

「おけ」


 何故かわたしも瑞希も言葉少なだ。


「なんか今日疲れた」

「あれだよ、プールの授業があったから」

「あー、あったねぇ」


 プールに、星空観察。なんか夏って感じ。


「夏だねぇ」

「暑いよねぇ。てかここ、冷房きいてないでしょ」

「地学室って暑いイメージ」

「わかるわそれ」


 ふふふ、と二人で笑い合っていると天文部の人の声がした。


「一般生徒参加者のみなさーん、屋上に向かいまーす」


 いよいよ、始まる。



 ✮



 屋上に出ると、生温かい夜の風が吹き付けた。うちの学校は公立のくせに校舎の階数が多いのだ。周りの建物が小さく見える。


「わー、星空じゃなくて夜景も見れそうだね」


 瑞希がフェンス越しに下を見ながら言った。


「どーだろね、夜景だって言えるほど明かりの数ないけど、ここ」

「田舎だもんね」

「まあ都会ではないね」


 わたしは返事をしながら、視線を上に向けた。今日は嬉しいことに晴れ渡っている。雲ひとつ無く、なんと新月という、まさに星空観察にうってつけの日だ。



「あ、星」


 わたしは小さく声を上げた。瑞希もわたしに倣って上を見る。


「あ、ほんとだ」

「何個かな……四つ、五つ?」

「いや、もっと見えるよ」


 遠くで天文部員が「目を慣らすともっと見えますよ」と他の誰かに言っている声が聞こえた。


「だって」

「ね、聞こえた」


 わたしと瑞希は肩を寄せ合って夜空を見上げる。首が少し痛くなるけど、まだわたしたちの目には映らない星たちの数を考えたら、なんかすんごい壮大なところに生きてるんだって気持ちになって……痛いとか、どうでもよくなった。


「あ、見える星増え始めた」

「わたしも」


 吸い込まれそうなほど真っ暗な空に、白い輝きが点々……と見えていたのがいつの間にかひしめき合って見えるようになってきた。


「天の川かな、あれ」

「だよね、わたしも思った」

「きれいだね」


 ぽつりと呟いた。


「うん、きれい」


 ぽつりと返す。


 それからわたしたちは飽きるまで星を見続けた。他の人たちは望遠鏡の列に並び始めていたけれど、わたしと瑞希はそのままの夜空を見ていたかったのだ。


「ねぇ瑞希」

「なに」


「今日、これに来ようって思ったのはどうして?」


 瑞希が星好きとかいう話は聞いたことなかった。というか、こういうイベントに参加するイメージがなかったから、彼女から誘ってきたときには少し驚いた。


「なんか、あれ? もしかしてわたしと二人になって話したいことがあったとか?」


 少し心配そうな口調で聞くと、まさか、と瑞希は笑った。


「違うよ」

「じゃあ、なに?」

「理由のいらないことができるのは、学生のうちだけなのかもって思ってさ」


 こっちを向いてにっこり笑う友達。


「星空観察しようと思った理由? そんなの無いよ。こういうとりとめもない思いつきで、何かをできるのは高校生の特権。


 言うなれば、アオハルってやつだよ」


「アオハル。瑞希からそんな単語が飛び出す日が来ようとは」

「へっ、私だってアオハルしたいもん」

「はいはい」


 口をとがらせて言う瑞希の言葉を受け流しながら、わたしは天の川を挟んで輝く二つの星を見つけた。一年に一度しか会えないという制限付きロマンスを繰り広げる彼ら……よりも、今のわたしたち、良いんじゃない?


 理由もなく星空見るわたしたち。


 アオハル、してるんじゃない?


 そう思ったら何だか恥ずかしくなっちゃって、わたしは暗闇の中で口をきゅっと結んだ。隣に座る親友の体温を、すぐそばに感じながら。

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星散る空よ 咲翔 @sakigake-m

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