2枚目のタロット 戦車

眠れない。

頭の中には、ぐるぐると3枚もカードが渦巻いていた。

私は、頭まで被っていた布団をばさっとめくると、立ち上がった。いくら絨毯が厚くても、素足で触れると思わず肩が上がる程冷たかった。私は凍える手でろうそくをつけると、うわぎを羽織って塔のバルコニーに出た。凍える寒さが私の頭に喝を入れてくれるような気すらした。頭上には、無数の星が瞬いている。夜警にあたる兵が持つ松明があちこちに見えたが、その灯りがあっても星の美しさは全く損なわれていなかった。風情に疎い私でも、息をのむような壮大さだ。

「あのカードはどんな意味だったんだろう?」

ぽつんと、声をもらした。ちょうど、吐いた息が白くなって星空に向かっていくように。

私自身は占いを信じていなくても、みんなに「カミラの占いは百発百中だ」なんて言われたら、不吉な未来が見えてしまうと心配になってしまう。


塔を壊す太陽。愚者のカード。

「陛下は、国を滅ぼしてしまうんだろうか」

王国のシンボルである太陽。あちこちに掲げられている旗により、例え夜であっても王国を照らす。

その太陽が……。

脳裏にカードが瞬く。


そうはさせない。

陛下は変人ではあるけれど、唯一私に居場所をくれた人だ。

決意を新たにすると、鼻の頭まで冷たくなっていることに気が付いた。

「さむっ」

ぶるりと体を震わせると、ろうそくを拾い上げて部屋に戻る。暖かいベッドが待ち遠しかった。



「カミラ様!カミラ様!」

どんどんと扉を叩く音が聞こえる。ポールだ。私はうめいた。

「もう少し寝かせてよ。寝るの遅かったから、まだ眠いんだよ」

寝相が悪すぎて足元まで蹴り飛ばされた毛布を、しっかりと掛けなおす。

「緊急事態なのです!カミラ様に謀反の容疑がかけられています!」

いくら寝起きが悪くても、さすがに目が覚めた。飛び起きて扉を開ける。寝ぐせのひどさも、乱れた服も今は気にならなかった。

「どういうこと!?」

ポールは扉からするりと身を滑り込ませた。女性の部屋に入るなど、それほど余裕がないらしい、とぼんやりと思った。

「陛下が内密にカミラ様を捕縛する命令を出しているようです。昨日の定例会で何をしたんですか!」

私は思わずあとずさった。

「そんなはずない!私は王国を裏切ってなんかない!陛下が私を疑うわけないわ」

ポールの情報収集は尋常ではない。どんなときでも一番に情報を集めてきた。その情報を信頼してきたし、活用してきた。でも、今回ばかりは信じたくはなかった。ポールは首を振った。

「真実は今のところ関係ありません。とにかく、お逃げください。その間に、私がカミラ様の無実を立証します」

ポールは肩から革袋を下ろし、普通の町娘が着ているような服を取り出した。

「これに着替えてください。塔の裏に、商人が使う馬車を用意しました」

「ポール、これあなたの?」

「おかしなことを言わないでください!非常時に必要だと思って、準備しておいたのです」

ポールの几帳面にこんなところでも助けられた。普段口元しか見えない服を着ているから、私だとは誰にもばれないだろう。私の顔を知っているのは、陛下とポールだけだ。

「私は部屋の外を見張っておりますので、すぐに着替えてください」

ポールは返事も聞かずに、扉の外へと姿を消した。私は、何も考えることができずに、ただ言われた通り、用意された服に着替えた。白いシャツに、綿の長いスカート。頭に白い頭巾を被れば、今までの怪しげな雰囲気は全て消えた。

私は、ドアの向こうのポールに声をかけようとして、動きをとめた。

「ポール殿、なぜこちらにおられるのですか?」

感情のよめない、平坦な声が響く。

「カミラ様にご報告したいことがありまして。侍従長殿は、なぜこちらに?しかも、何やら穏やかではございませんな」

鎧がこすれるような、金属の音が響いた。侍従長は一人ではないらしい。

ポールは、正しかったのだ。


ここは、塔の一室。逃げ場はふさがれている。

私は部屋のあちこちに目をやった。


バルコニー。

私は必死でバルコニーまで出ると、脱出経路を探った。

とんでもなく高い塔だ。地上まで降りるのは現実的ではない。

でも、階段の窓までだったら……。

「孤児をなめるな!」

思わず腰が引けそうな高さだが、バルコニーの手すりをまたいだ。

一つ息をして、集中する。

塔のれんがの隙間に指をくいこませ、力をこめた。早朝の冷気が、指をかじかませる。なんとか気力だけでのりきる。小窓から体をすべりこませると、音もたてずに着地する。螺旋階段では、少し先でポールたちが言い争う声が響いていた。無言でポールに感謝して、私は小走りで階段を下りた。


