王国に仕える占い師でしたが、魔神になることにしました。

@suke_percy

1枚目のタロット 塔

この世界に生きる者は、誰もが予想外の悲劇に見舞われる可能性がある。

もちろん、栄光の道を突き進むカロス王国の国民でさえも、危機を避けることはできないだろう。

しかし、国民の誰もが未来に幸福はあると信じて疑わなかった。

敬愛する王家が、必ず正しい判断をすると妄信していたからである。



 私は、カミラ。

インチキ占い師だ。水晶玉を覗き込んでも別に何も見えないし、夢の中で神のお告げなんて聞いたこともない。私の人生は、神秘的な占いとはいつだって無縁だった。幼い頃は孤児のリーダーとして窃盗を何度も成功させてきた。憲兵に捕まってからは、修道院に入れられて信じてもいない神の教えを覚えさせられた。私は経典を唱えるふりをしながら、これまたくすねた恋愛小説を読んでいた。ただ、修道院での小遣い稼ぎのつもりで始めた占いが、思いのほか当たってしまい、噂を聞きつけた王様に呼びつけられたってわけ。王家って本当に暇だよね。

 11歳の時に王城に住み込みになってから、もう7年近くになる。私の仕事は、ただ人の話を聞いて、それらしく占いをするだけ。正直、こんな仕事だけで満腹になって屋根のあるところで寝られるなんて、最高だと思う。

 私は、朝ごはんからステーキを平らげた後で(食べられるときに食べるのが、私の信条だ)、占いのために与えられた部屋に向かった。

 ろうそくの灯りがゆらゆらと私に挨拶をする。日の光は一切届かない、「それっぽい」空間だ。私の占いを面白がった国王が、デザインにこだわって作り上げた。高い塔の一室だ。もちろん、私の衣服も、陛下の監修のもとに用意された。顔は黒いベールで隠され、体も黒いマントで覆われている。この服のせいで、私に話しかけてくる人は占いに救いを求めるほど追い詰められた人か、生粋の変人だけだ。

「カミラ様!」

はい、変人リストの2番目に名を連ねるポールが来た。

「そんなに慌てて、どうしたの?」

私は、占うまでもなく、ポールに聞いた。

「どうしたもこうしたもありません!本日は、定例会議の予定がありましたよね!?」

「午後からでしょ?まだまだ大丈夫よ」

ポールは今にも気を失いそうだった。

「カミラ様は、預言庁長官として、陛下や大臣たちの前で王国の今後を占うんですよね?情勢は刻一刻と変わるんですよ?最新の情報をしっかりと頭に叩き込んでください!」

私は、ポールの必死さに今にも笑い出しそうだった。預言庁は私とポールの二人だけで構成された、名ばかりの機関だ。陛下がお遊びで作ったに違いない。別に期待されてないんだから、そんなに緊張しなくても大丈夫なのに。ただ、ポールがまとめてくれた報告書は無駄にはしたくなかったから、しっかりと目を通した。


「そろそろ時間ですね」

ポールの言葉に、顔を上げる。

「もうそんな時間?」

私はぐびーっと伸びをすると、凝り固まった筋肉をほぐした。それから金の装飾が施された豪奢な鏡の前に立ち、身だしなみを整えた。よし、今日も真っ黒だな。仕上げに、秋のりんごもびっくりな赤さの口紅をぬりたくれば、完璧だ。口元だけが、不気味に色づいていている。こういうものは、雰囲気が肝心なのだ。

「じゃあ、行ってくるか!」

ポールが青白い顔で見送ってくれた。あいつの方が、口紅が必要かもしれない。


「預言庁長官カミラ殿が入廷されます」

厳かな声と共に、騎士が扉を開けてくれる。私はマントで転ばないようにしながら、部屋に入った。

ううっ。普段、ろうそくで生活しているから、ベールで遮断されているとはいえ、刺激が強い。

部屋は深紅の布で覆われ、天井からはきらびやかなシャンデリアが釣り下がっている。壁には、王族の集合写真が金の額に入れられていた。そして部屋の中央には、大理石のテーブルが鎮座しており、まわりをふかふかの椅子が囲んでいる。もう半分くらいの人数が席に着き、談笑していた。

