温もりは人肌に非ず

忍び寄る寒気が身に染みて、ようやっと服を新調してみた。

どこかレトロな空気漂うブティック。店員も”平凡”じゃない”渾身”のお洒落に身を包んでいた。

こんな気合いの入った店に限らず、ああいう場所じゃあ、必ずマネキンが目に入る。

その店イチオシのコーディネートに身を包んだそれは、これまでに出会ったどんな女よりも、それこそ泣けるほどに美しい。

そのスタイルは言うまでもなく、想像の赴くままに表情を変える顔は、言うなればサモトラケのニケだ。あの女神には腕がないからこそ、この体には命がないからこそ、その美しさは際立つ。

関節がむき出しな指は芸術的な機能美を惜しげも無く主張し、”顔”のない頭部と合わさって、画竜点睛って言葉に毛ほどの価値も感じなくなるだけの美が存在している。

昔世話になった英語の教師が言っていた「15を超えても抱き枕がないと眠れないようなガキをなんと呼ぶ?マザコンだろう?」なんて台詞が、毎晩抱き枕を手に眠る俺には全く”効か”なかった。

なんでだと思う?

俺はいつも「これが俺の女だったら。」って思いながら寝ていたから。

母親の柔らかさなんていらない。

黄金比と機能美に彩られた硬さを持った女だったらって。

不格好な俺の指には映らない、美がむき出しの白いマネキンの指を見ては、そう思う。

俺はそっと手を重ね、冷たさに酔いしれ、店を出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

日記 めかけのこ @mekakenoko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