塔の裏口に着くと、確かに荷車が止まっていた。御者台によじ登り、馬に合図を出す。からからと車輪が進みだした。とりあえずホッと一息つく。

今タロットを引けば、戦車のカードが出てくるだろう。さながら、私は戦車を引く英雄といったところだろうか。

気が緩むと、何やら座り心地が悪いことに気が付いた。

どこかで見たような革袋が私の体重に悲鳴をあげてつぶれていた。ポールが準備してくれたものだろう。馬の様子を気にかけながら袋をあけると、干し肉や酒、貨幣が少しずつ入っていた。そして小ぶりのナイフ。心強い味方がいることに対して、初めて神に感謝した。

「腑抜けている場合じゃないわ」

ポールの心遣いを無駄にするわけにはいかない。ポールは自分の立場を危険にさらしてまで私を助けてくれたのだ。

まずは城から抜け出さなくては。そのためには、城門を通らなければならない。

急ぐ気持ちを抑えて、不自然に見えない速度で馬を走らせた。

城門では、朝の活気に混じってあちこちで兵が動いている。

ただの兵ではない。近衛兵だ。王族直属の超エリート。

私は、門番に話しかけた。

「おはようございます。荷物は無事に城まで届け終えました」

眉毛の濃いおじさんが、私にわらいかける。

「朝早くからごくろうさん。ただ、今日は通行許可証を見せてもらえるか?」

心臓が凍り付く音が聞こえた気がした。

「城から出る時も必要なのですか?」

「悪いな、今日は警備を強化するらしい」

頭を高速で回転させる。一番動いてほしい馬車の車輪はぴくりとも動いていないけど。

「わかりました、少々お待ちください」

私はまず、革袋をあけて手を突っ込んだ。ナイフを袖の中に隠し入れ、取り繕う。

「ごめんなさい。許可証は馬の鞍に取り付けたんでした!私ったら忘れっぽいから、次回絶対に忘れないように馬に持ってもらおうとしたんでした!」

門番は大きな口をあけて笑った。

「面白いお嬢ちゃんだな」

私は革袋をひっつかんで馬に乗ると、鞍の位置を確認するふりをしながら馬車と馬をつなぐひもをかき切った。私は足で馬に合図を出すと、馬は後ろ足で立ち上がって勢いをつけ、全速力でかけだした。

「え!?」

背後でおじちゃんが戸惑った声をあげているのが聞こえる。私は振り向きもせずに、ただひたすら前だけを見つめた。城門の関門は突破しても、今の騒動で追手も現れるだろう。

私は表街道だけでなく、裏道も曲がりながら街を出た。すれちがう人たちが目を丸くして、道路を開けることが少し申し訳なかった。

ドドドドドドドドド

地が揺れているのかと思うほど、大きな音が聞こえる。

追手だ。

私はどんどん細い裏道に入り込んだ。馬は疲れているだろうに、私の焦りを感じているのか頑張ってくれている。

曲がって。曲がって。また曲がって。

そして、気が付いた時には城から遠く離れた郊外にたどり着いていた。

がむしゃらに走ってきたせいで、自分が今どこにいるかもわからなかった。

とりあえず疲弊した馬を休ませるために、森へと足を踏み入れた。

馬から降りて手綱を引きながら歩く。落ち葉が足をふんわりと受け止めた。

川のせせらぎが森をこだましている。

音を頼りに歩みを進め、小川までたどりついた。馬に水を飲ませるために近くまで手ごろな足場を探す。

「ありがとう、よく頑張ってくれたね」

馬のたてがみをなでて、水を飲むように促すと、長い首を曲げてゆっくりと飲み始めた。

緊急事態を脱すると、ようやく現実が迫ってくる。

見知らぬ土地。心もとない装備。唯一の旅仲間は馬一頭。


深くため息をついた。これからどうしよう。

旅立ちや激動。戦車のカードにぴったりだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

王国に仕える占い師でしたが、魔神になることにしました。 @suke_percy

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