私は定位置に座ると、隣の財務大臣に挨拶した。

「こんにちは、フレデリック様」

「おお、これはこれはカミラ殿」

フレデリック様が恰幅のいい体を揺らしながら、ご機嫌そうに会釈をした。

「カミラ殿のおかげで、最近絶好調ですぞ」

「まあ、私はただお話を伺っていただけですわ。でも、お元気そうで何よりです」

こけていたように見えた頬も、今ではすっかり丸みがもどったみたいだ。

フレデリック様が少し身を寄せて、小声で言った。

「本当に、助かりました。仕事が多すぎて休む暇もなかったのですが、まさかこんなに身近に助っ人がいたとは思いもしませんでしたぞ。娘があんなに仕事の管理がうまいとは、いやはやびっくりだ」

私は、ベールの下で口角が上がるのを抑えられなかった。

「お嬢様は、ずっとフレデリック様の力になりたいと思っていたはずですわ。ただ、まだ女性が政治に関わることは周囲の目もありますし……」

「ああ。娘の幸せは、とにかく良い男と結婚することにあると思っていた。娘と会話するきっかけをくれたカミラ殿には感謝してもしきれない」

フレデリック様が幸せそうに目を細める。

その時、先ほどの騎士が声を張り上げた。

「カロス王国の太陽、国王陛下のおなり~」

私たちは、すぐに椅子から立ち上がり、頭を下げた。

「皆のもの、よく集まってくれた。面を上げよ」

許しを得て顔を上げると、陛下が笑っていた。豊かな髭には、ちらほら白が混じっていた。おそらく、黄金の王冠や分厚いマントはそれほど重いのだろう。私は、誇りで胸がいっぱいだった。私はこの高貴な方に仕えているのだ、と。卑しい生まれであっても、わかるくらいの尊さが陛下にはあった。多分あまりに気高すぎて、私とは頭の構造が違うんだろう。どんなに光輝いて見えても、未だに私の変人リストの一番上の欄には陛下の名が書き記されている。そんなことをあれこれ考えているうちに、陛下が上座に座り、私たちに座るように指示をする。

「失礼いたします」


会議は、王国の農業の話から、最近不穏な動きをしている近隣国の話まで広範囲に及んだ。ポールの調査のおかげで、会議の内容はすんなりと頭の中に入ってきた。

「では最後に、カミラに王国の今後を占ってもらおう」

陛下が私に微笑みかける。昔から変わらない、とてもやさしい顔。

「かしこまりました」

私は、黒いベールから分厚いタロットを取り出した。

「こちらに、78枚のカードがございます。このカードはカードを引く方に合わせて、図柄が少しずつ変化します。これから、陛下に3枚のカードを引いていただきます」

陛下が頷いたのを確認すると、私は陛下のもとに近づいた。しっかりとカードを切り、陛下の前でカードをずらっと並べた。

「では、陛下。まずは、王国の将来を思い浮かべて一枚お引きください。」

陛下の指が半月を描くように置かれたカードの上をさ迷う。

「これだ」

低い声と共に、1枚抜き取る。私は、そのカードの向きを変えずにテーブルの端によけた。

「このまま、2枚目のカードを引きましょう。次は、陛下がお引きになった未来を導く原因を問うつもりで、お願いいたします」

陛下は一番端のカードをとった。

「最後のカードですね。わが国がさらに繁栄し、幸福に包まれる様子を思い浮かべてください。そして、その未来を掴むためのアドバイスを願いながら、カードを引いてください」

最後のカードを迷いなく選んだ様子を見た後、私は残りのタロットを片付けた。

「では、占いに移りましょう。まず、一枚目のカードです」


目に飛び込んできたのは、塔が崩れ落ちる様子だった。レンガでつくられている頑丈な塔を、太陽の強い光が突き刺している。塔からは、白髪の老人と華やかな服を身にまとった女性が落下していた。


静まり返った部屋で、心臓の鼓動だけが耳に響く。


「これが王国の将来……」

陛下が声を絞り出した。私はやっと我に返り、声をあげた。

「陛下。この塔は我が国を表しているとは限りません。先ほどの議題にもあがりましたように、近隣国との戦争が起こるのかもしれません。このカードは、それらの国が陛下の威光の前にはなすすべもなく頭を垂れる様子を表しているのでしょう」

あちこちから安心したような溜息が聞こえる。

「カードの本来の意味は、急な変化です。通常よりも情報収集は重視した方が良いでしょう」

貴族たちが互いに頷き合っている様子を見て、私はひとまず胸をなでおろした。

「次に、2枚目のカードですね。王国の将来を導く原因を教えてくれます」

私はあくまでも平然を装いながら、カードを裏返した。


白いシャツを着た男が足を組んで立っている。いや、そんなカードはなかったはずだ。

「これは、逆位置のカードですね」

私はカードを反転させた。すると、足を組んで立つのではなく、足首から吊るされている姿があらわになった。

「このカードの意味は、利己心です。おそらく、他国の状況を表しているのではないかと考えられます」

フレデリック様が深く頷き、声を上げた。

「陛下、発言させて頂いてもよろしいでしょうか?」

陛下の頷きを見て、フレデリック様が言った。

「財務に関わる者として発言させて頂きます。現在のわが国の財務状況は安定しております。しかしながら、先ほどの外務大臣の報告によると、他国はそうでもない様子。他国との間で設けた関税を引き下げ、戦争が起きる前に問題を解決する方法も考えられます。我が国は豊かな大国でありますので、わざわざ貧しい土地を手に入れる必要がありません」

陛下がフレデリック様に微笑まれた。

「その通りだな。情報を精査して、判断しよう。カミラ、続けてくれ」

フレデリック様が意見を述べてくださったおかげで、部屋の雰囲気が明るくなった。前向きに取り組もうとしているように感じる。私は、陛下の促しに一礼をすると口を開けた。

「最後のカードです。今後のアドバイスを教えてくれます」


カードには、二つのカップが描かれていた。器のふちまで水がなみなみとつがれている。

「このカードは、あらゆる協力関係を示します。国内にとどまらず、必要であれば国外にも味方を作ることも視野に入れると良いかもしれません」

テーブルの向こうで、外務大臣がやる気に満ちた表情で背筋を伸ばしていた。

「以上になります。ありがとうございました」

陛下が私を誇らしそうに見つめている。

「ありがとう、カミラ」

その言葉だけで、胸がいっぱいになった。


会議は終了し、私は自分の薄暗い部屋に戻ろうとしていた。頭の中では先ほどのタロットがちらついており、あまりにも考えることが多すぎて湯気が出てきそうだった。そのうち、大好物のポタージュでも作れそうだ。

「カミラ殿」

人通りの少ない塔への細い廊下を歩いていると、誰かに呼び止められた。陛下の侍従だ。何を考えているのか分からない、仮面を被った男だ。

「陛下がお呼びです」


陛下の部屋は、何度も訪れたことがあった。城に来てまだ間もないころから、陛下は私の面倒をよく見ていてくれたからだ。陛下の部屋は、みんなが想像するように豪華絢爛ではない。ここは、陛下の秘密の部屋なのだ。絨毯もない。タペストリーもない。机と二脚の椅子、本棚だけの素朴さだ。寒そうに見える部屋は、使い込まれた机やいすのおかげでふっと微笑ませる温かさがあった。

「カミラ、来てくれたか」

本棚がくるりと回転し、地下の階段から陛下が姿を現した。会議の時に見た王冠やマントは身に着けておらず、白いシャツをゆったりと着ている。私はすぐに頭を下げた。陛下が声をあげて笑った。

「お前は本当に大きくなったな。昔は城の作法など無視して飛び回っておったのに」

「いつの話をなさっているのですか!」

陛下は肩を震わせながら、椅子に腰かけた。私もすぐにその正面に座る。本来なら許しも得ずに座ることはご法度だが、二人だけの時は私の無礼はある程度許されていた。陛下は、私のことを孫のように思っているようだった。

陛下が足を組んで、視線を落とした。

「この部屋での話は内密にしてほしい」

私はすぐに言った。私も陛下に相談したいことがあった。

「もちろんです」

陛下の腹は決まったようだった。

「今日の預言、あれは真実なのだろうか」

背中に冷気が迫ったように感じた。陛下の信頼を、恩を、裏切ってしまったことを、認めることが怖かったのだ。

「申し訳ございません。独断により、預言の内容をねじまげました」

陛下が細くため息をついた。

「やはりか」

陛下はテーブルに肘をつき、頭を乗せた。肩に背負った世界の重みに、改めて気付いてしまったかのようだった。

「1枚目のカードは、塔でした。王国に、急な変化が起きることを表します。そして、それは大抵の場合、あまり良くない変化でしょう。私には、あの場で王国の危機を預言する勇気はありませんでした。申し訳ございません」

私は一息に述べて、頭を下げた。

「カミラ、顔をあげなさい」

陛下が優しい声でいった。

「お前が私のために、虚偽を述べたことはわかっているよ。おかげで助かった。ありがとう。もし王国が危険にさらされることが判明したら、あの中にも他国と協力する人間もいたことだろう」

ベールで顔が隠れていてよかった。眼のふちにあふれた涙も、気付かれていないに違いない。

「ただ、対策を練らねば。追って連絡をする。力を貸してほしい」

私は陛下の目をしっかりと見つめた。

「お任せください」

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